ニューチャレンジャー―New challenger―
西暦2014年4月1日、秋葉原を中心に展開されているARデュエルと呼ばれる拡張現実を利用した対戦格闘ゲームがブームになっていた。
実際の格闘技と格闘ゲームの派手な演出やシステム等を組み合わせたARデュエル、作られた経緯は格闘技の衰退が理由となっているが、それが表向きだけと言う事は意外と知られていない。
しかし、そのブームを利用して超有名アイドルの地位拡大をしようと考えていた人物がいた。彼の名は伊藤零…。彼は超有名アイドル劇場のオーナーでもある人物だったのである。
その一方で伊藤の暗躍を以前から予測していた人物の存在もいた。彼女の名は如月翼。またの名をスカイフリーダムと言う。
この物語は超有名アイドルの栄光や未来を予言したモノリスプレートの記述を信じ、超有名アイドルを唯一神にしようと考えていた人物を止める為に動き出した若者たちの物語である。
そして、この世界線も別の世界におけるアカシックレコードサイトに記され、そこで新たな事件を生むきっかけになる事は想像に難くない。
繰り返される超有名アイドルの唯一神にしようとする動き、それを止められる者は現れるのか…?
突如として東京・丸の内に出現したARデュエルの筐体。その筐体でバトルをする事になったカイザーと闇月弥生。試合内容は、予想外とも言えるカイザーの圧勝で終わった。
その試合内容に不審を抱いたユーザーは、カイザーが違法なチップやARスーツを使用している疑惑があるのでは…とつぶやきサイト上で議論をするのだが―。
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4月3日午前11時40分頃、丸の内のARデュエルフィールド。
《ウィナー カイザー》
圧倒的だった。カイザーの想像を絶するパワーに対し、闇月弥生はなすすべなく敗退したのである。カイザーのARデュエルランクは三段であり、弥生は七段にまで昇格をしていた。その中で起こった番狂わせ…。
【何てパワーの持ち主だ】
【データによると、プロ格闘家クラスの能力を持っているらしいな】
【まさか、プロ格闘家でもないのにプロ格闘家クラスのパワーを持っているとは…】
【何か、違法なチップでも搭載されているのか?】
つぶやきサイトで実況をしていたネット住民も、カイザーの圧勝には疑問を抱いていた。普通に圧勝を喜んでいるユーザーはごく少数であり、指折り数える程度しかいない。
【違法チップなどの不正改造が発覚すれば、バトル途中でエラーが出るはず。それが出ないと言う事は…】
【もしかすると、違法と認識されるギリギリの範囲でチップを改造している可能性もあるかもしれない】
【それはない。公式に出回っていないチップを使えば、即時エラーが出る仕組みになっている】
【そうなると、システムの方が何者かにハッキングされたと考えるべきか】
ネット上ではカイザーの一撃が、どう考えても違法チップを使っているのでは…と言われる位のパワーを発揮していた事に対して議論が展開されていた。
【ハッキングか…。あまりいい話ではないな】
【どちらにしても、この試合は何かがおかしいと考えるべきだ】
【まさか、ARデュエルが超有名アイドルや芸能事務所に掌握されたのか?】
【公式ホームページには特に動きはない。向こうの動きをけん制しているのか、それとも…】
【超有名アイドル以外の趣味が許されない世界が現実になってしまうのか?】
試合の方は、ラウンド2もカイザーの一方的とも言えるワンマッチバトルだった。結果として、弥生の連勝はストップする事になった。
「そんな…。日本を救うアイドルは―自分だと思ったのに」
弥生は一言だけ言い残してフィールドを後にした。一方でカイザーはそれを見送る事も無く、別のエリアへと向かった。
「あのカイザーというファイター…何かがおかしい」
弥生の試合をギャラリーの外にあるモニターから見ていた西雲和人は、カイザーの能力を見て違和感を感じていた。違法パーツ装備の場合はエラーメッセージが出て試合は止まる、逆に弥生の方にパワーダウンをかけられていたのか…というと、それも違う。
「まさか、アカシックレコードの技術を使って合法的なパワーアップシステムを作ったと言うのか?」
そして、最終的な結論として合法的なプログラムをアカシックレコードを利用して開発し、それを実装した…。
「やっぱり、その結論に至った人間は少数ではなかったか」
ARブレスからつぶやきサイトへアクセスした結果、西雲と同じ結論になった人間の発言をいくつか見つける事が出来た。
