「きゅうりおじさん」
昔、僕の家は八百屋を営んでいた。
当時、町には八百屋が少なかったこともあり、店先にはいつも人だかりができていた。
そんなある日、ひとりの老人がやってきた。
服には泥がついており、靴は今にも底が剥がれそうなほどにすり減っていた。
老人には家族がいないらしく、いつもひとりだった。
そして彼は毎日、必ずきゅうりだけを買っていった。
同じ服、同じ歩き方、同じようにボロボロの財布からお金を取り出し、
そして同じように、ただきゅうりを買って帰っていく。
気づけば彼は、町の人々から「きゅうりおじさん」と呼ばれるようになっていた。
本人はそのあだ名を気にすることもなく、淡々と通っていた。
しかし、ある日を境に、きゅうりおじさんは店に来なくなった。
近所の人の話によると、脳卒中で倒れ、病院に運ばれたという。
僕たちも急いで病院に向かったが、すでに彼はこの世を去っていた。
それから、何十年も経った。
ある日、親族の墓参りをしていたとき、ふと隣の墓を見ると、そこには一本のきゅうりが供えられていた。
風に揺れるそのきゅうりを見て、僕は思った。
もしかしたら、きゅうりおじさんにも、家族がいたのかもしれない。
あるいは、誰かが、彼を覚えていたのかもしれない。