第3.5話(番外編)-いないという異常
セレスティアの姿が見えなくなったのは、午後のことであった。
最初に異変に気づいたのは侍女だった。
いつもの時間になっても、部屋に戻らない。
「……お嬢様?」
ノックをしても返事はない。
静かに扉を開けると、そこには整えられた空間が広がっていた。
ベッドも、机も、何一つ乱れていない。
まるで、最初から誰もいなかったかのように。
やがて報告はすぐに屋敷中へ広がった。
庭園、廊下、応接室。
考えられる限りの場所を、使用人たちが探し回る。
「庭園の奥も確認しましたが……お姿は」
「門の出入りは?」
「本日は一度も開いておりません」
焦りが、空気に滲む。
あり得ないのだ。
あのセレスティアが、誰にも告げずに姿を消すなど。
命じられたことを違えたことは、一度もない。
時間を乱したことも、なかった。
だからこそ異常だった。
やがて、その報告は当主のもとへ届く。
「……いない?」
クラウディウスは書類から目を上げた。
その声音に、大きな動揺はない。
「はい。屋敷内、庭園ともに確認いたしましたが……」
執事は言葉を選びながら続ける。
「お嬢様の所在が、掴めておりません」
短い沈黙。
窓の外では、何事もなかったかのように風が庭を揺らしている。
「……捜索を続けろ」
それだけだった。
怒りも、取り乱しもない。ただ、淡々とした指示。
「はっ」
執事は一礼し、すぐに部屋を後にする。
扉が閉じられた後も、クラウディウスはしばらく動かなかった。
やがて、ゆっくりと椅子に背を預ける。
「消えた、か」
その呟きは、誰にも聞かれない。
机の上に置かれた書類に、再び視線を落とす。
本来であれば、そこには彼女の名が記される予定だった。
近く控えた、ある取り決めのために。
有用で、美しく、完璧な娘。
だからこそ価値があった。
……だが
「……面倒だな」
ぽつりと零れたのは、それだけだった。
探さねばならない。
“失った”ままでは困るから。
ただそれだけの理由で。
屋敷の中は、なおも慌ただしさを増していく。
誰もが焦り、誰もが不安を抱えている。
それでも、その中心にいるはずの少女がそこにいないという事実だけが妙に静かに、重く、屋敷全体を覆っていた。