【ARデュエルのシステム上、違法なプログラムやチップ、パーツの類は使用できない。理由としてはシステムの暴走等と言う事らしいが…】
【バラエティー番組で芸人の事故が相次ぐ中で安全性を求める為にARスーツが開発された説もあるが…あそこまで吹き飛ばされるのもおかしな話だ】
【やらせを申し込んだ説も違うだろうな。発覚すれば、運営が試合途中で警告を出して試合を止めるはず。試合も普通に進んでいた以上、運営側に異変があったと考えるべきじゃないのか?】
【運営側が上野公園近くのアンテナショップでゲリラロケテを行う事を発表している。おそらく、丸の内に置かれた筐体に何かが仕掛けられていると考えるのが正しいだろう】
【まさか、他社のARデュエル?】
【それこそあり得ないだろう。ARゲームは現状でも多くの作品が稼働中、その中でも対戦格闘というジャンルはARデュエルのみ―】
【ARゲームの場合は新作発表前にロケテストで異常がないかを確かめ、それに加えて警察に安全性の確認してもらう事が義務になっている】
【つまり、丸の内の筐体だけ仕掛けがあると言う事か】
【おそらくは、超有名アイドルファンのみが10倍にパワーアップと言うような単純なものだろう。ARデュエルのシステムが解析されたという話はネット上でも話を聞かない】
これらの話の流れから、丸の内に置いてある筐体にのみ仕掛けがあるのでは…という結論に至り、西雲は自分のARブレスを筐体の前でかざす。
《ようこそ ARデュエルへ》
画面表示を見る限りでは秋葉原等で稼働している物と変わらない。変化している個所を調べようとした物の…。
《1プレイ:100円》
《1プレイ:デュエルチケット1枚》
筐体のタッチパネルには、この表示が現れてオプションは確認出来なかった。
《デュエルチケットはゲームセンター等で購入出来るARデュエル専用の電子マネーの総称です。このチケットでARスーツやオプションパーツ等を購入する事も出来ます》
デュエルチケットと表示されているパネルに触れると、チケットの説明が表示されるがゲームを始める事は出来なかった。どうやら、ARブレスにチケットがチャージされていなかったらしい。
「この近辺だと、チケットの買えるゲーセンは…無理か」
西雲は止むえず100円を筐体にあるコイン挿入口に入れた。その後、100円と表示された部分をタッチしてゲームを始める。
《ARデュエルをプレイする際は、手荷物等を専用のミニガレージへ保管してから始めて下さい。プレイ中に荷物などをなくされた場合でも―》
プレイ前に注意文が表示される。そして、その指示通りに筐体の隣にある荷物保管庫にリュックサックを入れ、ARブレスに表示される文章をタッチで進める。
《武器に関しては、所定のARウェポン以外の使用は禁止されています。絶対に使用しないでください。万が一、使用が確認された場合には警察に通告する場合があります》
他にも注意文が表示される。これらの注意を守らなかった場合はライセンスの使用停止の処分もある…という感じの内容だった。最悪のケースでは警察に捕まる事もあるらしい。
「実際に、駅の構内で盗撮をした事でライセンスを剥奪されたプレイヤーも存在したな―」
そして、西雲がARブレスを確認すると3つのモードが表示されていた。
《ストーリーモード》
《VSモード》
《スペシャルモード》
ストーリーはCPU戦を楽しむ為のモード、VSは対人戦専用モード、スペシャルは全国大会等の特殊ケースで解放される物である。現在、スペシャルは表示はされていても選択できない状態である。
「さて、様子を見る為にも―」
西雲が選択したのは、何とVSモードだった。待機メンバーは10名と表示されていたので、モード選択後に対戦相手が決まるシステムだろうか。
「あなたが最初の対戦相手ね…」
西雲の前に現れたのはARスーツではなく、場違いとも言えるようなフリフリのアイドル衣装を着た女性だった。一体、これが意味する物とは…。
「まさか、君が対戦相手…?」
西雲は疑問に思った。プロ格闘家以外がARスーツなしでARデュエルを行う事は出来ない。西雲も、その為に簡単に着替えが出来るARスーツを装着済みである。
「違うわよ。あなたの対戦相手は、こっちよ!」
彼女の背後にいたのは、身長180センチの覆面をした大男だった。どうやら、彼女は宣伝活動の為にARデュエルを始めようとしたのだが、ARデュエルのレギュレーション的な事情でエントリー出来なかった為、元格闘家にARデュエルを…と言う事になったらしい。
「そう言う事か。確かに、この方法ならば宣伝活動と言う事にはならないか」
