02話 今、この綺麗な虫を見ていたんだが
「おらぁっ!雷撃斬!」
「凍りなさいっ!グラチス!」
襲いかかる魔物達を、次々にソルは両断し、ステラは氷付けにしていく。
ソルとステラは背中合わせになり、息を整える。
お互いの鼓動は自分に聞こえるほど速く、緊張感が伝わってくる。
「ちくしょー……魔物が強くなってるのは気のせいじゃないみたいだな……」
「うん……魔法が効かない奴もいるし……。この一日で何があったのかしら……?」
ソルとステラは、違和感を覚えた。旅に出た日から昨日まで、大抵の魔物は一瞬で命を奪えた。だが、今日は段違いに強い。こちらが攻撃しても、一撃では倒せずに反撃を喰らってしまうということが何回もあった。その証拠に、身体が人間とは桁違いに強いソルはともかく、ステラの服には所々ひっかいたような傷がある。獣型の魔物による鋭利な爪での攻撃によるものだ。
「つーかお前!ちょっとは戦え!」
ふと、ソルはあることを思い出し、怒鳴り散らした。
うるさげに振り向いたのはルーナだ。仲間が戦っているのにも関わらず、目の前の花に止まっている、パピリオ・マッキーという翅が太陽の光を帯びて碧に輝く蝶に彼女は心を奪われていた。
「何だ?今、この綺麗な虫を見ていたんだが」
「んなこたぁ、どーでもいいだろ!戦闘中に蝶の観察している奴なんて見たことねーぞ!!」
「綺麗だ……持ち帰りたい……。魔界にはこんな虫いなかったからなぁ……」
「おい!話を聞け!」
ソルが魔物を捌きながら喚くが、ルーナは知らん顔で昆虫観察を続行した。
ステラは呪文を詠唱しながら、内心深々と溜息を吐いた。
聖なる森。その場所に彼らがいる理由は、勇者であるソルがその森に住まう妖精の女王に潜在能力を全て解放して貰う為である。勇者が強くなると色々都合が悪くなるルーナは、もちろん反対したが、結局押し切られてしまった。魔王と戦う為に強くならなければいけないソルとステラに押し通されるのは当たり前ではあるが。
それにしても、どういう事だろうか。ここはあくまでも、妖精が住まう聖なる森。だのに、なぜこんなにも魔物がいるのだろうか。神の使いとも称される妖精が住んでいるのだ。その聖なる力に護られ、魔物は自ら入り込まないはずだが――
「くっ!?」
「ルーナ!?」
突如、ルーナは反射的に剣を引き抜き、自分に急襲してきた魔物の刃物のような爪を受け止める。だが、衝撃を受け止めきれずに彼女は後ろに倒れた。気が付いたソルは助けに入ろうと走り出すが、いくら勇者とて間に合わない。
魔物は容赦なく、喉元に爪を突き立てようと振り上げる。
「――」
――刹那。一陣の風が吹いた。
「……?」
崩れ落ちる、魔物。ルーナに攻め掛かった魔物だけではなく、ソルやステラが戦っていた相手さえも。
足下が、血の海と化していた。土がそれらを吸い込み、どす黒くさえなっている。
「あ、おい――」
木の枝に、一人誰かが佇んでいた。影で顔は見えない。その両手には血がべっとりと貼り付いている、短剣が握られていた。
「――」
「あ!ちょっと!」
木が大きく揺さぶられたと思いきや、次の瞬間には消えていた。
「…………」
しばらく彼らは、先程助けてくれた人物が消えた木を、呆然と見つめていた。
勇者ですら手こずった魔物を全て、一瞬で倒したあの者は、ただ者ではない事は確かだ。
「……ん…………む、虫いいいいいぃぃ!!」
ふと目を向けると、ルーナの足下に無惨にも羽がちぎれて息絶えているパピリオ・マッキーの死骸が転がっていた。
「あいつ絶対殺す!虫には罪はないのに!バカああああぁぁぁぁ……」
「いや、お前どんだけあの蝶観察したかったんだよ……」
会ってから初めて感情的になっているルーナを見て、ソルは引き気味に呟いた。
「あの虫凄く綺麗だったのに……綺麗だったのに……」
ぶつぶつと呪詛のように繰り返すルーナ。
ソルとステラは、顔を見合わせて苦笑を浮かべた。
冒険日記
記録者:ステラ
あの蝶が死んだ時のルーナ、凄く怒り狂ってたわね……。あたし、ちょっと寒気がしたわ。まるで初めて蝶を見たような反応してたけど……気のせいよね。
あの通りすがりの人には感謝しなきゃ。あのソルですら手こずっていたのに……上には上がいるのね。でも、どうしてあんなに魔物が強くなっていたのかしら?謎ばっかりね……。ま、ソルが妖精の女王様にもっと強くしてもらえれば、怖い者無しよね!
あ、でも今度こそ一瞬で魔物を倒せるように練習しなきゃ。あたしに適正な呪文の属性は何なんだろ……?