05:喧騒のデスパレート ~商人の最期~
ギルバート、フェリクス、そしてセオドア。王太子アレクシスの親友であり、未来の側近候補であった者たちが、立て続けに不可解な死を遂げた。
どれだけ念入りに調べても、彼らの死は偶然の連続によるものとしか判断できない。だが見る者が見れば、ことに王家の中枢に近しい者ならば、何が起こっているのかを想像することができる。
事実、国王と王妃はこの事態を正確に把握していた。そして、我が子にして王太子であるアレクシスに対して今後どう対応をすべきか、想定して動き始めている。
王国を統べる立場の者として、我が子の愚かしい行動に失望し、同時にどこで育て方を間違えたのかと苦悩する。だがそれもわずかな時間。国を統べる長として判断と決定に時間をかけることはよろしいことではない。彼らはアレクシスの両親としてではなく、この国の国王と王妃として、王太子たる我が子の行動を監視し続けている。
もちろんアレクシスは、両親のそんな思惑や態度に気付いていない。周囲の様子や抱かれる評価に気を配る余裕はなく、ただ自分たちを襲う死の呪いに、ただただ恐慌するばかりだった。
いや、それは正確ではないかもしれない。
自分は他に代えがたい、この国の王太子である。そんな自意識が彼にはある。それゆえに、まさか自分が死を招く呪いなどというものに遭うはずがないと、どこかで楽観視しているところがあった。
自分にはべる親友たちが、既に三人も命を落としているにも関わらず。
この状況に至っても、まだ。
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王太子の私室には、今やアレクシスとルーカス、そしてリリアナの三人しかいない。かつて親友たちが集っていた部屋は、がらんとして寒々しく、三つの空席がまるで墓標のように彼らの目に映った。
皮肉にも、セオドアの死によってようやく、アレクシスは呪いの存在を自覚した。王太子教育の中で見聞きした情報は、ものではない。そんなものがあるのか、という程度の認識しかなかった。だがこの一連の事件によって、一足飛びに、自分を襲う呪いが王国全体を巻き込むほど規模の大きなものだという事実と、その本質を突きつけられている。
「読んだ……」
アレクシスの声は、ひどくかすれていた。彼の目の前には、セオドアが命と引き換えに持ち帰った書物が開かれている。
黒い革張りの古文書『血盟の天秤』。
リリアナが震える手でそれを届け、三人は夜を徹して、そこに記された恐るべき真実を解読したのだ。
呪いとは、いったい何なのか。
それは王族による身勝手な婚姻破棄は「国家への反逆」とみなし、関係者すべてに死の運命を与えるというもの。エルグランド王国が建国された時代までさかのぼる、国の未来と安寧を願った強すぎる想いの結晶であった。
発動条件。確実に死ぬまで襲う脅威。そして、回避不可能な運命の修正力。
それらすべてが、古文書には記されていた。
この呪いに抗うことはできない。
どれほど知恵を絞り、予知された未来を回避しようと試みても、運命は嘲笑うかのように別の筋書きを用意し、必ず「死」という結末へと収束させるのだと。
「じゃあ……次は、俺か……」
ルーカスの顔は、土気色を通り越し、青白くさえあった。いつも陽気に場を和ませていた彼の面影はどこにもない。そこにいるのは、死の順番を待つ、怯えたひとりの男だった。
「そんなことはさせない」
アレクシスが、力強く言った。
「ルーカス、君は死なせない。絶対に」
「どうやってだよ、殿下! あの本にも書いてあったじゃねえか、抵抗すればするほどもっとひでえ死に方をするって! セオドアだって、あれだけ頭がキレるあいつだって、結局は……!」
ルーカスは、頭を抱えて床にうずくまる。もはや彼の精神は限界に達していた。ギルバート、フェリクス、セオドア。三人の親友が、あまりに無残な死を遂げているのだ。次は自分の番。その事実が、彼の心を内側から食い潰そうとしていた。
「方法は、ある」
アレクシスは、ルーカスの肩を掴んで無理やり顔を上げさせた。
「この呪いを止める方法が、ひとつだけ。俺が、計画を破棄し、イザベラとの婚約を受け入れることだ」
「……!」
「だが、それをすれば、リリアナは……」
アレクシスの視線が、部屋の隅で小さくなっているリリアナに向けられる。
リリアナは、顔を上げた。彼女の瞳は、泣き腫らして赤く、しかし、そこには確かな意志の光が宿っていた。
「殿下。もう、いいのです」
彼女の声は、か細く、しかし凛としていた。
「もう、誰も死んでほしくありません。あなた様や、ルーカス様が生きていてくださるのなら、私は……」
彼女は、それ以上、言葉を続けられなかった。
「リリアナ……」