何か思う所がありつつも、西雲は大男とのバトルに挑む事になった。
《ラウンド1 ゲットセット》
先生を決めたのは、大男の方だった。彼の放ったラリアットが腹に直撃した西雲は即座に倒れ込む。その後、大男が倒れた西雲を起こしてこれでもかとも言うべきパンチを連続して繰り出す。
「思ったよりダメージが入らないわね。しかし、超有名アイドルに逆らった者はこうなると言う事を思い知らせてあげるわ!」
セコンドとしてフィールド外にいる女性アイドルが大男に指示する。そして、ジャイアントスイングを繰り出そうと両足を掴もうとした所で…。
「そう簡単に負けられない事情が、こちらにもある!」
今度はキックの連打で西雲が大男に対して反撃を開始する。そして、一定の間合いを確保する事に成功した。その後、西雲はARブレスにコマンド入力をし始めた。
「これで、どうだ!」
数秒後、西雲が右手から放ったのは巨大な気弾のような物だった。当然だが、この気弾はARバイザーでしか確認できない為、何も付けていないギャラリーにとってはハッタリなのでは…と思っても不思議ではない。バイザーを装着していない人でも、ARデュエル用モニターでは気弾を確認出来る手段はあるのだが…。
《ウイナー 西雲和人》
「あの気弾1発だけでKOだなんて…」
女性アイドルもさすがに、今の状況は理解出来なかった。しかし、このシステムも格闘ゲームならではの物である事は周囲のギャラリーは分かっていた。
「まさか、ロマン技が本当に決まるとは…」
「一撃必殺技の類は発動までに時間がかかる事や大きな隙を作る事になる為、他のプレイヤーが実装しないシステムだと思っていた」
「しかも、確定すれば試合勝利の逆転奥義の方とは、正直驚いた。逆転奥義自体、使うプレイヤーが1%にも満たないと言うのに」
周囲のギャラリーも西雲が決めた逆転奥義に対し、衝撃を受けていたようだった。そして、数秒の静寂の後に大歓声が湧く。
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同日午前12時、東京駅近くのラーメン店でしょうゆラーメン・ネギマシ・チャーシュー・メンマというトッピングにミックス餃子という食券を購入し、ラーメン待ちをしている女性がいた。
『臨時ニュースです。先程、東京大手町で超有名アイドルのグループ50が何者かに襲撃される事件がありました。警視庁では逃げた犯人の行方を捜索しております―』
流れてきたテレビの臨時ニュースに映し出されたのは、大手町近辺だったのだが…その近くにはARデュエルの筐体も映し出されている。
「世界は超有名アイドルに制圧されてしまうのだろうか―」
別のお客と合席になっているカウンターテーブルで、少し悲しそうな表情でミックス餃子に手を付けていたのは、着替えるタイミングがなくARスーツを着たままの弥生だった。餃子の中身は、ネギ、ひき肉、キャベツ等が入っている。
「あんなぽっと出のアイドルが億万長者を生むなんて、そんなのマスコミが都合よく書いているだけのでっち上げに決まってる」
弥生の隣にいたのは、既に味噌ラーメンを完食し、レバニラ炒めを食べていたサラリーマンだった。
「アイドルって言うのは、もっと…人々に夢や希望を与えてくれる存在のはずなんだ。あんな、金目当てで量産されたおまけ付きお菓子のような存在のアイドルが世界を救うなんて間違っている。今の超有名アイドルは―」
サラリーマンの愚痴は続く。弥生の方は愚痴を聞いている方だが彼からはビールの匂いがするような気配はなく、特に被害がある訳ではないので話を聞くだけの状態になっている。
「何時からアイドルは夢と希望を与えるような存在から、金目当てで宣伝を繰り返す存在になったのだろうか。あれならば、まだ子供向けアニメや特撮のヒーロー、ヒロインの方が―」
しばらくして、弥生の方にもラーメンが来た。麺の量はサラリーマンが頼んでいた味噌ラーメンと変わらないが、トッピングが多い印象である。
『新しい情報が入ってきました。先程、警視庁は該当するARデュエルのプレイヤーに対して指名手配を行うと発表をしました。繰り返します―』
そこに映し出されていた1枚の写真は黒のカラーリングではあるのだが、間違いなく『外見は』スカイフリーダムだったのである。
「あれは、もしかして…?」
弥生は疑問に思ったが、まずはラーメンを完食する事にした。
同じニュースを秋葉原にあるカレー店で見ていたのは、竜宮クレナだった。竜宮は3倍辛口カレーを食べているが、水を飲むような気配はない。テーブルにはコーヒーもあるので、そちらを口にしている…と言う事だろうか?
