食事場の戦闘者
食事
それは戦い
配点
蓮里バスケ部は練習がキツイ。
どれくらいキツイかと言うと練習が終わった後にみんなが倒れて動かないので先生が慌てて救急車を呼ぶレベルである。
ダッシュ、フットワークがキツイ。とにかくキツイ。
練習時間も長く、それを高い集中力で続けるため精神的にもキツイ。
そんなキツイメニューを終えた後にみんながどこに向かうのかと言うと、俺の家だ。
俺の親父はマッスルなお方である。体格がマッスルなら職業もマッスルだ。そんなマッスルな人の家には当然マッスルな器具が置いてある。
早い話がウェイトトレーニングの器具が置いてある。
俺や喜美なんかは小学生のころからガチャガチャやっている。
時々小学生の時にウェイトやると背が伸びないとか考える奴もいるが、それはリフトアップ。それも相当な強度でやった場合に限られる。
何ならウェイトはやったほうがいい。
怪我をしにくくなるし、体の調子も整えられる。
それに小学生の頃はマッスルにはならないので女子もできる。
というわけで2日に1日は練習が終わった後にみんなで俺達の家に来て、ガチャガチャトレーニングした後に飯を食うというのが定番になっていた。
親父は体もマッスルなら心もマッスルだ。
がははと笑って5人分の食事を追加することに何も言わないどころか一緒に遊んでやる始末。
母さんも喜んで作って世話を焼き、完全なカーチャンとなっていた。
「だああああ!」
「ぜぇ・・・・・・ぜぇ・・・・・・」
「筋肉!筋肉!」
「筋肉が唸る!私の筋肉が吠える!」
「筋肉が通りまーす!白線の内側でお待ちくださーい」
「筋☆肉大統領!」
この発言、誰が誰なのかは想像にお任せする。
「あー、死ぬ」
沙耶がぶっ倒れて言う。
「まだ倒れるな。これ飲め」
俺は沙耶に親父のマッスルドリンクを投げ渡す。
ゴクゴクと飲んで、吐いた。
「マズッ!いつも通りだけどマズッ!」
沙耶が泣きながら飲む。
「マズイ!一口啜れば死ぬほどマズイ!二口啜れば地獄が見える!これが地獄マッズルドリンクですか!」
織火がノリノリで叫ぶ。その織火に無理矢理飲ませたら白目を剥いて倒れた。
三口以上飲ませたらどうなるんだろ?
喜美は平然と飲んでいるが足がプルプル震えている。
「フフフ、ちょっとトイレ」
そして微笑んで、凄まじい表情でトイレに走って行った。
「なんでみんなマズイって言うんだろ?」
「ホントに」
イリヤと咲はゴクゴク飲んでいる。化け物か?
かく言う俺は慣れたものでゲーゲー吐きながら飲み干す。
「あー、ダメダメ。口直ししないと死ぬわ」
喜美がトイレから帰ってきてそう言った。
「すみません。いつもいつも」
「ああ、いんだよ別に。アタシだって賑やかなのは大歓迎だからね」
「そうだぞ。小学生ながら日本1を目指すその心意気は立派だ。精進しろよ。ほら、食え食え」
「いや、喜美とお兄さんのお父さん。私もうこれ以上は・・・・・・うえっぷ」
から揚げ口に突っ込まれて苦しそうにする織火。
「フフフ、甘いわよ」
と、喜美が俺の皿からサラダのトマトだけを掠め取る。
この野郎!トマトなしでから揚げ10個とか無理に決まってんだろ!
こういう時はどうするか。
「取り!」
隣の咲から奪うのです。
「フン」
咲は隣の沙耶から。
「やったわね?」
と沙耶は咲に仕掛けるフェイントを見せてイリヤのトマトを奪う。
「あー!私のトマト!」
イリヤが怒って喜美に仕掛けるも腕で上手く防がれる。
しかしそこは蓮里のポイントゲッター。右に押して、喜美が右に力を加えたその一瞬を読んで腕を捻り左からトマトを強襲する。
「ッ!」
喜美はイリヤのフォークに刺さったそのトマトを横から撃ち抜くようにフォークを突き通した。
イリヤが素早く手の中でフォークを回して、喜美のフォークをトマトから外した。
そしてフォークを持つ腕を急加速させ、急停止させる。
慣性の力により吹っ飛んだトマトは更なる追撃をかけた喜美のフォークを逃れイリヤの口の中に飛び込んだ。
「うーん、おいしい!」
喜美はそれを悔しそうな顔をして・・・・・・
「させるか!」
「チッ!」
ノールックで逆手に持ったフォークをこちらに飛ばしてきた。寸前フォークで弾く。返すようにこちらは喜美のトマトを狙う。
その時、視界の端で咲が動くのが見えた。こちらを狙っている!
