第1話-完璧な令嬢
セレスティア・ルクレツィア・ヴァルモンは、誰もが認める“理想の令嬢”だった。
白銀の髪はゆるやかな波を描いて背に流れ、伏せられた睫毛の奥には、空のように淡い青と、温かな琥珀の光を宿す双眸が静かに揺れている。
その姿はあまりに整いすぎていて、まるで精巧に作られた人形のようだと、誰かが囁いたことがあった。
けれど彼女は、確かに生きている。
少なくとも、そう振る舞っていた。
なぜならセレスティアは、自分が長く生きられないことを知っているから。
この心臓が、少しずつ結晶へと変わっているからだ。
「本日の魔力測定の結果でございます」
静まり返った広間に、淡々とした声が落ちる。
セレスティアは姿勢を崩さぬまま、報告に耳を傾けていた。
「先月比で一割の増加が確認されました。極めて優秀な推移です」
「……そうか」
低く、感情の読めない声が返る。
玉座にも似た椅子に腰掛ける男、クラウディウス・ヴァルモン侯爵は書類から視線を上げることなく言った。
「引き続き、制御の訓練を怠るな」
「かしこまりました、お父様」
セレスティアは静かに頭を下げる。
完璧な角度で。
完璧な所作で。
完璧な“娘”として。
「体調の方は問題ないか」
そう問われ、彼女は一瞬だけ言葉を選んだ。
「……はい。支障はございません」
これは嘘ではない。
ただ、正確でもなかった。
胸の奥に、微かな違和感がある。
鼓動の一つ一つが、どこか硬質な響きを帯びているような……そんな感覚。
けれどそれを口にする理由はない。
心配をかけることは、望ましくない。
役に立てなくなることは、もっと望ましくない。
「そうか」
クラウディウスは短く頷いた。
それだけだった。
労わりの言葉も、関心の色もない。
ただ、確認が済んだという事実だけがそこにある。
セレスティアは再び頭を下げると、静かにその場を辞した。
廊下に出ると、張り詰めていた空気がわずかに緩む。
それでも彼女の足取りは乱れない。
背筋は真っ直ぐに、歩幅は一定に。
誰に見られても恥じることのない姿で、彼女は歩き続ける。
それが、セレスティア・ヴァルモンだから。
ふと、窓から差し込む光に目を細めた。
庭園が見える。
整えられた花々、均衡の取れた配置。
すべてが美しく、すべてが管理されている。
この屋敷と同じように。
その光景を眺めていると、不意に胸の奥がかすかに疼いた。懐かしいような、温かな感覚。
——誰かに抱き上げられている。
そんな、断片的な記憶。
柔らかな腕。
優しい声。
言葉は聞き取れないのに、確かに自分に向けられていると分かるぬくもり。
気づけば、セレスティアはわずかに目を伏せていた。
(……私は)
その続きを、思考は拒む。
代わりに、彼女はゆっくりと息を吐いた。
不要なことは考えない。
それが、正しい在り方だ。
自分にできることをする。
求められる役割を果たす。
それだけでいい。
それだけで……
「お嬢様」
声に振り返ると、侍女が一礼していた。
「次のご予定のお時間でございます」
「ええ、すぐに参ります」
セレスティアは微笑んだ。
柔らかく、穏やかで、非の打ち所のない笑み。
誰もが安心する、理想的な表情。
その裏にあるものに、気づく者は誰もいない。
彼女自身でさえも。
胸の奥で、微かな違和感がまた一つ、静かに響いた。
それが何を意味するのかを、彼女はまだ知らない。
ただ、その鼓動が確実に“何か”へと変わり始めていることだけは、確かだった。