『臨時ニュースです。先程、東京大手町で超有名アイドルのグループ50が何者かに襲撃される事件がありました。警視庁では逃げた犯人の行方を捜索しております―』
「遂に向こうが動き出したか。何としても、超有名アイドルの思うようにはさせない―」
そして、5分も立たないうちにカレーを完食し、お店を出ようとした所で…。
『新しい情報が入ってきました。先程、警視庁は該当するARデュエルのプレイヤーに対して指名手配を行うと発表をしました。繰り返します―』
その写真を見た時、竜宮はあまりの状況に口に含んでいたコーヒーを吹きそうになってしまった。さすがに吹きだすとまずい為か、何とか体制を整える。
「どういう事だ? まさか、スカイフリーダムがダークヒーローに転身したとでもいうのか」
多くの疑問があった中で竜宮はアンテナショップの方へと向かう事にした。しかし、しばらくして彼あてにメールが送信され…。
「これは―」
竜宮は、その真意を確かめる為に別の場所へと向かう事にした。
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4月3日午後1時、如月は秋葉原にあるリニューアル工事中のゲームセンター前にいた。理由は分からないが、ここにいれば何かが分かると思っていた…。
「超有名アイドルは既にARデュエルを手中に収めようとしている。何としても芸能事務所とファンの暴走を止めないと」
アカシックレコードサイトでの情報を調べた結果、超有名アイドルが既にARデュエルを制圧し始めている事が分かった。他の世界線でも超有名アイドルの魔の手は伸びつつあり、下手をすれば現実世界も超有名アイドルの独裁世界になってしまう…と。
「賢者の石―それはファンタジーの世界だけに存在する物と思いこんでいた結果、彼らは遂に生み出してしまった。生贄としたのは超有名アイドル以外のジャンル全て…。これによって無限とも言える資金源を生み出す事に成功した」
如月の前に現れたのは、何とドラゴンの覆面をした人物だった。西雲が来るとばかり思ったのに…。
「如月翼だな。これを預かっている」
彼が如月に手渡したのは、1枚のブルーレイディスクだった。タイトル未記載のケース、ラベルなども貼られていない怪しい代物だったが…。
「本人は、今どこに?」
如月は西雲が何処にいるのかを聞こうとしたが、その頃にはドラゴンの覆面の姿はなかった。
5分後、如月は別の場所へ向かう為にゲームセンターを後にした。
「これで良かったのか?」
しばらくして、如月の姿が消えたタイミングを見計らってドラゴンの覆面の前に西雲が現れた。
「アカシックレコードの秘密を超有名アイドルサイドに知られる訳にはいかない。秋葉原にあるARデュエルの中継用カメラも彼らの手に落ちている可能性は否定できない―」
秋葉原の周辺にはARデュエルの様子を録画する為のカメラが設置されており、その数は1000を超える。ARデュエルの試合を中継する為に利用されるだけではなく、周辺警備用の監視カメラとしての役割も持っている。
「まさか、ARデュエルを中継する目的のカメラが逆に悪用されるとは…。やはり、魔法的な技術を利用した方が良かったのか…」
ドラゴンの覆面が言った何気ない一言は、西雲にある物を閃かせるきっかけとなった。
同日午後3時30分、上野公園にあるアンテナショップ。そこでは、中継なしのライブ式ARデュエルのロケテストが行われていた。これは事前に公式ホームページで告知されていた物で、既に会場は300人近い観客で埋まっている。
「誰が相手だろうと、この俺は負けない!」
最初に現れたのは、スーパーヒーローを思わせるスーツを着ている人物である。ヘッドに関しては、どちらかと言うとダークヒーローに近いデザインをしている。
「奴は、一体何者なんだ―」
次に登場したのはキックボクサーである。ARデュエルランクは二段で、そこそこの実力を持っている。過去には、弥生を撃破した事もある。
《ラウンド1 ゲットセット!》
【予想外の展開だな】
【あの覆面選手、何者なんだ…】
【しかし、あのバトルスタイルは見覚えがあるぞ?】
ネット上では、彼のバトルスタイルや癖などで見覚えのある選手なのでは…という話が浮上していた。
《ウィナー ジークフリート》
「何だと? あのジークフリートが…」
一番驚いたのは、戦っていたキックボクサーだった。覆面をした選手、その正体はジークフリートだったのである。
【予想通りの展開だったな】
【基本的にARデュエルではサブカードと言う物が認められていない。この場合は、俗に言う2Pカラーのような物か】
【あのスーツデザインは、何処かで見覚えが…】
原則として初心者狩りを想定としたサブカードの類はARデュエルで所有が認められていない。その為、今回のジークフリートのスーツは格闘ゲームで言う所の2Pカラーと呼ばれる物と同じ扱いになっている。
同刻、上野駅近くではスカイフリーダムがARデュエルランク八段の上位プレイヤーと対戦していた。結果としてはスカイフリーダムの勝利だったのだが…。
「なんだろう、この感じは―」
スカイフリーダムは何か嫌な気配を感じていた。それは、翌日に明らかになった。
