影の巫女 その宿命
「明日も遊んで」と毎日繰り返される子供からの言葉に笑顔で手を振り、神社へ帰れば本来の役目を果たす影の者となる。そんないつもの生活がガラリと変わる瞬間が訪れようとしている。きっかけは「洗礼の旅」という言葉。
村が紅く染まり始めた時間帯。私服に身を包んだリクトは子どもたちに向けて手を振っていた。
「ねーちゃん明日も遊ぼうな~!!」
「あぁ、また明日」
子供の言葉に軽く答えたリクトはふぅっと息を吐いた。毎日のようにこの広場で子供たちの相手をし、夕方になれば子どもたちを家に帰して自分はある場所に向かう。
村の中心は丘のようになっていて、その上に巫女がいる神社がある。リクトはそこに住む巫女であるが、子どもたちはそれを知らず、村人の一人として一緒に遊んでいる。大人たちもリクトが巫女の一人だということは知らない。これには理由があり、リクトも納得して村人のようにして村の人達と接している。
坂を上り、神社の敷地の中に入ってからリクトは大きく息を吐いた。
「ただいま戻りましたー」
神社と併設されている自分たちの家に入り自室へと向かう途中巫女とすれ違ったが、皆自分には遠慮がちな、少し怯えているような視線を寄こしてくる。これもしかたがないことだ。いつもの様に自室に入ればリクトは部屋の隅に立てかけてある一振りの剣を手に取り、扉からではなく窓から外に飛び出した。
リクトは普通の巫女とは違う。まず、巫女は毎日修道を重ねるがリクトはそれに参加しない。では何をしているのかと聞かれれば、それは一言では言い表すことは難しい。
「こんばんは。盗賊の皆さん」
リクトは巫女でありながら影で活躍する暗躍者。
『戦巫女』
巫女でありながら戦いの中に足を踏み入れた影の巫女。
影は表舞台で活躍することを許されていない。だから周りの人は知らない。
これが自分に与えられた役目。
「手応えないね」
月明かりの下。風に白銀の髪を揺らされながらリクトは薄く微笑んだ。
後ろには地面に転がった十数人の姿。熱を失いつつあるそれをリクトは見下ろし、それらに向けて掌を向ける。それだけで盗賊だった者たちの体が次々と炎に包まれていき、そう長くない時間で灰も残さずに燃え尽きた。
「・・・戻るか」
日付が変わったばかりの時間。リクトはそっと家の扉を開けた。この時間なら巫女たちは全員就寝しているので窓から直接入らずとも姿を見られることはない。
リクトが戦巫女であることは巫女たちは知らない。
音を立てずに扉を閉めると、ダイニングの明かりが付き、そこから大巫女であるネリウム・シーザーが顔を出した。
「おかえりなさい。お腹が空いているでしょう?いつものように作っているから食べてね?」
「ネリウムさん。いつもいつもありがとうございます」
「いいのよ。いつも村を守ってくれているお礼よ」
大巫女であるネリウムだけがリクトの事をよく知っている。なのでリクトも肩の力を抜いている。
用意されていたご飯を食べ終えるとリクトは再び部屋に戻り、眠りについた。
次の日の朝、珍しく巫女服を着たリクトは神社の中にある特殊な部屋の中で祈っていた。神に認められた巫女のみが入ることができる部屋。つまり、『神威』を使える巫女のみが入れる部屋だ。ここにいる巫女たちの中で今のところ神威を使えるのはリクトとネリウムの二人のみ。そしてほかの巫女たちの知るリクトは『神威の巫女・リクト』だ。だがこれも巫女たちしか知らない。
この世界には世界樹から生み出されている『レヴァ』という生命エネルギーを使って使用する魔法と、神から力を貰いそれを身に纏って使用する神威の二つがある。
魔法はレヴァを使うため、魔法を一度にたくさん使い過ぎると生命エネルギーが枯渇してしまい衰弱死してしまう可能性がある。しかし、世界樹の元や根の近くはレヴァが豊富で、すぐに体にレヴァを補給できるからいつもより多く魔法が使えたりするということがある。