アレクシスの胸が、張り裂けそうに痛んだ。愛する女の幸福を願って始めた計画が、その彼女自身に、これほどの苦しみと悲しみを強いている。
自らの行動が招き寄せた、容赦ない死の運命。
アレクシスはこの上ない絶望と後悔を感じている。
だが言い換えるならば、彼の認識はまだその程度のものであった。
―・―・―・―・―・―・―・―
その夜。
リリアナは、もはや眠ることを拒んだ。次に見てしまう夢がルーカスの死の宣告であることを、彼女は分かっていたからだ。しかし、疲労と心労が限界に達した彼女の意識は、無情にも闇へと沈んでいく。
そして、彼女は見た。
舞台は、王都で最も活気のある、中央市場。
人々が行き交い、怒声と笑い声が飛び交う、生命力に満ちた場所。
その喧騒の真ん中で、ルーカスが何かに追われるように、人混みをかき分けて逃げていた。彼の顔には焦りと恐怖が張り付いている。
その時、一台の荷馬車が市場の通りを暴走し始めた。馬がいななき、人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。
荷台には、黒々とした鉄製品が、山のように積まれている。それは新しく建設される貴族の屋敷の、装飾用の鉄製フェンスだった。槍のように尖った先端が不気味にきらめいている。
ルーカスは暴走する荷馬車に気づき、慌てて近くの路地裏へ逃げ込もうとする。
しかし、荷馬車は、石畳の段差に乗り上げて大きく傾いた。
その瞬間、荷台を固定していたロープが、ぷつり、と切れる。
そして、山積みになっていた鉄製フェンスが、まるで巨大なダーツの矢のように、一斉に滑り落ちた。
その行き着く先は、まさに、ルーカスが逃げ込もうとしていた、路地裏の入口。
彼の短い悲鳴が、市場の喧騒に飲み込まれていく――。
「はっ、は、あぁ、あ、ああああああああ――っ!」
リリアナは、ベッドの上で飛び起きた。
まただ。見てしまった。
ルーカス様の、最期。
市場で。荷馬車に。鉄のフェンスに。
彼女は、震える手で顔を覆った。もう、たくさんだった。これ以上、仲間たちの無残な死を見せつけられるのは、耐えられない。
しかし、彼女は立ち上がった。
知らせなければ。
絶望的な結末を知っていても、それでも、知らせなければならない。それが、生き残ってしまった自分の、最低限の責務だと、彼女は思った。
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「市場で……荷馬車が暴走して……鉄のフェンスに……」
リリアナからの報告を聞き、ルーカスはガタガタと震えが止まらなくなった。彼の脳裏に、彼女が見たという夢の光景が浮かび上がる。それはまるで自分が体験したかのような、非常に鮮明なものだった。
「市場……市場に行かなければいいんだな……? そうだ、外に出なければ……! 部屋に閉じこもっていれば、荷馬車も鉄のフェンスも、俺を殺しには来れない!」
ルーカスはもはや錯乱寸前だった。その様子は見るからに尋常ではないと分かる。彼の思考は、完全に恐怖に支配されていた。
「そうだ、それがいい」
恐怖に駆られたルーカスが叫ぶ、自分を守るための術。しかしそれは順当に思える者である。アレクシスもその案に同意する。
「ルーカス。君は王宮の、一番安全な一室に籠っていろ。窓も扉も固く閉ざし、誰とも会うな。食事も、俺が信頼できる者だけに運ばせる。危険なものは、すべて排除する。そうすれば、呪いも手出しはできまい」
それは、藁にもすがるような希望的観測だった。
セオドアの例がある。どれだけ危険を排除しても、運命は新たな筋書きを用意する。分かってはいても、そう信じるしか、彼らには道がなかった。
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その日から、ルーカスの監禁生活が始まった。
王宮の奥深くにある、窓がひとつしかない、石造りの頑丈な部屋。窓には鉄格子がはめられ、扉には外から幾重にも閂が掛けられた。部屋の中には、ベッドとテーブル、椅子以外、何もない。鋭利なもの、燃えやすいもの、重いもの、すべてが徹底的に排除された。
「これで、大丈夫だ。俺はここにいる。市場にはいない。荷馬車も来ない。鉄のフェンスもない。そうだ、安全だ。絶対に安全なんだ……」
ルーカスは、部屋の隅で膝を抱えながらブツブツと呟く。彼はそう自分に言い聞かせることで、かろうじて正気を保っていた。
だが、時間は彼の味方ではなかった。
一日、また一日と、閉ざされた部屋の中で過ごすうちに、彼の精神はゆっくりと、しかし確実に蝕まれていった。
静寂が、怖い。
時折、遠くから聞こえてくる人々の声や、馬のいななきが、彼を苛んだ。そのすべてが、市場の喧騒を思い出させ、リリアナの予知夢をフラッシュバックさせた。
(本当に、ここにいて安全なのか?)