同日午後8時、つぶやきサイトで、ある発言を巡るやりとりが行われていた。
【RE:規制法案は無意味だろう。政治家も買収されていた場合、超有名アイドル以外規制法案になりかねない】
この発言は記者会見が行われている際に発言されていた物。これに対して…。
【結局、超有名アイドルは自分達が金儲けをする為だけに都合のよい規制等を次々と作っているような気がする】
【超有名アイドルの監視に置かれ、全ての自由が許されない世界…。そんなものはあってはならない】
【その一方で、反社会的勢力は殲滅に近い所まで減っている。超有名アイドルファンが片づけたと言っても過言ではないか】
【しかし、反社会的勢力に変わって超有名アイドルファンが…という懸念がある】
【どちらに転んでも、超有名アイドルの思うがままの世界になると言う事か】
意見の大半は規制法案で反社会的勢力が一掃されたとしても、それに変わって超有名アイドルファンが縦横無尽に暴れまわるという状態にならないのか…と言う物だった。
同日午後10時、つぶやきサイトとは別のサイトにて、とある記事が取り上げられた事で話題となっていた。
【WL:どの世界でも、反社会的勢力を代表とした存在は超有名アイドルファンクラブが殲滅していると言う話が出ている。もしかすると…?】
少し前のつぶやきサイトで反社会的勢力が一掃されたという話題が出た直後だった事もあって、注目度は高かった。
【確かに、20年近く前は色々と勢力があったような気がするが…。殲滅に近い状態になったのは10年前か?】
【他の世界線でも年代はバラバラだが、10年~20年前には絶滅しているという報告もある】
【海外に関しては不明だが、日本国内では『反社会勢力規制法案』が成立されてからは海外勢力が進出する事も出来なくなっているらしい】
【どの世界線でも罰金額が1億や1兆というクラスではないらしい。1京という単位も使われている箇所があるとか】
【さすがに、1京と言う数字を見せられては解散をした方が早いと判断されるか―】
(中略)
【他にも超有名アイドルファンが武装化して、反社会的勢力を殲滅した世界線もあるらしい。信じられないような話だが】
【それに関連した話から、超有名アイドルを神化すべきという話が浮上したらしい】
【それに加えて、超有名アイドルのやる事は全て絶対であるという考えも―】
(後略)
「これでは、超有名アイドルがいる限りは戦争は絶対起きない…という考え方を持った人間が現れてもおかしくはないか」
このサイトを見ていた西雲は、アカシックレコードに記載された文面と見比べながらサイトの記事をチェックしていた。
「このままでは、現実世界でも超有名アイドル神化計画が開始されてしまう。それを止める為にも―」
若干焦りを感じながらもアカシックレコードを解析していく、その中で西雲はニアミスで違うサイトへのリンクをクリックしてしまった。
「これは、まさか―」
アカシックレコードに記載されたリンクは、基本的にその世界線上のURLで記載されている。その為、本来であれば【URLが存在しません】というエラーメッセージが出るはずである。しかし、西雲がクリックしたリンクは、何故か有効になっていた。
【WL:っ《URL省略》】
西雲がクリックしたのは、このURLだった。他の世界線で使われているURLが自分のいるURLと偶然同じだった…と考えても不思議ではない。
《このメッセージを受け取っていると言う事は、超有名アイドル商法が賢者の石であると言う事を認識している人物に―》
普通であれば、アカシックレコードサイトに記載されているつぶやき等には『WL』という世界線を表すアイコンが付けられている。しかし、そのアイコンがメッセージに付けられている気配はない。
「まさか、AR技術を利用して超有名アイドルを神化するという意味は―」
即座に西雲はショッピングサイトを検索し、超有名アイドルに関する書籍を手当たり次第探した。そして、見つけたのは…。
《超有名アイドル商法が税制優遇される日―日本は超有名アイドルの一握りに全てを独占される時代の到来―》
《今、音楽業界が危ない ―超有名アイドルで税制優遇の関係と市民への影響―》
《超有名アイドル神化への道―今からでも間に合う、超有名アイドル商法バイブル―》
《超有名アイドル商法と賢者の石―芸能事務所が日本を支えていると言う嘘のような本当の話―》
《AR技術の最先端―超有名アイドルもデジタルで作り出せる時代―》
「この本で間違いない。これなら、超有名アイドルが向こうへ進出する理由も納得できる」
そして、西雲は1冊の本を購入する事にした。緊急として必要ではない為、急ぎの発送にはしなかった。その為、到着は2日後位になるようだ。
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4月4日午前9時50分、竜宮は何時ものファストフード店で、そば飯風サンドと中華サラダ風サンド、コーヒーを朝食代わりに取っていた。
「アクティブが7000人に減ったか…。以前の休止中IDが2000回復しているのを見ると、5000人のアクティブだったプレイヤーが休止という計算に―」
