ああ、イライラする
一ヶ月振りくらいです
「えーっと、転校生を紹介するよー。須藤切也君」
クラス担任が、ツンツン頭で柄の悪いヤツの名前を黒板に縦書きして紹介するが、クラスにはどんよりした空気が流れていた。
理由は二つある。
この教室に一足早く入ってきたこいつが俺に喧嘩を売ったこと。
もう一つは少なからずこの街を救った正義の味方をバカにしたこと。
……よく分からんが俺にイチャモンつけてきやがった。そのせいで俺が不機嫌オーラを周囲にバラ撒いているせいもあるかもしれないが。
昼休みになって、果敢な女子が須藤に声をかけていた。
美雪だ。
……それに俺はなんとなくイラッとしたが、苛立ちは無視し呆れたような苦笑を浮かべ、弁当を持ってきて俺の向かいに座っている宏介の足を思いっきり踏んでやった。
「いたっ! ……イライラすんのは分かるけどさぁ、俺に当たるなよ」
宏介が足を踏まれ眉を寄せて抗議してくるが、それも無視。
「……正義の味方だなんて言われて調子乗ってんじゃねえの?」
……胸くそ悪い声が聞こえた。
「……」
だが俺はそれも無視してスクバから弁当を取り出し、机の上で広げる。
「……相変わらず美味そうな弁当だな。どぉれ、俺も一口――いたっ!」
宏介が言ってメインおかずの鶏肉の唐揚げを奪おうとしてきたので、箸を持っていない右手で叩き止める。
……分かってる。宏介が俺を宥めようといつもよりボケてくれてるのは。
仕方ない、宏介に免じて俺についていくら侮辱しようともキレないでおこう。だが俺以外のヤツが侮辱されたらキレてもいいよな? 俺は正義の味方を名乗るつもりはないが、誰かを侮辱されて黙っていられる程冷たくもない。
「……はっ。手作り弁当かよ。そんなクソみたいなことやってる甘ちゃんだからボロクソにやられんだよ」
……無視だ無視。俺は黙々と箸を進める。
「母親がいねえのか? さぞかし無様に、みっともなく死んだんだろうな」
ブチッ!
それを聞いた瞬間頭の中で何かが切れ、次の瞬間には立ち上がっていた。
「……お、おい! 賢人、落ち着け!」
椅子を倒して立ち上がった俺を宏介が呼び止めるが、無視する。当たり前だ。この野郎は俺の家族をバカにしやがった。
「……何だよ、やる気か? 自称正義の味方さんよぉ」
須藤はニヤニヤと笑って席を立つ。俺は歩いてそいつへと向かった。
「……だから俺は正義の味方じゃねえっつんだろ。そんなことよりもてめえ、今何つった?」
俺は殺意を込めて須藤を睨む。
「……あ? もしかしててめえの母親がクズみたいに死んだってことか?」
「っ!」
分かってて言ってやがるようだ。俺は大きく踏み込み、左拳で力任せに須藤の顔面をぶん殴った。
「……がっ!」
須藤は血の出る鼻を押さえて後退する。
「……撤回しろよ、てめえ」
俺はそんな須藤をギロリと睨みつける。
「……何をだよ」
「……母さんをクズ呼ばわりしたことに決まってんだろ!」
キレている俺は、須藤の顔面にもう一発叩き込む。
「ぐっ! ……はっ。事実を言って何が悪――がっ!」
キレている俺は、バカなことをぬかす須藤の顔面にもう一発拳を叩き込んだ。
「……撤回しろよ、てめえ。じゃねえと鼻折るだけじゃ済まさねえぞ」
俺はすでに三発も顔面を殴っているので鼻血を垂らしている須藤を殺意すら滲ませて睨む。……周囲が引いていようとも関係ねえ。母さんをバカにしやがったヤツを許せる程、俺の心は広くないんだ。
「……はっ。正義の味方が暴力振るっていいと思ってんのかよ?」
「……だから言ってんだろ? 俺は正義の味方じゃねえ。ってか元人間だったヤツらを殴ってきたヤツが今更正義の味方名乗るかよ。大体てめえはそうやって偉そうな口利くだけで何もしてねえじゃねえかよ。てめえみたいな口先だけの役立たずが母さんをバカにするんじゃねえよ。――殺すぞ」
俺の心にドス黒い感情が渦巻いていく。正義の味方と呼ばれテネスと戦っていた頃の俺とは違う。ただ目の前にいる敵を殺す。それだけを原理に動いているようだった。
「……はっ。正義の味方が人殺していいと思ってんのかよ?」
俺から殺意を正面で受けているハズの須藤はしかし、怯むことなく嘲笑った。