疑念が、毒蛇のように鎌首をもたげる。
(セオドアだって、安全なはずの書庫で死んだ。運命は、どんな手を使ってでも、俺を殺しに来るんじゃないのか? この壁が、突然崩れてきたり……天井が、落ちてきたりするんじゃないのか……?)
妄想が、彼の脳内で現実味を帯びていく。壁の染みが人の顔に見え、風の音が死者の呻き声に聞こえた。彼は眠ることもできず、ただ部屋の隅で、見えない敵の襲来に怯え続けた。
彼の瞳から正気の光がほとんど消え失せた、ある日の朝。
ルーカスの精神は、ついに限界を超えた。
「だめだ……だめだ……ここにいたら、殺される……!」
彼はガバッと、顔を上げる。その瞳には狂気の色が浮かんでいた。
「そうだ、逆だ……! 逆なんだよ!」
彼は、何かを悟ったかのように、興奮した様子で立ち上がる。
「閉じこもっているから、狙われるんだ! ピンポイントで、殺しに来るんだ! だったら……!」
彼の頭に、ひとつの考えが閃いた。
それは恐怖が生み出した、あまりに短絡的で、致命的な結論。
「人混みだ……! そうだ、大勢の人間の中に紛れ込んでしまえばいい! 市場の、あの喧騒の中へ! あれだけの人間がいれば、死の運命だって、どれが俺だか見失うはずだ! そうに決まってる!」
完全な錯乱だった。死の舞台であるはずの市場こそが唯一の安全地帯だと、彼は本気で信じ込んでしまったのだ。
「出してくれ! ここから出してくれーっ!」
彼は、扉を内側から叩き、狂ったように叫び始めた。
外で見張りをしていた衛兵は、そのただならぬ様子に驚き、慌ててアレクシスの元へ報告に走った。
しかし、その僅かな時間差が、ルーカスの運命を決定づけた。
彼は部屋に唯一残されていた頑丈な木製の椅子を掴むと、それを何度も何度も、扉の蝶番に叩きつけた。火事場の馬鹿力か、恐怖が生んだ狂気か、金属製の蝶番が、少しずつ歪んでいく。
そして、ついに。
バキン! という音と共に、蝶番が破壊され、扉が内側へと倒れ込んだ。
自由になったルーカスは、衛兵たちの制止も聞かずに王宮を飛び出す。そして一直線に、王都の中央市場へ向かって走り出した。
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運命の舞台である中央市場。ここでは今日も普段と変わらぬ日常が繰り広げられている。肉屋の威勢のいい声、パン屋から漂う香ばしい匂い、野菜売りの女たちのおしゃべり。人々はそれぞれの生活のために、行き交い、笑い合っていた。
その生命力に満ちた喧騒が、これから始まる惨劇のカモフラージュとなる。
最初のきっかけは、広場の隅で始まった、ささやかな大道芸だった。
ひとりの旅芸人が、松明に向けて口に含んだ油を吹き出し、炎を吐き出す芸を披露していた。子供たちが歓声を上げながらそれを取り囲んでいる。
芸人は、最後に一際大きな炎を吐き出そうと、大きく息を吸い込んだ。
その瞬間、彼の背後を通りかかった、パン売りの少年が、籠から焼きたてのパンをひとつ、落としてしまった。慌ててそれを拾おうとした少年が、芸人の背中に、ドン、とぶつかった。
「おわっ!?」
芸人はバランスを崩し、口に含んでいた油をあらぬ方向へ吹き出してしまう。
その先には、市場の警備をしていた、ひとりの衛兵がいた。
吹き出された油混じりの炎の先端が、衛兵が乗る馬の顔をわずかにかすめた。
「ヒヒーンッ!」
熱さと驚きでパニックを起こした馬は、大きく前脚を上げていななく。そのまま制御を失って、後退りを始めた。
衛兵は必死に手綱を引く。だが興奮した馬は言うことを聞かない。
そして、馬の尻が、すぐ隣にあった果物売りの屋台に激突した。
ガッシャーン!
屋台は派手にひっくり返り、色とりどりの果物が、まるで宝石のように、石畳の上へと散乱した。特に、つやつやと赤く輝くリンゴが、コロコロと、あちこちへと転がっていく。
誰もが、そのちょっとした騒ぎに注目し、笑い声を上げた。
誰もこれが、死の連鎖の始まりだとは気づかない。
リンゴのひとつが、コロコロと、別の通りまで転がっていった。
そこでは一台の荷馬車が荷下ろしの順番を待って停車していた。御者は近くの酒場で一杯ひっかけており、馬は手綱を杭に繋がれて退屈そうに尻尾を振っていた。
その荷台には、リリアナが夢で見た通り、新築の屋敷で使われる、黒々とした鉄製フェンスが山のように積まれている。
転がってきたリンゴが、ちょうど、その馬の蹄のすぐ前に現れた。
馬は、目の前の赤い果実に興味を示し、首を伸ばして、それを食べようとする。
そして、前脚を一歩、踏み出した。
その蹄が、転がり続けるリンゴの実を踏みつけてしまう。
馬は足元を滑らせ、バランスを崩した。
「ヒヒーンッ!!」
馬は驚いてパニックを起こす。
その勢いに任せ、繋がれていた手綱を力任せに引きちぎった。
自由を得た馬はそのまま暴走を始めた。
ガタガタガタッ!