ARブレスで稼働中のIDを調べながら朝食を取る竜宮の前に現れたのは、予想外の人物だった。
「西雲和人は、今どこにいるの?」
竜宮にとっては見覚えのある人物…如月だった。当然だが、如月は竜宮とは初対面である。
「用件は何だ? 超有名アイドル商法か? それとも―」
如月に対して質問をする竜宮だったが、如月はテーブルに置かれているコーヒーのタンブラーを見て何かに気付いた。
「あなた、まさかドラゴンの―」
如月の一言を聞いて、竜宮が『それ以上口にするな』と言わんばかりの視線で彼女を黙らせた。どうやら、彼がドラゴンの覆面と言うのは公式には知られていないらしい。
同日午前11時ごろ、つぶやきサイト上…。
【RE:彼らの狙いは、超有名アイドル商法で金儲けをする事。つまり、利益さえ上がればどんな非合法手段でも取ると言う事だ】
【昨日、超有名アイドル商法に便乗すれば儲かると言う嘘の投資話を持ちかけた人物が逮捕されたな】
【ダイナマイトが本来の目的とは異なる使われ方をしているのと同じか―】
【出会い系サイトの迷惑メールでも『超有名アイドルの○○そっくり』という単語が使われているメールが送られてきたが、関係あるのか?】
【結局は超有名アイドルと言う単語を用いれば、誰でも大儲けが出来ると言う魔法の言葉みたいな状態になっている】
【これが、超有名アイドルが賢者の石と呼ばれる理由か】
【噂によると、超有名アイドルに関する単語を全てに商標を取るつもりでいるらしい】
【最終的には超有名アイドルと言う単語を商標登録して、ありとあらゆる世界から金を得られるシステムを作るに違いない】
【そうなると、超有名アイドルと言う単語自体が許可を得て使用しなかった場合は警察に捕まると言う事か】
【おそらく、罰金は1京を超えるのは確実だろう。それ位の予測換算を平気に行うような芸能事務所だからな】
(中略)
【年商は無限で金額換算不能…という世界も現実になって来た】
【それだけの大金を保有して、芸能事務所は何をするつもりだろう?】
(後略)
ネットでは、超有名アイドルが何を目的にARデュエルに参戦したのかと言う憶測が広まっていた。このやりとりに関しては、ある人物がチェックしていた事で予想外の展開を生む事になる。
同日午後4時、北千住にあるCDショップの前ではグループ50のCDが店頭に並べられている。昨日、襲撃事件があったばかりだと言うのに…と考える買い物客も少なくはない。
「昨日のニュースは話題を作る為のネタだったのか、それとも―」
店頭を少し見ただけで西雲は店を出たが、昨日のニュースが大々的に報道された割には一般市民の反応が薄い事が気になっていた。
《新世代アイドル・蒼穹まどか メジャーデビューCD発売中!》
もう一つ気になっていた物がある。それは、別の超有名アイドルとは違ったアイドルの宣伝ポスターなのだが…。
「何処かで見覚えが…?」
店を出た辺りまでは西雲も気付かなかったのだが、ある時間になって急に気付く事になる。
同日午後8時、アカシックレコードサイトのまとめなる物が遂にネット上へ姿を現した。ネットでは超有名アイドルが全てを掌握する前の悪あがき…とも思われていたのだが、反応に関しては想像以上だった。
「やっぱり、そう言う事だったのか」
西雲がCDショップで見た蒼穹まどかと言う名前…それは見間違いではなかった事をまとめサイトで思い知った。つまり、アカシックレコードに記載されているのは…。
4月5日午前10時、秋葉原には観光客を含めて多数の人であふれていた。それもそのはず、今日は土曜日と言う事もあるのかもしれない。歩行者天国は、ほぼARデュエルスペースで独占されているが…。
「平日の中では、最も土曜日がプレイヤーが押し寄せてくると言う日だな」
「秋葉原以外でもARデュエル自体は全ての都道府県に設置されているが、設置数が一番多いのは東京の500近く―」
「遠征勢を含めて1000人規模の民族大移動だからな。他のゲームの遠征勢が嘘みたいな数になる」
周囲のギャラリーも何時も以上に出身都道府県が多彩になるのが土日である。祝祭日はプレイ料金が上がると言う訳ではないが、ランカーと呼ばれるプレイヤーも一気に秋葉原へ現れる為、他の場所へ移動している…という傾向も一説として存在する。
「上位ランカーの中で、1位と2位、5位、6位は秋葉原内にいないようだ。3位のプレイヤーが7位のプレイヤーと交戦している―」
「今日は晴れているのが運が良かったな。雨の場合はARデュエルでも状況が不利になる」
「基本的にARデュエルは台風で一部エリア、緊急事態の場合は全エリアでプレイ不可―という風に天気には左右されにくい」
「しかし、それでも雨や雪といった環境でプレイしようと言う人は、本当にごく少数になっているのがネックか」
ARブレスでは、定期的に上位ランカーの試合状況や天気、各種エリアの混雑具合などをニュースとして配信している。それだけ、ARデュエルが勢力を伸ばしているからこそ、超有名アイドルが進出をしようと考えていたのかもしれない。
同日午前11時、1時間が経過した辺りで秋葉原だけで250試合のARデュエルが行われていると言う計算にはギャラリーも驚きを隠せない。他の稼働エリアも含めると1000試合前後だろうか?
