蜜柑編9
俺は全速力で走り続けていた。
桜花を背負いながら、非現実的な夢の世界をただひたすらに駆ける。いつまでたっても周りの景色は変わらず、見たこともない色の壁を横に、生々しい床を踏みしめて出口を探す。
桜花の息はゆっくり、しかし確実に着実に荒くなっているのがわかる。このままではいずれ体力が尽きてしまうだろう。しかし先ほどから曲がり角ひとつ見当たらない。本当に前に進んでいるのだろうか?
一向に進んでいる気がしないまま、それでも出口。この夢の世界からの出口を探す。
「桜花・・・大丈夫だからな。絶対、ここから一緒に出ような」
桜花からの返事はない。だが心なしか手に力が加わったも気もした。
それは、俺の足を動かすエネルギーとしては十分すぎる位の温もりだった。よりいっそう足に力を込めて走る。
神になったという俺の体は五分近く全力疾走しても、全く息切れすることなく走り続けていられている。人間ならとうに体の限界を越えているはずだが、これも俺が神になったという証拠なのであろう。
全く、こんなところで神様とやらになったという確証を得るとは思いもしなかった。
不意に、目先に階段の様なものが見えてくる。色は変わらないが、下の階層へと続いているようだ。
一瞬悩む。この階の先も見ておきたい。そこに出口があるのかもしれないという猜疑心が階段を降りることを躊躇わせる。しかし、ここで降りなければいけない気もする。もしも、もしもこの階段が先へ進んだらなくなってしまうものだとしたら。
「ちっ!降りるか!」
俺は階段を慎重に、先を確認しながらゆっくりと降りていく。
少しの間の後、ようやく下の階が見えてくる。下の階層も相変わらず生々しい色の壁と床で、階層を移動したという実感が全くわかない。
しかし、階段の脇。唯一そこには今まで無かったものがあった。
それは確認するまでもなく、ここの地図であった。古ぼけた羊皮紙にこれまたいつ描かれたのかもわからないほど薄いインクでこの階の地図が存在していた。
そして驚愕する。少し前に聞いたジラルドの言葉が正真正銘その通りだったことを目の当たりにした俺は思わず呟いてしまう。
「おい、嘘だろ・・・?」
描かれていたのは広大というレベルではないMAP。おまけに地図外へ続く道が大量にあり、どれが本物の出口なのかさっぱりわからない。
全てが出口なんて甘い展開は確実にないだろう。これを一つ一つ総当たりでやる・・・?可能なのかそんなこと?
こうしている間にも桜花はどんどん衰弱していく。しかし余りの出来事に足が固まってしまう。
想像を絶するほどの絶望、というよりかは戸惑いが俺の心を支配して体を硬直させる。目は見開き、開いた口は塞がっていないだろう。相当な間抜け面で地図を眺め続けているはずだ。
そしてそれはやがて苛立ちにかわり、俺の心さえも蝕んでいく。
「こんなの・・・こんなの、どうしろってんだよ!」
その時、聞いたことのない声が空間に響く。
「あら?・・・お困りですか?そもそもなぜこの様なところに・・・」
声の主を探して後ろを振り向いた俺の視界に入ってきたその人物は·・・・。