俺、やっぱ変わってるんかね
両親の命日だったことを今更思い出した。墓参りには行かない。遠く離れた祖父母の実家近くにあるからだ。
あの時、死者は両親以外にいなかった。不幸中の幸いというべきか。
もしかしたら必然だったのかもしれない。両親は最後まで、最後に大爆発が起こるまで残って救助をしていた。火傷で重傷を負った人達を助け、死んだのだった。
両親が誇らしいといえばそうなのかもしれない。だが俺は子供として、二人に帰ってきて欲しかった。
自ら死地に飛び込むような職業上、いつかこうなると漠然と思ってはいた。
だがそうなって欲しくないとも、思っていた。
その日から二ヶ月間(一週間は学校を休んでいて家から一歩も出てないが)、俺はここに上って夕日を眺めていた。
立ち直れたのは、姉ちゃんのおかげだ。
もちろん宏介も慰めてはくれていた気もするが、姉ちゃんがいなければ俺は今頃空虚なヤツになっていたことだろう。
姉ちゃんは表向き素早く立ち直り、家の外では気丈に振る舞っていた。……俺が立ち直ったその日、俺が姉ちゃんの部屋で一人泣いていることに気付かなければずっとすっかり立ち直っていたモノだと思っていたくらい、気丈に振る舞っていた。もちろん子供だったし泣きたいのは自分だけだと勘違いしてるとこもあったからってもあるんだが。
まあそんな訳で姉ちゃんには大恩があるんだが、姉ちゃんは今アパート暮らしで俺の生活費の大半を稼いでもらっている。正直言って恩が増えるばかりで一向に減らない。
「……う~ん」
俺はザイルクライミングの上で唸った。……両親の命日やら須藤への怒りやらですっかり忘れていたが、俺ってば今クラスで浮いてるんだった。むしろ須藤より俺の方が問題児なんじゃないだろうか。須藤は確かに不良っぽいが、暴力沙汰は起こしてない。
……俺の方がヤバいヤツだと思われそうだな。
そう思うと急激に気落ちしてきた。困ったもんだ。
「……はぁ」
今更ながらに学校が憂鬱になってくる。ため息が漏れた。
ズズゥン……!
「……っ」
そこで俺は、何か巨大なモノが落ちてきたような、重い音を聞き地響きを感じた。……何だ?
「っ!?」
俺が辺りを見渡すと、街の一角から巨大テネスの大群がゆっくりとだが近付いてきているのが見えた。……火の七日間かよ! 全く、笑えねえ冗談だ!
俺は最悪の光景を思い浮かべてしまい、思わず腰を浮かせる。……巨大テネスは大体五十体ぐらいか。俺がドラゴン・アクセルを使っても無事に勝てるとは思えない数だ。
街がざわめき出したのが分かる。巨大テネスの大群を見てか人々が逃げ惑っているのが遠目に見えた。
「……」
真っ直ぐこちら――おそらくは学校――を目指して歩いている巨大テネス達に、突っ込んでいく影が二つ見えた。
一つは鳥のような翼を生やした純白の影。もう一つは黄色い獣のようなフォルムをして蝙蝠のような翼を生やした影。
……一つは坂井だな。変わらず武器も純白の二丁拳銃だ。ってことはもう一つが須藤なのか。黄色く頭に耳のような突起があり鬣のようなモノもある。手と足に長い爪を装着しているので、あれが主力武器か。
俺の烏のような翼とも違う、蝙蝠のような黄色い翼だ。
「……へぇ」
俺は普通に感嘆の声を上げる。四肢の爪で戦う須藤の攻撃力を素直に凄いと思ったのだ。通常状態で俺がかなり苦戦した相手だというのに爪で引き裂いて致命傷を与え、仕留め切れないが坂井の追撃により次々と巨大テネスを倒していく。十分で三体も倒せるってのは、かなり強い証拠だろう。だが、このままでは全滅させるのはかなり時間がかかる。そんなにかかっては街が半壊どころじゃ済まない。
「……」
確かに、俺が必要ないと言い切るだけはある。強い。
「……賢人は行かなくていいの?」
俺が巨大テネスの方を見ている内にザイルクライミングに上ってきていたらしい。美雪が尋ねてきた。
「……ああ」
俺は頷き、戦闘の方を見る。
「……それよりスカートなのに上ってきていいのか?」
俺は美雪の方を見ずに聞く。
「……それは言わないで。上ってる途中で気付いて恥ずかしくなったんだから」
すると美雪は自覚があったのか頬を染めた。
「……なら上ってくるなよ」
