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旅する魔王と戦う勇者  作者: フレア
零章  魔王と勇者
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01話  月と太陽

 永遠と続く森が闇に包まれ、梟達が鳴き始めた。

 歩を進めるが、一向に抜けられる気配はない。


「きゃっ!」


 黒い影が前から通り過ぎていった。

 甲高い鳴き声を出し、バサバサと翼を動かして集団で通り過ぎていくのは蝙蝠(こうもり)だ。


(……ったく)


 蝙蝠ごときに一瞬だけだが恐怖を感じてしまった自分が情けなくなった。

 銀髪に、端正で高貴さが感じられるその顔には燃えるような紅い瞳を持ち、透き通るように白く華奢な身には、動きやすいように作られたビキニアーマーという急所を守り、極限まで速く動けるようにした防具、そして腰には剣。

 その少女は何事もなかったかのようにまた歩を勧め始めた。とあることに心を奪われていたのである。


(……今更になって、帰りたいとか何でそーゆー弱音を吐きたくなるんだ)

(ああ、やはり城に残って待ってるべきだったか……)

(でも、誰にも手を貸して貰わないで一人で勇者を倒すって格好いいよね……?)


 はっきり言って怖い。

 しかし、上に立つ者として国民の願いを叶えなければならないし、大口を叩いておめおめと逃げ帰ってきましたーなんて恥ずかしすぎる上にプライドが許さない。


「……はぁ」


 自然と溜息が漏れ出た。

 今日はほぼ歩いているだけなのに、もの凄く疲れてしまった。


(早く寝たい……。町着かないかな……)


 魔王ルーナと言えば、全世界に知らぬ者などいない。闇の世界を束ね、人間世界に侵攻する魔族の王。というのは建前で、実は大臣に良いようにつかわれているだけである。ルーナ自身、そのことには気付いていないが。

 その名に魔族の象徴である《月》の意を持った魔王は、数年前にその身体に魔王の証たる紋章を宿した、確かなる継承者である。

 しかし、その確かな魔王の証でさえも、周りの者達の嫉みや失意、さらには殺意を沈めることはできない。

 子供であり、しかも女。それが気にくわないのだ。

 年齢は八七二歳。人間で言えば、まだ一六歳ほどである。そのような小娘が魔族を束ね、ましてや今まで類い希なる才能を秘めた、選ばれし者のみが授けられてきた紋章を身に宿しているなど、受け入れられるわけがない。ルーナは、剣術や魔法などは全く使えない。何度も暗殺されそうになるが、毎回長年の付き合いの親友に助けて貰っていた。つまり自分の身を護ることすらできないのだ。

 上手く国民や部下の心を掴めることなく、命まで狙われ、数年が経ったある日。

 「勇者を討伐しに行く!!」と何を思ったか言い出した。もちろん親友は止めるが、大臣や部下は厄介払いができるとでも思ったのかルーナを煽り、結果的に旅立つことになってしまった。

 そして、今森で彷徨(さまよ)っているのが現状である。


「うん?」


 さほど景色の変わらない森を歩いているうちに、木が蒼く光っていることに気づき、近づく。


(何だろ……)


