朝日落ち場の正座者
なぜそこまで
己を捨てられるのか
配点(愛ゆえ
side沢木
現在、真夏の熱帯夜。外でパンツ一丁で土下座の罰を喰らっています。沢木壮です。
どうしてこうなったのか。
俺がイリヤからの電話を受けて慌てて帰るとそこには笑顔のイリヤが待ち構えていた。
イリヤの表情は笑顔のままピクリとも動かない。
イリヤの後ろで喜美が焦った表情でサインを出した。
ハヤク、ニゲロ、ヤバイ
不吉な三単語を受信した俺だが、今更逃げることはできない。
「お帰り、お兄ちゃん。遅かったねぇ。どこに行っていたのかなぁ?」
なぜならイリヤが俺の近くまでトテトテと近づいてその華奢な体躯に似合わぬ腕力で俺の腕を握ったから。
「え、ええ。実は少し……そう!腹が減ってな!ちょっと購買のところに……」
ここから、なんとしてでも生き延びなければいけない。
そんな俺の希望を砕くかのようにイリヤは俺の服の匂いを嗅ぐ。
「くっさーい。お兄ちゃん、すごく臭いよ。なぁに?この甘ったるい下品な匂い?」
「ひいっ!?」
「まさか、女の子とベッタリしてたのかなぁ?そうじゃなきゃこんなにはっきり匂いは残らないよね?」
女の子ってみんな嗅覚が鋭いのか?
なんでそんな匂いまで見抜ける……嗅ぎ抜けるんだ!?
そんなことより言い訳だ言い訳!
「実は帰ってくる途中女の子が倒れているのを見つけてな。それで放っておけなくて、その子を部屋に送ったんだが」
「お兄ちゃん、嘘はやめよ?」
「すいませんでした!」
俺は土下座した。それはもう目にも止まらぬスピードで土下座した。
イリヤの声にはそれだけの迫力が篭もっていた。
「あのねお兄ちゃん。女の子と一緒にいたことは……よくないけど、別に許さなくはないんだよ?でもね、嘘はつかれたくないんだ」
「はい」
まったくもって正論である。正論過ぎて何もいえない。
「お兄ちゃん誰にも何も言わずにどこかに行っちゃったでしょ?みんな心配したの。わかる?」
「はい」
もうどっちが年上なのかわからない。
4人はイリヤの後ろで、そんなことはない、とばかりに首を振っているがどうしたものか。
「これからもうイリヤに嘘ついちゃダメだよ?」
「はい。絶対に嘘つきません!」
「うん。わかった!」
やった!許してもらったし、イリヤとも少し近づけた!
これこそ怪我の功名だ!
「じゃあ罰としてそこで正座しててね」
「へ?」
「朝、イリヤがもういいよって言うまで」
「えーっと、イリヤさん……?」
「絶対だよ?」
「……はい」
「やってなかったら、わかるからね?」
イリヤが最後に俺を見てニッコリ笑いながらそう言った。
睨み付けられるより遥かに怖かった。
そして俺は8時間不眠正座耐久レースに挑むことになった。
イリヤの目がずっと俺を射抜いているような気がして、眠ることなんかできなかった。
次の日の朝。
「よく頑張ったね、お兄ちゃん。もういいよ」
「ありがとうございます」
ついに俺は解放された。
長い戦いだった。
ほんのわずかな出来心。
俺の腕を引いた手が小学生だったからまぁ付き合ってやるかと思った昨晩の俺を殴り倒したい。
イリヤという嫁がいながらお前は何をしていたんだ!
「もう嘘ついちゃやだよ?」
「絶対嘘つかないよ。安心しろ」
「えへへ。もう他の女と仲良くしたら嫌だよ?」
「……安心しろ」
最後に釘を刺されて、俺の長い長い夜は終わった。
side健二
壮が何か言っているがパンツ一丁なのでまったく威厳が無い。
というかみんなが恥ずかしがっているから服を着ろ。
なんで蓮里の子達は平然と隣で飯を食っているんだよ!?
壮がテントに入って服を着て出てきてホッとした。
それにしても壮の奴、なんかすごいうれしそうだな。
side喜美
兄さん。
変態だ変態だとは思っていたけど。
ついにそっちに走ってしまったのね。
半裸で夜中に正座耐久レースしてうれしそうな表情とか素敵!
我が兄ながら尊敬するレベルの変態だわ!
「兄さん、何でそんなうれしそうなの?」
思わず質問してしまった。
兄さんは朝ごはんを食べながら答える。
「だってイリヤが嫉妬してくれたってことは俺のことが好きだってことだろ?」
あんな形でも愛されればいいのね、この変態は。
「というかただの独占欲じゃない?自分のおもちゃ取られたら怒るでしょ?」
「ハッハッハ、俺はイリヤのおもちゃに昇格したのか!」
「喜美、お兄さんは正座のし過ぎで頭がおかしくなっているのよ。そっとしておきましょ」
「コーチの頭がおかしいっていつもじゃない?」
「常におかしい」
織火、沙耶、咲の言い分も正しい。我が兄ながらどうしてここまでキチガイなのか。
「そして一番怖いのが……」
何事もなかったかのように振舞うイリヤ。
この子、こんな凶悪な性格だったのね。
これからからかうときは注意しよう。
そう心に決めるのだった。
side沢木
突然喜美に頭から川に叩き込まれて目が覚めた。
「ハッ!?俺はいったい何を……」
記憶を辿るが、昨日練習が終わってからの記憶がぱったり途絶えている。
「なぁ、喜美。今日は練習2日目だよな?」
「ええ、そうよ。よかったわ。やっぱりあの正座でキチガイになってただけみたいね」
「正座?」
「いいのよ。忘れなさい。それと1つ約束しなさい。イリヤには絶対嘘をつかないこと、いいわね?」
「ハッハッハ、当たり前のことを。何を言ってるんだ当然だろ!」
喜美の頭がおかしくなったか?