俺は喜美への攻撃を中止し、自分の皿の上のトマトを弾いてトマトがあったところにから揚げを配置する。
「しまった!」
沢木家の決まり。箸は触れたら、フォークは突き刺したら食べなければいけない。
食べなかったら親父の筋肉バスターが炸裂する。
咲がから揚げを恨めしそうな目で見て食べる。
今のが、変え、という技だ。
沢木家で食事をするなら是非身につけたい技術。
相手の獲物をずらしてそこにトラップを設置する。
どこまで相手を引き付けられるかに勝負がかかってくる。
沢木家の決まり。
食べている間は襲ってはいけない。
それはつまり、食べていなければ襲っていいということになる。
「そこっ!」
沙耶がこちらに腕を伸ばす。甘いな。
手の平で皿を覆うように隠す。
沙耶はそれを見て瞬間進路を変えた。
上から突き刺すのではなく、横で撃ち抜く。
つまり、俺の計画通り。
「な!嘘でしょ!?」
沙耶が突き刺したのはから揚げ。
囲い、という技と、変え、を同時に使った技。
囲いはその名の通り手の平で皿を覆うだけの防御技だが、変えと併用して使えば攻撃に転用できる。
囲いの中で変えをする。相手はそれを読みきらなければいけない。相手はどこに変えたのか。そもそも変えを使ったのか。
それを僅かな時間で判断しなければいけない。
「うぅ・・・・・・」
沙耶がから揚げを食べる。
よし、自分の皿のから揚げは残り8個。
必要なトマトは2個だ。
この戦いではいつもの愛情は断ち切らなければいけない。
咲と沙耶は態勢を立て直すために時間をかけてから揚げを食べながら皿の上の配置を変えている。
襲えるのは喜美、イリヤ、織火だ。
喜美は論外。
沢木家で何年食事をしてきたと思っているのだ。
勝てることが多いけれど、喜美はたまに凶悪なトラップを仕掛けて来る。
喜美はから揚げ残り3個だがイリヤのせいでトマトがない。イリヤはトマトが1個。ここで使ってしまうか。
それともトマトをエサにして誘うか。
俺は誘いに乗る。
「っと!」
イリヤは俺のフォークをフォークで弾く。そして右手で囲い。親指が動く。変えを行った。
さぁ、どこだ?トマトはどこにある?
その時、織火がイリヤに攻撃を仕掛けてきた。それとまったく同時に喜美が思い切り身を乗り出して織火を襲う。
そんなに離れているのになぜ織火が出た瞬間にトマトを突き刺しているんだコイツは・・・・・・!
しかしこれで喜美はトマト1個を使ってから揚げを完食した。
咲と沙耶は諦めたようで黙々と食っている。
ならば後はイリヤと織火しかいない。
俺はイリヤへの攻撃を続行する。
囲いはまだとかれていない。
イリヤはトマトを取られるわけにはいかないのだ。
ならば攻撃あるのみ。
俺は横からと見せかけて上から、というフェイントを決めてぎりぎりのところを、イリヤの綺麗な手を傷つけないぎりぎりのところを狙ってフォークをイリヤの手と皿の間に差し込んだ。
先ほどの変え、イリヤならどう配置する?
イリヤは普段は素直な子だが、こういう勝負の時になると驚くほど心理戦に長ける。
しかしこちらは16年程度経験しているのだ。
俺のほうが上だ。
さっきの変え、確か親指を動かしていた。
何か突っかかるような動きをしていたはずだ。
ならば変えでトマトを親指とは反対方向にころがした?
いや、ちょっと待て。そんなに単純か?
確かに親指は突っかかるような動きだ。しかしそれだけで断定はできない。
変えていない。イリヤはトマトの場所を変えていない。
先ほどの変えは俺がイリヤを観察していたのを見越してのフェイクだ。
ならば、トマトはそこにある!
「取った!」
俺はイリヤが親指で抑えていたトマトを突き刺し、取った。
皿にトマトを落とすともうここにしかチャンスの無い織火が襲ってきた。
トマトは残り1つ。なら、なんで俺がトマトを残したか。
囲いからの変え。トマトをから揚げの中にまぎれさせる。
織火は瞬時に判断して手のひらの下にフォークを突き刺してくる。
俺の親指の位置。
残念だったな、そこには前俺が喜美にやられた極悪トラップが仕掛けてあるのだ。
「嘘……でしょ?」
織火のフォークはから揚げ2個を突き刺していた。
喜美が最初に開発した超絶技巧、二重、だ。
上手く相手のフォークのコースを読んでから揚げを2個取ってしまうような配置にする。
「はーはっはっはっは!」
会心の大技を決めて大満足の俺はトマトの力を借りてから揚げを食べた。
これが、沢木家の普段の食事風景。
過酷だけどとてもバカらしくて楽しい食事なのだ。




