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「私、最近読んだ小説がありまして、題名は『さぁ、喋ってみよう』っていうものなのですけれど、ご存知ですか?」
私がそう言った瞬間、キースの隣に立っていた従者が吹き出した。
キースはまさかそんなことを言われると思っていなかったのか、目を見開く。ようやく私の言葉に反応してくれた。
そんな本など存在しない。今私が作り出した架空の本だ。
「何が言いたい?」
ついに王子が口を開いた! 王子が喋ったよ!
心の中のリトルニコルが喜びの舞を踊る。キースの声は透き通っていて耳心地が良かった。……もちろん、内容は別。
「折角婚約者になったので、もう少し話していただかないと……」
私は正直にそう言った。
キースは私を睨む……が、別に怖くはない。嫌悪や怒りは瞳からは一切感じられなかった。
「あの……」
私がもう一度口を開くと、キースは被せるように声を発した。
「好きなスイーツは美味いスイーツだ」
……おお、なにその返答。
王子様基準スイーツってこと? また随分とハードル高そう。
どうしよう。会話が弾まない。私、結構誰とでも会話は続けられる自信があったのだけれど、その自信も今日で失ったわ。
「私との婚約、嫌でしたか?」
私がそう言った瞬間、部屋が急激に寒くなり始めた。バリンッと花瓶が割れた。絵画が飾られている額がぐらぐらと揺れる。
その勢いに私は「わぁ」と間抜けな声を出してしまう。もっと可愛く「キャ」と言えたらいいものの……。
「殿下、落ち着いて下さい」
従者はニコニコしたまま、キースにそう言う。
私はその時『キース王子には魔王の血が流れている』という噂を思い出した。歴代王の中に一度、魔王がいたことがある。
彼が君臨したこの時代は暗黒の時代と呼ばれている。……歴史書にそう載っていた。詳細は書いていなかったから、実際のところはどうか分からない。
そして、その魔王は国民からの反乱により討伐された。魔王と人間の王妃との間には子がいて、その子はアルドニア王国の次期王となった。……人間の心を持っていたから、安泰な国を治めることができたようだ。
その血がもちろんキースにも流れているのだろう。
キース王子のことを気味悪く思う者もいる。というか、割合としてはそっちの方が多いと思う。
魔王から次の国王たちは、みんな人間離れした美貌だし……。私たち純人間よりも寿命は遥かに長いし……。
ただ、王族だから誰も何も言わないだけ。首をちょん切られたくないからね。
私は冷気に包まれ、ガタガタと揺れる部屋でキース王子をじっと見つめていた。彼の青く透明感のある瞳に私が映る。
「力を抑えてください。レディが怖が………ってませんね」
急に従者も私の方を冷静に見る。
「私は王子と婚約できて幸せですよ」
私は適当にそう言った。……本当に適当にそう言っただけだった。
そう言葉を放った瞬間、部屋は一気に落ち着いた。温度は元に戻り、部屋の揺れもなくなった。
気まずい空気を打破したくて、言った言葉が意外と効力を持っていたようだ。
 




