人狼シリーズ番外 ある母親の最期
――……意識が、覚醒する。
目の前に見えたのは、謎の生物の食い散らかされた骸。
……これは、人狼。
――第四次世界大戦で落とされた核兵器、それの放射線により心も身体も獣と成り果てた人間の末路……。
その人狼の指に嵌められた指輪、それは、結婚指輪だった。
……私は、自分の指に嵌められた指輪を見ようとして驚く。
――……私は、人狼になっていたのだ。
――……そうだ、思い出した。
私は、ここにいる夫だった人狼を、殺したのだ。
「ママ?」
背後からクローゼットのドアが開く音と共に、そんな声が聴こえる。
振り返ると、そこには私の娘が、クローゼットの扉を少し開け、私の事を見つめていた。
……まだ、三才の娘。
「……ママ、だよね?」
娘は、恐る恐ると言った感じで、私にそんな質問を投げ掛ける。
……私のこの肉体は、もはや異形と成り果ててしまっている。
「……えぇ、そうよ。」
馴れない舌や喉を操り、言葉を紡ぐ。
すると娘は、クローゼットから飛び出し、私に抱き付いた。
「……うぇっ、怖かったよ……ッ。
ママもパパも……、お化けみたいになっちゃって……。
ママッ!」
娘は泣きながら私にそう言った。
「……ゴメンね、ママが悪かったわ。
もう、〇〇に怖い思い、させないから……。」
そう娘に言う、しかし今のこの手は血で汚れ、娘を抱き締める事は……、出来ない。
………………………………
――……私の名前は、倉木理沙、軍用アンドロイドG-モデルズの国連との共同開発プロジェクトチームのリーダーを行っていた。
このアンドロイドの姿は敵を惑わすために人間の若い女性の姿にしてある。
……外見は私の若い頃をモデルとした。
理由は、特にない。
その数年後、初期の試作モデルとして『Gー8ー990-100』が完成、そしてその一年後に量産型の『Gー8ー990-168』が完成その三年前に新たに首都となった北京都でそれの製造が開始された。
――……そして、それから半年後に、バレーラン社会主義国連邦がアメリカ合衆国を宣戦布告無しで突然の奇襲攻撃。
それが、第四次世界大戦の始まりだった。
日本は特務自衛隊と呼ばれる自衛隊とは別の軍隊を組織、国連加盟国側として第四次世界大戦に参戦した。
――その戦闘は日本国内でも行われ、大変な混乱を極めた。
……その後、敗北直前のバレーラン社会主義国連邦は全世界に新型核兵器、WF-2052Ⅲを投下。
この兵器は、聞く所によると遺伝子に大きな変異をもたらす大量殺戮核兵器であり、まだこの兵器によってどのような事が起こるかはバレーラン社会主義国連邦政府もまるで理解していなかったらしい。
――……結果は、人間の人狼化。
私も夫も、そのせいでこのような醜い姿になったのだろう。
……しかし、どうやら少なくとも3歳以下の子供には変異は起こらないらしかった。
……その為、娘は姿が変わる事は無く、私は安心した。
――……娘と二人、もはや廃墟となったかつての繁華街を歩く。
……かつて、あれほどまでに賑わい、活気に溢れていた町は、もはや完全な廃墟と化し、道路には停められたままの車や、燃え盛る車両や、そして車両同士ぶつかった車り原型を留めていない車両。
そして遺体や、かつて人だった肉片が溢れていた。
……私は娘に隠れ、それを喰らう。
――……喰べなければ、人間としての理性が、自我が失われてしまう……。
――……その事実は私を苦しめたが、それでも―――、娘を守る為に、私はそれを喰べ続けた。
……そして、襲い掛かってくる人狼を私は何度手にかけた事だろうか?
私はかつて軍人だった人狼から奪い取った銃剣で人狼を殺し続けた。
勿論、娘には見えない様に、だ。
――もう娘を抱き締める事は出来ない。
――娘の為に料理を作ったりする事も出来ない。
私は、敵を殺すときは、必ず娘には見えないように殺した。
……何故なら、娘までこの秩序の存在しない世界を見る必要は、無いから。
――……しかし、すこしづつ私の精神は、心は蝕まれてゆく。
少しづつ、目の前の獲物―――、いや、娘を喰らいたいと言う欲望が私を支配し始めていた。
このままでは、私は本当に化物となって……―――、そんなの、絶対に嫌だった。
……そうなる、位なら。
私は、ある事を決めた。
―――……ある日の夜、私は娘を久し振りに自分の膝の上に座らせた。
……ゆっくりと、その絹のような感触の頭を撫でる。
「……ねぇ、ママ?
