ノアの道
暗闇に、一歩一歩足を踏み出す。
行く先は見えず、
振り向けど歩いてきたはずの道はない。
戻るも能わず、進むは絶望。
だが留まることは許されぬ。
留まれば劫火にその身を焼かれ、
戻れば大地の底へと沈む。
なれば進もう、何も見えぬ茨の道を。
裸足に傷という名の証をつけて、
希望を得ることはないと知りつつも。
冷たい茨の闇の中、
ひたりひたりと歩み行く。
誰も彼もが我先に。
――ここはそう、避けては通れぬ人の道。
私は人生迷宮の管理人。
あゝ人とは何と愚かなのか。
なぜそうと知りながら黒き闇夜に踏み入れる。
あゝ人とは何と憐れなのか。
なぜそうと知りながら哀しき罪を手に入れる。
幾千、幾万、幾億の歴史を人は重ねてきたのか。
人という種の歩みを私はすべて覚えている。
百も大地が廻らぬうちに、同じ理由で幾度も争う。
何故彼らが地球を我がものとするのか。
何故彼らは己が頂点であることを望むのか。
私には、分からない。
ただ私にわかるのは人は地球の主に相応しくないことのみ。
私は今日、とうとう神に奉る。
人という存在はあってはならない過ちであったと奏上する。
自ら望み、己が生を迷宮とする者を私は決して認めない。
神の願いを捨てたものを
神が許すことはなく。
人の在り方を捨てたものが
人として在れるはずがなく。
今この時をもって
人の種は滅びの道を行く。
神の敷いた神威の道を
人は知らずとただ歩む。
神に届かぬ慈悲を乞いながら。
私は人生迷宮の管理人。
人が滅びたその時に、私の居場所はあるのだろうか。
人のいないその世界に、私の役目はあるのだろうか。
それは、神のみぞ知る。
かつてある人間がこう言った。
――「狡兎死して走狗烹らる」、と。