「今回は予想以上だ。一時は覆面集団しか来ない事もあったが―」
ファストフード店で休憩をしていたのは、ジークフリートだった。既に25連勝を記録し、現在はコーラを飲んで一休みといった気配である。
「少し、いいかしら?」
ジークフリートの隣の席に座ったのは、如月だった。彼女の持ってきたトレーには、ドーナツと紅茶、フライドポテトの入った袋がある。
「彼とは一度も戦った事はない。話自体は聞いた事はあるが―」
ジークフリートは例の指名手配されている黒いスカイフリーダムの写真を見て驚くが、この人物とは対戦した事はない―と。
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同日午前11時30分、ARブレスでワンセグテレビを見ている竜宮は予想外のニュースを目撃する事になった。
『先程、超有名アイドル劇場の副支配人を名乗る人物が警察へ自首しました―』
画面では、北千住の警察署へ入っていく1人の男性の姿が映し出されている。その人物を報道陣が取り囲んでいるという状況だろう。
「一体、超有名アイドル側は何を…!?」
竜宮がニュースを見てふと考えていたのは、アカシックレコードサイトに書かれていたとある記述だった。
【WL:超有名アイドル側は特定ジャンルの仕業とする為、【意図的】に事件を水増しするに違いない。マスコミも良くやるような手段で…】
「このままではARデュエルが超有名アイドルの所有物と化してしまう―」
そして、竜宮はドラゴンの覆面を取り出し、近場の筐体へと急ぐ。
同刻、北千住の警察署内では副支配人と名乗る人物の事情聴取が行われようとしていた。どうやら、ニュースの速報は10分前位の映像だったようである。
「実は―」
副支配人は口を開き、一連の超有名アイドルに関するCDチャートの不正水増しや投資詐欺事件、今回のARデュエルに関する一連の事件が新犯人によって実行されていた物であると話す。
【ちょっと待ってくれ、どう考えてもこの流れはおかしい】
【これでは、超有名アイドルが何をしても無罪と言うような流れじゃないか】
【いくらなんでも、この流れが許されるような物ではないぞ】
【超有名アイドル側も手詰まりと言う事か】
【某大型歌番組でも他のアイドルを落選にさせる為に使ったような手段じゃないか】
【結局、反社会的勢力の仲間入りをしていたと言う事だったのか】
【これは、もしかすると釣りかもしれん】
つぶやきサイトで流れているニュースを見て、ネット住民達は衝撃を隠せないでいた。もしかして、釣りなのでは…という意見も少数だったが―。
【RE:男性アイドルユニットを有するプロダクションに騙されていたと副支配人が告白…一連のARデュエル事件で新展開】
これが、ネット上で広まっているニュースである。テレビでは報道されていない所を見ると、ソースを探していると言う状況だろうか?
【もしかすると、今回は有名な男性アイドルユニットが標的になったが…ジャンルによっては他人事ではないな】
【こちらはマナーの悪い一部ファンの影響で、超有名アイドル側から炎上ネタに利用される事も多いからな―】
【こちらに至っては、未だに線路へ勝手に侵入する等の行為が横行した結果、超有名アイドルとのコラボをする為と言う理由で締め出しを食らった】
【つまり、超有名アイドルとのコラボを得る為だけに昔からのファンを悪と決め付けて締め出しをしているのか】
【超有名アイドルと言っても、ファンは100人にも満たないと言う噂じゃないか。そんなアイドルが全世界を救うなんてフィクションの世界過ぎるだろ?】
【100人は少なく見積もり過ぎているな。別の世界線では500万人という試算がある。100人や10人という規模だとしたら、それこそマインドコントロール説が有力になってしまう】
(後略)
ネット上では、更に超有名アイドルがここまでやっているのでは…という憶測ネタが飛び交う事態となっていた。これほどまでにネット上が混乱している一因は何なのか?