神威は神の力を身に纏って操る形なのでレヴァを消費する魔法よりは勝手がいいように見える。しかし神威は神の力を使うため体への負担が大きい。
簡単にいえば、魔法は威力は神威に劣るが使いやすく、神威は自分の寿命を削る代わりに魔法より強力な神力を操ることができる。といったところだ。
世界の至る所に存在する魔物などと戦ったりする時は細かく使い分けの利く魔法の方が有利で、戦争の時などは威力にものをいわせる神威の方が有利だと言われている。
神威の弱点である細かな範囲指定が出来ない部分を補うために巫女は神威を習得する前に魔法の習得に励む。しかし。魔法と言っても攻撃魔法や防御魔法、治癒魔法、補助魔法などと魔法にはたくさんの種類があるため、大抵どれか一つの種類の魔法を習得するようにしている。そのせいで神威を習得していない巫女は魔法師の端くれだと呼ばれてしまう。
多種の魔法を使いこなす魔法師と、魔法を少ししか扱えれない巫女。
巫女だから魔法はあまり使えない。というわけではないが巫女は皆魔法より神威を習得しようとするため魔法が疎かになるのだ。しかし中には魔術師と比べても見劣りしないレベルの魔法を仕える巫女もいる。その一人がリクトだ。本人は親が魔法師だったから幼いときに魔法を教えこまれたんだと言っていた。なぜ親が魔法師なのにリクトは魔法師ではなく、巫女になったのかは誰もわからない。
祈りの言葉を紡いでいくごとにリクトの体を青白い光が包み込んでいく。神威によって身に纏われた神力は青白い光を放つ。今は神威を立つどうするだけで使用はしない。昔は神威を使える巫女がたくさんいたのだが、激化するばかりの争いに巻き込まれてほとんど死んでしまった。
「・・・そういえば、祈りが終わったらネリウムさんが来てくれって言ってたんだっけ」
ふぅっと息を吐き出すと共に神威が解除され、青白い光が霧散する。部屋の隅に置いてあるタオルで汗を軽く拭きながら部屋を出てネリウムの部屋に向かう。
タオルは途中で小さな籠の中に入れ、ネリウムの部屋の前にいきノックをする。するとすぐに入っていいわよ、と返事が帰ってきたため、リクトは扉を開けた。
「お祈りお疲れ様。急に声をかけてごめんなさいね」
「大丈夫ですよ。こちらこそおまたせしてしまい申し訳ありません」
形だけの礼にネリウムは苦笑をし、その後すっと真顔になった。リクトも用意されていた椅子に座り、背筋を伸ばした。
「・・・、巫女の洗礼の旅は知っているわよね?」
「神威を収めた巫女が行くんでしたっけ?」
洗礼の旅。ときに世界再生の旅とも呼ばれ、簡単にいえば世界樹を大昔の様な状態に復活させるため世界各地に赴き、世界樹にとって害となるものを解決していくのを目的とした旅だ。目的が目的なためにいくら強力な神威を扱うことができる巫女でも旅による犠牲は少なくない。
この話をネリウムから出されたということは、自分にその旅に出てほしいという事だ。ネリウムは遠慮がちに言うのも仕方がない。危険が多いため旅に言ってほしい「死にに行ってこい」と言われるのとあまり変わらないからだ。しかし、リクトはすっと肩の力を抜いた。
「分かりました。僕が・・・、いえ私が洗礼の旅に行きますよ」
遅かれ早かれ神威を収めた以上、この話がくることは覚悟のうえだ。いや、リクトの場合は楽しみにしていた。
「そう、ごめんなさい。あなたしか行ける人がいないの」
顔を伏せるネリウムに対し、リクトは微笑を浮かべた。
「謝らなくていいですよ。これは僕の役目なんだから」
皆さんこんにちは。凪原悠です。
小説はゆっくり更新していくつもりです。
書き始めたばかりですが、読んでくれてありがとうございます。
文章書くのが下手なせいでわかりにくい部分があるかもしれません。ごめんなさい・・・。
次話:旅の始まり いきなりの事件
リクトが今まで暮らしていた村イセリアを出て初めに向かう街はスコルビア。その街に潜む事件の匂い。
事件を解決していく中で一人の男と知り合う。
次話もお楽しみにしていてください!!