俺は呆れて言いながらも美雪に右手を伸ばし、右手を掴んだ美雪を引き上げてやる。
「……ありがと」
美雪はそう言うと頂上に座る俺の一つ下の段でスカートの中が見えないようにしながら座る。
「……ごめんなさい」
「ん?」
俺が須藤を殴った時、真っ向から俺に向かってきたのが美雪だった。そりゃあ気まずい雰囲気にもなる。だが沈黙が数秒続いた後、美雪がいきなりそう言って謝ってきた。
「……あの、ビンタしちゃって。あとで冷静になって考えてみたら須藤君の方が悪いって気付いて、それで……」
美雪は戸惑ったように言う。……なるほどな。
「……そうか。まあ別にいいけどな。俺は謝る気ねえし」
別に美雪が正しいと思ってやったことなら謝る必要もないとは思う。だから俺は両親をバカにしやがった須藤に謝る気は毛頭ない。
「……何で?」
すると美雪は俺を責めるような目で見てきた。
「……俺は、両親をバカにするヤツは許さない。故人がバカにされたら言い返せるのは生きてるヤツだけだからな」
俺が両親のことをカバーしなければ、誰がカバーしてくれるというのか。死人に口なし。ってことは生きてるヤツが口になるしかない。
「……」
俺の意地を見て取ったのか、美雪は黙ってしまう。
「……須藤君、不器用で勘違いされることが多いから」
「……死んだヤツをバカにすることのどこに不器用さが出てんのかさっぱりだけどな」
「……それは、その、ツンデレ的な?」
「……あんなのがツンデレってんなら、俺がツンデレを撲滅してやるよ」
「……」
美雪はどうやら俺に須藤は本当はいいヤツだということを言いたいらしい。……残念ながら俺は両親をバカにされると根に持つタイプだからな。一生須藤を許す気は起きないだろう。俺、あいつ、嫌い。これが全てだ。
「……悪いが何と言われようとも俺はあいつと仲良くする気はねえよ。根に持つタイプだしな」
俺は少し笑って言う。いい加減ウザくなってくる。何で両親をバカにしたヤツと仲良くしなきゃいけないんだか。
「……でも、あれが須藤君の本心だとは限らないでしょ?」
どうやらまだ庇う気らしい。……悲しいな。この女子はまだ俺を理解してないらしい。
「……悲しいな。高校に入って出来た友人を、早速一人失うことになるなんて」
俺は空を見上げて言った。……ああ、ホントに悲しい。それよりそろそろ避難しないとマズいな。巨大テネスの大群が向かってきている。須藤が戦わなくていいって言ったんだ。俺はそれに従って戦わないことにしよう。
「……ちょ、ちょっと待って。その友人って、誰のことを言ってるの?」
俺が避難しようとザイルクライムングを下り始めると、慌てたように呼び止められた。
「……お前のことだけど?」
たかが両親をバカにされただけでここまでする必要はない? だが残念ながら俺には両親をバカにするヤツとその仲間達とは上手く付き合えない。何故ならさっきから言ってる通り、死人をバカに出来るヤツらだからだ。相手が言い返せないことをいいことに、そいつらは死人を貶す。そんなヤツらを許すことが出来ると思うか?
「……な、何で私が?」
戸惑ったような悲しいような顔をして言う。
「……死人を貶すヤツを、庇えるようなヤツが、碌なヤツだと思えないのは俺だけらしいけどな」
俺はそれだけを言って跳ぶように素早く下りていく。
「……っ。ちょ、ちょっと待って! ……あなたは、戦わないの?」
「……ああ。戦わなくていいって言ってるんだから別にいいんだろ。それに、俺があれだけ苦戦したヤツをあんなに簡単に倒してるじゃねえか。俺の出番はねえって」
俺は地面に着地してから肩を竦めて答える。
「……ホントに、そう思ってる?」
「……」
聞かれ、答えることは出来なかった。俺がこうしている間にも二人は次第に追い詰められている。街への侵攻も進んでいる。今回の巨大テネスのベーステネスにボクサーはいないようだから滅茶苦茶強いということもないようだが、これでは街が滅ぶようなこともあるかもしれない。
「……ま、俺は戦わないさ。悪を倒すのは、正義の味方の役目だからな」
俺はそう言って、振り返らずに巨大テネスの大群がいる方向とは逆に、歩いていった。