同日午前11時45分、別のテレビ局で放送されていたニュースでも同じニュースが流されたのだが…。
『副支配人を名乗る人物は「別の大手芸能事務所からの指示を受けてやった」と供述しているようです―』
ここでようやく、ネット上で流れていたニュースが本当の事であると言う事が証明された。しかし、これに関しては事実なのかも怪しいと考えている人物も多い。
「超有名アイドルサイドが、ここまでやるとは予想外の事を―」
ある場所へと向かう為に電車移動を行っている途中、このニュースを西雲は知った。既に向こうは先手を打ってきた。ならば、こちらも反撃の糸口を見つけなければ…と。
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同日午前12時、テレビ局はUHFの独立局も同じニュースが流れていた。例外は、旅番組を放送している1局だけである。
『ARデュエルで起こった一連の事件に関して、警察は先程、大手芸能事務所ハンターズプロのビルを家宅捜索を始めました』
『過去にハンターズプロは、CDチャートの不正水増し事件で―』
これらのニュースは多くの人物の目に留まる事になり、ここから新たな戦いが始まるのでは…と予感させる流れとなっていった。
同日午後1時、西雲は北千住にあるビルの前へ来ていた。このビルはアカシックレコードサイトによると、とある聖地と言う事になっているらしい。
「このビルの近くのはず―」
西雲がビルの周りを散策していると、近くにあるCDショップにたどり着いた。ここは、少し前に立ち寄った事のある店もあった。どういう事だろうか?
「アカシックレコードサイトの方が間違っているとは到底思えないが―」
更に範囲を広げて散策を続ける。すると、中規模のゲームセンターにたどり着いた。中に入ってみると、ARデュエルは置かれていないようだが、それ以外の機種が多数置かれていると言う状態だった。
「やっぱり、ここにたどり着いたようだな」
西雲の目の前に現れたのは、ドラゴンの覆面である。しかし、TシャツにはホーリーフォースとNo13、ARスーツとは似たようなスーツを着た女性のイラストが書かれている。声も、彼とは全く違う。まるで、違う声優が吹き替えをしているような…。
「あなたは一体、何者ですか?」
西雲は服装の違うドラゴンの覆面を見て、彼とは別人なのか…と尋ねようとした。しかし、ドラゴンの覆面がその後に口にした言葉は―。
「とりあえず、場所を変えよう。ここではARデュエルのカメラは置かれていないが、話が話だからな」
西雲は別人であるドラゴンの覆面に言われて場所を移動する事にした。階段を上り、2階に上がるとそこには多数の音楽ゲームが置かれていた。1階がプライズゲームや子供向けのカードゲーム、カプセル自動販売機等であるのに対し、2階の雰囲気は1階とは180度変わったような場所だった。
「このゲームも、このゲームも…アカシックレコードに書かれているリストと同じ物が置かれている。一体、これは―」
置かれている音楽ゲームはドラムセットを思わせるような物、DJのターンテーブルと鍵盤を足したようなコントローラーを使う物、その他にはタッチパネル式の物等が置かれている。音楽ゲーム以外にもTPSやFPS、対戦格闘等のジャンルも揃えてある。
「ここは数少ない、世界線上で扱われているゲームが多数集まるゲーセン。そして、君が探していた聖地でもある―」
ドラゴンの覆面は更に奥のエリアを案内し、そこのテーブルに置かれていたパソコンを見せる。データの閲覧に関しては自由になっているが、このパソコンに長蛇の列等が出来る事はない。
「これが、もう一つのアカシックレコード…」
そして、西雲はアカシックレコードの記述をコピーして持ち帰ろうとしたがエラー文が表示され、コピーする事は出来なかった。
「ひとつ言い忘れていたが、このパソコンのデータをコピーする事は出来ない。プロテクトを解除しようと何人かの人物が挑戦したが、全て失敗に終わっている―」
《このアカシックレコードを持ちだす事が意味する物、それは超有名アイドルが現実世界で絶対的支配者、あるいは唯一神に該当する世界となった事を意味する。それを阻止する為の手段を、ここに残す》
エラー文の表示後、パスワード入力を求める画面が表示された。これは一定回数のエラーでプロテクトがかかるシステムになっており、失敗するとパソコン内の別ソフトが立ちあがって一定時間はアカシックレコードへアクセスできなくなる仕組みである。
「このプロテクトを外し、アカシックレコードを手に入れないと…」
西雲は自分のノートパソコンを開き、そこから別のアカシックレコードサイトへとアクセスをする。
「見つけなければ…唯一の対抗手段を」
そして、西雲は一つのキーワードを見つけた。今は、そのキーワードに結び付く物は持っていない。仕方がないので、今日の所は自宅へ引き返す事にした。
西雲が北千住の自宅に戻ると、郵便ポストに何かが入っていた。どうやら、あの時に通販で注文した本が届いたらしい。入金は既にネットで済ませている為、発送待ちと言う状態だったのだが…
「これは…あの時の本か。もう少し遅れると思ったが、到着が早かったな」
そして、家の中に入り、届いていた商品の梱包を解いた。