どうしたの?」
娘は私にそう聞いてくる。
――私を見つめる、屈託の無い瞳。
その目は、いくら姿が変わり果てようと、私が母親であることを確かに見抜いていた。
「……ねぇ、〇〇。」
私は、そう彼女に話し掛ける。
すると娘は、
「なーに、ママ?」
と聞き返してきた。
「……ねぇ、〇〇。
もしも……、私が突然あなたの前から居なくなっても、悲しまないでくれる?」
そう私が言うと、娘は、
「……いや!
ママと一緒に居たい!」
と叫ぶ、私は、
「……確かに、私はあなたの見える所から居なくなるわ。
……でも、私は遠い所に行ったパパと一緒に、あなたの事をずっと見守っているし、側にいるわ。
あなたは、一人じゃないから……。
この世界は多分、悪や嫌なことで満ちているけど、同時に、美しいもの、綺麗なものもそれ以上に溢れているわ……。
それを、いつか出逢う自分が一番大切だと思える人と共に、見つけなさい。
……あなたの事、大好きだから。
……あなたは、生きなさい。」
そう、娘に言うと、娘はきょとんとした顔で、
「……ママの言ってること、前々分からない……。」
とショボンとした顔で言う。
私は微笑むと、
「……いつか、わかるわ。
……きっとね。」
と言って、娘の頭を撫でた。
… … … … … … … … … …
――「……第弐方面軍本部に通達。
人間女児一人と人狼の女一人と合流。
これより女児を保護、人狼を……、始末します。」
そこに立っていた軍人は、そんな風な会話を無線機越しに本部と手短に会話した後、私たちの方を見つめ、
「……人間名、倉木理沙さん……、ですよね?」
と言った、私は、
「……そうです。」
と言う、すると軍人は深々と私に頭を下げると、
「……娘さんは、我々が責任を持って安全地帯まで送り届け、衣食住全て保証致します。御安心下さい。」
と言う、私は娘の頭を撫で、
「……愛してるわ。
じゃあね、向こうでもちゃんとおりこうにして、ママとの約束、忘れちゃダメよ?」
と言い、娘が頷くのを確認すると、私は娘を軍人に引き渡した。
軍人は部下の男に娘を少し離れた軍用ヘリへと連れていかせる。
「……倉木さん、申し訳ありませんが……、これが規則ですので。」
そう言って軍人は拳銃を私の頭に突き付けた。
「……構いません。
……娘を、守る為ですから。」
そう、私が言うと軍人は、
「……なるべく、痛みの無いように処理致しますので……。」
そう言って軍人は、拳銃の安全装置を外す。
……これは、私が軍本部と連絡をとった為だ。
軍本部は娘を助けることを承諾してくれた……―――、しかし、規則として人狼は完全殲滅が当時義務付けられていたのだ。
……私は、この命と引き換えに、娘を助ける道を選んだ。
――そこに後悔は、無い。
「……最期に、言い残す事はありますか?」
そう、軍人が聞いてきたので、私は、
「……娘を、宜しくお願いします。」
――……そう、言った。
――「ママ!」
そんな娘の声がする。
見ると、娘はヘリから私の方へと駆け寄ってくる。
――ドキューン……ッ!
……しかし、拳銃の引き金が引かれるのと、それはほぼ同時だった。
私は、「ママ!」と叫ぶ愛する娘の声を聴きながら、頭にある鈍い痛みと共に、眠るように意識を失った……。
… … … … … … … … … …
「……おそらく、精神的ショックによる記憶喪失だな……。」
東京都市内にある軍事病院……。
ガラスの向こうの病室で看護師と話している倉木の娘を見つめながら、男の医師はそう呟いた。
その医師のとなりに立っていた女医は、
「……まぁ、人狼になっても、自分を守ってくれた親が殺される瞬間を目撃したのよ?
普通に可能性として考えられるわ。」
と言いながら煙草を吸う。
男はそんな女医を見つめながら、
「……そうか。
それにしても、何で倉木理沙さんは人狼になっても人間としての自我を失わなかったんだろうな……?」
と聞く、すると女医は口から煙草の煙を吐き出し、
「……さぁ?
その理由は正に闇の中、よ……。」
と言い、煙草を灰皿に捨てた。
――「……ねぇ、ここはどこ?、私は誰なの?」
少女は無邪気に看護師に話し掛ける。
看護師は悲しそうに笑い、
「……ここは東京都市って言う大きな町の病院で、あなたのお名前は……、『gg654』よ。」
と言った、少女は、
「……ねぇ、パパとママはどこにいるの?」
と聞く、看護師は少し口ごもった後、
「……少し遠い所に行っちゃったの。
でも、お姉さんが居るから安心してね、gg654ちゃん?」
と言うと、少女は満面の笑みを浮かべ、
「うん!」
と大きく頷いた。
Fin
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