 一点を中心として輝いている木の幹は、神秘的で心を奪われそうであるが、どう考えても普通ではない。

 恐る恐る、手を伸ばしてみる。――すると


「な、何……!?」


 光が今まで以上に強くなり、辺りを照らす。


「きゃあああっ!!」


 その光は、森全体を包み込むように光輝き、やがて消えた。まるで何も無かったかのように。






「ひゃ!」

「うああぁぁぁああっ!?」


 宿屋に、少年の悲鳴が響き渡った。

 ルーナは「いたた……」と腰をさすりながら上半身を起こし、辺りを見回した。

 狭い部屋に、ベッドとテーブルとイスが設置され、隅の壁に武器やら防具が寄りかかっている。ベッドの上には先程まで寝ていたのであろう少年が、表情を凍らしている。

 それにしても、先程のは何だったのだろうか。

 蒼い光が止んだかと思えば、いつの間にかこんな場所にいる自分。――これは夢なのだろうか。


「お、おい!!お前何なんだよ!!」

「ちょっと!今の音何!?」


 少年がようやく驚愕から放たれ、叫んだのと同時に、部屋のドアが荒っぽく開いた。

 現れたのは赤髪の少女。視線が部屋に座り込んでいるルーナを捕らえると、意志の強そうな瞳には炎が灯った。


「ちょっとあんた誰なの!」

「いや……わたしは……」


 ルーナ、返答に迷う。

 それもそうだ。普通、森で蒼い光に呑み込まれて気が付いたらここにいました、なんて信じてくれる人はいないだろう。

 どう答えるか迷っていると、少女は思いも寄らないことを言い出した。


「まさかあんた、ソルを狙って!?だったら迎え撃つのみ!ソル、戦闘準備はいい!?」

「誤解だ誤解っ!!大体こんな奴の命を狙うなんてよほどの暇人じゃなけりゃやらないだろう!?」

「確かにこいつはバカでアホで鈍感で知能は一般人以下だけどさぁ!」

「オイお前……。それ、俺を(けな)してるのか?俺、一応世界の運命を背負ってるんだぞ……」


 今にもルーナの胸ぐらに掴みかかりそうな少女の罵詈雑言に、少年は反応するが無視される。

 しかし、ルーナはとあることが気にかかり、その言葉を繰り返した。


「世界の運命を……背負っている……?」

「そーよ。一応こいつ、勇者なんだから」

「はっ…………?」


 ルーナの頭の中は、一瞬真っ白になった。思考を働かせようとするが、思い通りに動かない。数秒の空白のうちに正気に戻り、その言葉の意味が分かると、ルーナは目を剥いた。


「はあああああああああああっ!!?」

「ちょ、うるさい!」

「しょ、証拠はっ!?証拠を見せろ!!」

「があっ!?取り敢えず放せ!く……苦し……」


 ルーナがソル、と少女に言われた少年の首を放すと、彼の若干黒に近い青がかかっていた顔に、赤みが差してきた。


「ったく……少しは加減しろよ……。ほら、これ」


 ソルが左手の甲を見せると、太陽のような痣が刻まれていた。それこそ、勇者の証したる太陽の紋章。月の紋章の対となる、永遠の刻印。

 ルーナの頬には、冷や汗が伝った。


(…………どうしよう……。まさかこんなに早く勇者に出くわすなんて……)

(……殺される……。私が魔王だってばれたら絶対に殺される……)


 ソルを恐る恐る観察してみる。外見は、普通の人間だ。黒い髪に、漆黒の瞳。疲れているせいか気が抜けている表情をしているが、戦闘ではどのような力を発揮するのか、計り知れないものがある。

 ルーナは右手の甲に視線を落とした。旅立つとき、親友が魔王だってことをばれないように、包帯で隠そうと提案してくれた。今、手に包帯を軽く包帯を巻いていてよかったと心の底から思う。もし今、巻いていなかったら――


「ちょっとあんた、名前、何て言うの?」

「ルーナ。……あっ」


 物思いに(ふけ)っていてつい反射的に答えてしまったルーナは、我に返ってから自分の血が引いていくのが分かった。


(あああ……やってしまった……。転移呪文を唱えなくちゃ…………えっと、詠唱なんだっけ……)


 だが、彼らの反応は意外なものだった。


「ルーナか……。あの魔王と同じ名前だけど、良い名前だと思うぜ」

「そうね。確か……月って意味だっけ……。何かあんたと似ている名前ね」

「似てるか?俺のは太陽、こいつのは月、だぞ」

「分かってないわね、ソル。そんなんだからあんたは万年バカなのよ」

「バカは余計だ!バカは!俺、お前より呪文使えるしー」

「うっさいバーカ!一生彼女募集中のままでいろ!バーカバーカ!」


 不毛な争いを繰り広げている二人を前に、ルーナは胸を撫で下ろした。


(……この二人がバカで助かった)


 しかし、ルーナの頭にふと疑問が過ぎった。


「……なぜお前はわたしの名を聞いたんだ?」

「……個人的興味よ。それ以外あるかしら?」


 ソルの髪の毛を乱暴に掴んだまま、少女は真顔で答える。


(――いや、多分この人は勇者の仲間だから何か意図があって…………)