「……てめえもしつこいな。俺は正義の味方じゃねえっつってんだろ? いい加減分かれよ」
そんな須藤の態度にも俺の怒りは高まっていく。
「……止めなさい、賢人」
いい加減タコ殴りにしたくなってきたところで、誰かが俺を止めた。
直前まで、須藤と話していた女子、美雪だ。
「……」
俺はそれに少し驚いていた。……美雪のような誰にでも優しいヤツなら、庇うべきはやっぱり須藤の方なんだろう。だって俺が一方的に殴ってるだけだしな。それは当然だ。
だが、何だろうか。俺の家のことなんて話してないし話す必要もないので知らないのは当然だ。だがそれでも、家族をクズ呼ばわりするようなヤツを庇って欲しくはなかった。
「……何でだよ。そいつは俺の家族をバカにしやがったんだぞ?」
俺は割って入った美雪も睨みつける。
「……だからって殴ることないでしょ」
だが両手を大きく広げ須藤を庇い俺の行く手を遮る美雪はそんなことを言った。
「……」
俺は拳を解いて下げる。……あーあ。
「……そんなクズ庇うのかよ」
残念だ。
俺はそう思って呟く。すると美雪は目を見開いて、俺の左頬にビンタをしてきた。……どうやら俺が須藤のことをクズ呼ばわりして怒ったようだ。
「……」
俺はビンタを受けた左頬に触れる。……ジンジンしている。大して痛くはないんだが。
ビンタを受けた後、俺は俺の中で何かが急激に冷めていくのを感じた。
「……そうか。てめえも俺の敵か」
直前まで下の名前で呼んでいた女子に、俺は感情のない冷めた視線を向け、言った。
「っ……!」
その女子は傷付いたような顔をしていたが、俺の知ったことじゃない。
まさか、家族のバカにするような、クズ呼ばわりするようなヤツの味方をするヤツがいるとは思わなかった。世間は俺が思っていたよりも冷たいらしい。もちろん世間が冷たく厳しいことなんざ気付いていたが、クズの味方をするクズはいるものだと、今更分かった。
「……」
俺は何か急激に色々な感情が冷めてしまったので、静まっている教室で踵を返し、自分の席の引き出しから持ち帰るモノを取り出し、机の横にかけてあるスクバに入れて肩に担ぐ。
「……お、おい。どこ行くんだよ」
「……帰るんだよ。同じ空気を、吸いたくないヤツらがいる」
今日のところは、さすがに顔を合わせたくない。明日からは何とか出来るかもしれないが、今日は顔を見ただけでも苛立ちが募りそうだ。
「……んじゃ俺も」
何故か俺が教室を出ていこうとすると宏介まで帰り支度を始めた。
「……何でだよ」
「……何でって、お前の気持ちが分かるからだよ。ああ、もちろん親をバカにされた方じゃないぞ? そっちは俺には分からん。けどさ、正直言って失望したのは事実だぜ?」
宏介は重い空気を取り払うかのように軽い口調で言う。
「……クズの味方はクズ。賢人が小学生の時に言った言葉だ。当時は俺もよく分からんなかったんだけどさ、今のを見てるとホントにそう思うよ」
宏介は軽い口調で言うが、言っている内容はこの状況で俺の味方をする――つまりはクラスの大半を敵にする発言だ。
「……失望したよ。委員長が誰にでも優しいのは分かるけどさ、家族をバカにされて怒った賢人止めてビンタして、人の家族をクズ呼ばわりしたそんなクソ野郎を庇うなんてさ」
宏介はそう言って悲しそうな笑みを浮かべていた。
「「「……」」」
それに全員が絶句し、俺達二人は並んでという訳ではなかったが、教室を出ていった。
「……良かったのかよ」
俺達は校門を潜るまで無言だったが、校門を出てから俺が宏介に聞いた。
「……今更だな。ま、俺はお前の家庭事情ってヤツを知ってるからな。結構ガチで怒ってたんだ」
「……あっそ」
笑って言う宏介に対し、俺は素っ気なく答えた。……こいつは昔っからそうだ。変なところで俺の味方をする。まあそのおかげで今まで孤立してないってのもあるんだが。
「……何か素っ気なくねえか? 人がせっかく味方してやったってのによ」
「……いや。味方がショボいなぁ、と思ってよ」
俺は冗談めかして言った。……まあ、一応感謝はしてる。
「……何だよ、それ」
宏介は笑ったまま眉をへの字に曲げる。
「……何でもねえよ」
俺は少し、救われた気がした。