まぁいい。練習だ練習。
安堵のため息をつく喜美を尻目に俺は体育館に走り出す。
特にハプニングも無く、西条は練習に合流した。
Bチームにまわされたことに文句を言いかけた西条を目で殺して納得させた。
「おらおらどうした雪ッ!そんなものかよテメェは!」
「んなわけねえだろ!うらあああああああ!!」
「やれんだったら最初から全力出せやゴルァ!」
「ぐっ……!」
「美奈!遅れてんぞ!上げろ!お前ならできる!」
「はい!」
俺は今日から練習を始める西条に集中的に怒号を飛ばす。
やはり甘い。
栄光と蓮里は昨日散々怒鳴ったので今日はいいのだが、西条が甘い。
「知美!お前が負けてどうするんだよ!お前が声出さないでどうするんだよ!エースだろうが!」
「はい!みんな!もう1本!」
「「「「おっし!」」」」
「こっちも負けてらんないわよ!」
「「「「っしゃあああああ!ッざああ来い!」」」」
知美が呼びかけて起こった声に、喜美が呼応してみんなに声を出させる。
「これがお前のやり方か、沢木」
隣に健二が立つ。
「ああ。これが優勝請け負い人、浦話のジェイソン・キッド、沢木壮のやり方だ」
side健二
弱小校をエースとして引っ張り、強化し、優勝に導いた沢木壮。
万年地区1回戦敗退常連校を2年で全国優勝まで導いた伝説的人物。
その種がこれだった。
「由梨!そこで腰をもっと落とせ!もっと!もっとだ!甘ぇよ!」
「はい!」
「舐めてんじゃねえぞコラ!」
「はい……」
由梨の目が潤む。
俺はその姿に激しく心動かされ沢木に食ってかかろうとしたが、その力強い腕で制された。
由梨は必死で腰を落としてフットワークをする。
「よし!やればできるじゃねえか由梨!」
「やれる、やれるよ」
「そうだ。自分を追い込め、もうダメだ。そう思ってからが勝負だ!そこまで追い込めよ自分を!」
「「「「「はい!」」」」」
これは、俺にはできないことだ。
少なくとも由梨にあんな言葉を吐くことはできない。
コーチとして未熟なだけかもしれないが。
叱って、怒鳴りつけてやらせるスタイルは好きではないのだ。
みんな萎縮して、バスケが好きでなくなってしまう。
それなのに、壮が怒鳴ってもみんな腐った顔をしない。
むしろより生き生きと練習している。
「よし、奈那子!いいな!おい雪、本当にそれでいいのか?」
人間関係も見抜き、それを言葉にする。
出会って僅かな時間なのに、もう見抜いている。
この男、コーチとしてもとんでもなく優秀だ。
「よし!休憩だ!」
「「「「「はい!」」」」」
休憩の宣言をして沢木はようやく腰を下ろす。
かと思ったら駆け出した。
喜美にボールをパスしてもらい、そのままボールを下に叩きつける。
浮いたボールを空中で掴み、一度足の間を通してからダンクを決めた。
レッグスルーダンク。
おぉっ!とみんながどよめく。
まったく、ガキみたいな奴だ。
実際のところ自分がやりたくてうずうずしていたのだろう。
ジャンプして1度ボードにボールを投げて跳ね返ったボールを再度空中で掴んでダンクを決めたあたりで休憩が終わった。
そのころは他のみんなも遊びの練習をしていた。
蓮里の面々は自陣からスローインでボールを投げ込んで1秒以内にシュートを決める練習をしていた。
最終局面で起こりうる状況だが、特殊すぎて中々練習では扱えないところだ。
遊びでこういうところを練習しているのか。
「よし!それじゃあダブルチームに付かれたときの練習だ」
そして壮は練習を再開する。
「おらおらどうした!」
「ぐおおおおお!?大人げねぇ!大人げねえぞこの男!」
「ふははは!大人げなんぞとっくの昔に捨てたわ!さぁパスをしてみろできるものならな!」
「フフフ、この兄妹ディフェンスを破れるかしら?」
たぶん俺でも無理だ。
誰だあんな反則的な組み合わせにした奴。
壮か。
「雪!こっち!」
それに栄光の生徒がパスを求める。
「ぐっ……クソ!?」
そちらへパスしようにも壮が容赦なくカットした。
「甘い。そんなの簡単にわかるぜオメェ。試合中ダブルチームに付かれたらどうするつもりだ?」
「うっ……じゃあどうするんだ?」
「自分で考えろ!と、言いたいところだが、さすがに無茶だな。教えてやる」
俺がそっちを見ていると、
「ちょっと西条のコーチ!どこ見てんの!」
「お願いしますよ」
「あ、ゴメンゴメン」
一緒に練習している沙耶と栄光の生徒に怒られた。
俺も集中して練習を開始する。
今は壮も俺も練習に参加している。
練習に参加するからには、集中しなければいけない。
「っしゃあ行くぞ!」
「では、今日の練習を終わりにします」
「気をつけ!礼!」
「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」
うん。なんだろうこの疲労感。
めっちゃ疲れた。
「さすがに、キツイですね……」
知美がグッタリと歩く。
いつもの凛とした知美とはまったく違っていた。
「ははは、コーチもすごく厳しかったからね」
「怖かった。蓮里はいっつもあれで練習しているんだね」
「強くなるわけだよなぁ」
俺たちがそんな話をしながらキャンプ場に帰ると、
煮えた鍋を前にして箸で殴り合っている蓮里の6人がいた。
ホント、どんだけ元気なんだこいつら。