「で、あんたは何でこの部屋にいたの?」


 突然核心を突かれ、ルーナの心臓の動悸が自分の耳にも届くほど早く打ち鳴らされる。


「えっと……」

「物取り?ソルに会いたかったから?それとも……ソルを、殺すため?」


 少女の瞳に、明らかな殺意が宿った。

 ここは、嘘をつける空気じゃない。言っても、すぐに見破られてしまう。

 ルーナは、観念してどうしてここにいるのか、本当のことを伝えた。信じて貰えるかは分からないが。


「蒼い光に包まれて……気付いたら……ここに……?」

「……ああ」

「それ、本当なの……?」

「バカなお前は知らないと思うけど、(まれ)に森には空の扉ってのが現れるんだぜ」

「ソル、後で殴るからね……。で、何なの?空の扉って」

「俺もよく知らないけど、人間の手が加えられていない、純粋なものは魔力が宿りやすくて、それで空の扉が出現するとかしないとか魔術者の間では言われてる。まあ、実際のとこはどうなのか分かんねえ。で、それに出くわすと全然別の空間に飛ばされるって」

「うう……バカに負けた……」

「…………ま、だからルーナ?だっけ?言うことは本当だと思う」


 ソルの話を聞き、少女は先程より比較的目を和らげた。今まで気付かなかったが、この少女は優しげな顔をしている。可愛らしく、異性にもてそうだ。もっとも、こんなに気が強くなければ、だが。


「……ま、疑っちゃって悪かったわね」

「……あ、そだ。お前、全然別の所から来たんだろ?」

「あ、ああ」

「俺達がお前の故郷に送ってってやるよ」

「あ……ありがたい……。だが……」

「いいんだ。俺達も魔王討伐の為に各地を回ってるんだから」

「と言っても、まだ旅立ったばっかなんだけどね」


 はっきり言って迷惑以外の何物でもない。だが、ルーナに断る勇気は無い。

 しかも、勇者達がまだ旅立ったばかりということは、ここは魔界とはほど遠い、人間界。勇者を倒したところで、永遠に等しい時間を故郷に帰れずに人間界で生きるしか道がなくなる。

 その時、あることが閃いた。


(ここは、魔界まで勇者達と共に行って、そこで裏切り、国民達の前で処刑するか……)

(上手く行けば、勇者を倒せるし、魔界に帰れるし、信用を得るし、良いことばかりだ)


 気付けば、無意識に嘘を羅列していた。


「実は、わたしは魔族達に拉致されていたんだ」

「えっ……」

「だが、運良く他の拉致されている人間達に助力を受けて……わたしが一番若いからって、逃げ出させてくれたんだ……」

「…………」

「追っ手から逃れるために、わたしは森へと身を隠した。そこでその空の扉というものでここに……」

「そんな……」


 言葉を失う二人。

 その二人に対し、ルーナは内心嘲笑っていた。


「わたしは、わたしを逃がしてくれたみんなを助けたい。みんながわたしに託してくれた未来を、無意味にしてしまうかもしれないけれど。この手で。だから、わたしを魔界まで連れて行って」

「…………大丈夫か?この先、魔物とかと戦うんだ。お前が思っているより、戦いは厳しい」

「ああ、知ってる。わたしだって戦える」


 ルーナは腰に差してある剣の柄を叩いて見せた。


「……そっか。んじゃ、お前は俺達の仲間だ」

「礼を言う。えっと…………」

「俺はソルっていう」

「あ、あたしはステラよ。よろしく」

「ああ。ソル、ステラ。これからよろしく頼む」






――二人の刻印を持つ者は、こうして手と手を取り合った。


一人は魔王を助け、またもう一人は勇者を利用し――


こうして、世界は軋轢(あつれき)を生み出した。


運命は動き出した。もう誰にも止めることはできない。


軋轢を生み出した、この二人以外には、誰にも――


冒険日記


記録者:ルーナ


 ソルとステラは、恐らくわたしより戦闘能力は上だろう。まともに戦ったら確実に負ける。不意打ちしても絶対負ける。というか、わたしは歴代魔王の中で多分最弱だしなぁ……。まあ愚痴はおいておいて。

 空の扉というものは、人や魔族の手では作り出せない風に聞き取れる。ということは、空の扉に出くわしたのは偶然で、運がなかっただけか……。自分の運の無さには涙すら出てくる。

 それにしても、太陽の刻印って初めてみたが、なぜわたしはそれが勇者の証だと知っているのだろう……。そういえば、月の刻印も……なぜだ?

 まあ、考えるのも疲れるし、そろそろ寝ることにしよう。

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