蜜柑編10
俺に話しかけてきた人物は首をかしげて、不思議そうな心でこちらを見ている。
綺麗に整った赤毛、大きくて吸い込まれそうな瞳、目を奪われるほどに純白の肌。聞かなくてもわかる。さっきまで部屋に居た蜜柑様……本人だと。
「蜜柑……様?」
「あら? どこかでお会いしたことが?」
「あ、いや会ったというか……助けに来たというか」
「……えーっと?」
蜜柑様はなおも首をかしげてしまっている。
肉体のほうには会ってはいるものの、この人格とは初対面だ。どう説明したもんか。
「執事さんの、宗一って人に頼まれてきたんだ。君を助けてほしいって言われて」
蜜柑様はそういうと一変、納得したような顔をする。
「なるほど……でも後ろの方が……」
「そうなんだ。どうにかして一回出たいんだけど方法がわからなくて困ってる。君を助け出そうにもこのままじゃ動けない」
「出口ならありますよ?」
「本当か!?」
蜜柑様は頷いて歩き出す。
「ついてきてください。……もっとも、私が出ることは出来ないんですけどね」
歩くこと数分、それまでとは違った空間にたどり着く。
これまでの気味の悪い風景からは想像も出来ない、機械的な部屋だ。
「この穴に落ちれば出ることが出来ます」
蜜柑様は部屋の真ん中にある大きな穴を指差す。何故か部屋の外から。
「……何してるんだ?」
「言ったでしょう。私は外には出れないと。私がこの空間に入ることは出来ないんです」
悲しげな表情で蜜柑様はうつむく。
「私をここに閉じ込めた方は言いました。俺との結婚に応じろ、さもなくば永遠にこの世界に閉じ込める。誰にも会えず、誰とも話せず、俺だけを見て生きればいい……と」
「なあ蜜柑様。そいつはどこのどいつだ?」
「この近くにある帝国の第一王子です……でも何を?」
「俺が絶対ぶっ飛ばす」
「……相手は王族ですよ。きっと貴方では城へ侵入し、証拠を掴むことすら出来ないと思います」
「関係ねえよ。自分の欲望のためだけに女の子を辛い目にあわせるなんて誰がやっても許されない。その帝国が許そうが、俺は絶対許さない」
「無謀です。私は大丈夫ですから……」
「大丈夫なわけあるか! 執事の人がどれだけ心配してると思ってる。傍目から見ても、今にも死にそうな顔してるんだぞ!」
若干怒鳴りすぎたかもと思ったが、俺は構わず続ける。
「絶対、また助けに来る。必ずここに戻ってくる。だから、少しだけでも信じて……くれないか?」
蜜柑様は少し考えるような仕草をした後、口を開く。
「わかりました。約束ですよ? ……あ、そういえば名前を聞いていませんでしたね」
「十六夜帝だ。蜜柑様」
「蜜柑でいいです。あまり堅苦しいのは好きじゃないんですよ。……帝さん」
「私のために、私の執事達のために、よろしくお願いします」
綺麗なお辞儀をする蜜柑を見届け、俺は穴に入る。
「ああ。任せとけ! あ、俺も呼び捨てでいいからぁぁぁぁぁ!」
穴を落ちていく俺の声は反響して響いてしまう。
って、ちょっと待て、高い高い高い! 下手すりゃ死ぬぞこれ!
「あぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁ!」
まだ聞こえる。さっきの人の間抜けな叫び声。
割と信じてますよ、帝。実際にこんなところまで来るなんて、お馬鹿なのか何なのか。
「でも、従者のために動ける主が悪い人なわけありませんもんね」
きっと、また助けに来てくれる。……いつ声は収まるのかしら?