第9章 視線
《灯火の輪》本部へ戻った頃には、外はすっかり夕方になっていた。
王都中心部にあるクラン本部は、昼夜を問わず人が多い。
探索帰りの探索者。
依頼確認をする者。
素材を運び込む者。
騒がしく、それでいて活気がある。
その入口へ、《蒼天の軌跡》が戻ってくる。
当然、周囲の視線が集まった。
そして。
その中に、見慣れない少女が混ざっていることにも。
「あれ誰だ?」
「蒼天の軌跡と一緒だぞ」
「新人?」
ひそひそ声。
リオは思わず顔をしかめた。
視線が多い。
落ち着かない。
以前の自分なら、誰も見向きもしなかったのに。
ミアはそんなこと気にもしていない。
「リオちゃん、こっちこっち!」
「ちゃん付けやめろ……」
「まだ言ってる」
レオルが笑う。
受付にいた職員達も、明らかに気になっている様子だった。
《蒼天の軌跡》が新人を連れて帰ってきた。
そう見えているのだろう。
そのうちの一人、探索者慣れしている受付のラティーシャが、おそるおそるセレナへ尋ねる。
「あの……そちらの方は?」
セレナは自然に答えた。
「リオです」
「リオ?」
ラティーシャが首を傾げる。
「最近加入した新人ですか?」
リオは思わず眉をひそめた。
「……いや」
「前から所属してる」
「え?」
空気が少し止まる。
ラティーシャが慌てて名簿を確認し始めた。
「リオ……リオ……」
ぱらぱらと書類をめくる。
そして。
「えっと……」
「名簿では確かに、リオさんはD級探索者として所属していますが……」
ラティーシャが困惑したように顔を上げる。
「男性のはずですけど……」
リオは反射的に視線を逸らした。
その時だった。
「……お前、何やってんだ?」
聞き覚えのある声。
リオが振り向く。
そこには、呆れた顔をしたクラウスが立っていた。
リオは一瞬固まる。
「クラウス……」
クラウスはリオを見て、それから《蒼天の軌跡》を見た。
もう一度リオを見る。
数秒黙ったあと。
「お前、いつ蒼天の軌跡に加入した?」
「加入してない!!」
即答だった。
周囲が少し笑う。
クラウスは頭を抱えた。
「いや、だって普通そう思うだろ……」
「なんでお前が蒼天の軌跡と一緒にいるんだよ」
「たまたまだ!」
「絶対たまたまじゃないだろ」
レオルが吹き出す。
「知り合いだったのか?」
「まあな」
クラウスが苦笑した。
「昔から同じクランだよ」
「へぇ……」
ミアが興味津々でクラウスを見る。
「リオちゃん、前から強かったの?」
クラウスは少し困ったように頭を掻いた。
「いや……」
「蒼天の軌跡から“強い”って言われるほどじゃなかった筈だ」
「真面目ではあったけどな」
リオは少し黙った。
それは、確かにそうだった。
強くなかったから。
無理ができなかった。
だから、生き残ることだけを考えていた。
クラウスは改めてリオを見る。
「でも、なんか雰囲気変わったよな」
「……そうか?」
「いや、前よりずっと自信ある感じになってる」
リオは少し視線を逸らした。
自信なんてない。
ただ。
以前より身体が動く。
戦える。
それだけだ。
セレナが静かに口を開く。
「クラウス」
「ん?」
「リオは以前から身体強化を?」
「いや、使ってるところなんて見たことないな」
クラウスは即答した。
「そもそも、そんな余裕あるタイプじゃなかったし」
「やっぱり……」
セレナが小さく呟く。
ミアが不思議そうに首を傾げた。
「リオちゃん、本当に魔法知らなかったんだ……」
「だから知らないって言ってるだろ」
「でもあの魔力量でそれ普通ありえないからね!?」
リオは眉をしかめた。
またその話か。
異常。
おかしい。
最近そればかりだ。
クラウスはそんなやり取りを見ながら、深くため息をついた。
「……お前、可愛くなっただけじゃなかったんだな」
「だから可愛いって言うな」
「そこじゃねぇよ」
クラウスは呆れたように笑う。
「なんか、一気に別世界行った感じだ」
その言葉に、リオは少しだけ黙り込んだ。
別世界。
それは、確かにそうかもしれない。
前の自分では、絶対に届かなかった場所。
絶対に交わらなかった相手。
今、自分はそこに立っている。
でも。
「……俺の力じゃない」
小さく呟く。
誰にも聞こえないくらい小さな声だった。
だが。
セレナだけは、静かにその横顔を見ていた。
探索者で統一していたつもりが、冒険者になっていたところがあったので直しました。すみません。