重い荷台を引いたまま、馬は市場のメインストリートを、人々を蹴散らしながら暴走していく。
悲鳴が、あちこちで上がった。
屋台がなぎ倒され、商品が宙を舞う。
平和だった市場は、一瞬にして阿鼻叫喚の現場となった。
そこに、ルーカスがたどり着いた。
「はぁ、はぁ……着いた……!」
彼は市場の喧騒に包まれて、狂ったような安堵の表情を浮かべる。
「そうだ、これだ! この中にいれば、俺は安全だ! 誰も俺を見つけられない!」
彼がそう叫んだ、まさにその時。
暴走する荷馬車が、轟音と共に、ルーカスを狙うかのように迫ってきた。
「なっ……!?」
ルーカスの顔から、血の気が引いた。
荷馬車。
鉄のフェンス。
リリアナの、夢。
「嘘だろ……なんでだよ……!」
ルーカスは恐怖に顔を引きつらせ、反射的に近くの細い路地裏へ逃げ込もうとした。そこなら、荷馬車は入ってこれない。
彼は、人混みをかき分け、路地裏の入口へと必死に走った。
だが運命は、彼の最後の逃げ場所を、完璧に塞ごうとしていた。
暴走する荷馬車は、石畳に散乱していた、別のリンゴを踏みつけた。
そのせいで、車輪が大きく滑る。
荷馬車全体がコントロールを失い、横滑りを始めた。
そして、古い石造りの建物の角に、荷馬車の車輪が激突した。
バキィッ! という轟音と共に、木製の車輪が砕け散る。
車輪を失った荷馬車は大きくバランスを崩した。
荷台が、路地裏の方向へと、まるで抗いがたい力に引かれるように傾いていく。
荷台を固定していたロープは、この衝撃ですでに半分ほど断裂していた。
山積みになった鉄製フェンスの全重量が、そのロープに一点集中して掛かる。
ミシミシ、と、ロープが断末魔の悲鳴を上げた。
路地裏に駆け込んだルーカスは、背後で起きている惨事に気づき、振り返った。
彼の目に映ったのは、自分に向かって傾いてくる、鉄の山の悪夢だった。
「あ……ああ……」
彼の足は、恐怖で石のように固まってしまい動かない。
そして。
ブチッ!
ロープが、完全に切れた。
次の瞬間。
先端が槍のように尖った鉄製フェンスが一斉に、荷台から滑り落ちた。
それらは重力に従って、一直線に、路地裏の入口へと殺到する。
まるで何十本もの巨大なダーツの矢のように。
ルーカスが立っている、まさにその場所へと降り注ぐ。
「いやあああああああああああああああ!!!!」
彼の、最後の絶叫。それは鉄の塊が肉を貫き、骨を砕く、いくつもの鈍い音によって、無残にかき消された。
―・―・―・―・―・―・―・―
喧騒が、嘘のように静まり返った。
人々は、遠巻きに、信じられない光景を見つめていた。
路地裏の入口で、ひとりの男が、まるで巨大なハリネズミのような姿で、壁に縫い付けられていた。
彼の全身を、何本もの黒い鉄の槍が、背中から胸へと、容赦なく貫通している。夥しい量の血が、石畳の上に、大きな血だまりを作っていた。
その顔には、極限の恐怖と、信じられないという驚愕の色が浮かんでいる。
もはや、それが誰なのか、判別することさえ困難なほど、無残な姿だった。
知らせを受けて駆けつけたアレクシスとリリアナは、その地獄絵図を前に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
「ルーカス……」
アレクシスの唇から、絶望にまみれた声が漏れ出る。
リリアナは、あまりの光景に、声も出せず、その場に崩れ落ちた。
まただ。
また、守れなかった。
どんなに抵抗しても、どんなに足掻いても、結局は、夢で見た通りの、あるいはそれ以上に無残な結末を迎えてしまう。
この呪いは、絶対だ。
残されたのは、もう、アレクシスと、自分だけ。
リリアナは自分たちを翻弄する死の運命に慄き、嗚咽を漏らす。
アレクシスは、変わり果てた親友の亡骸から、目を逸らすことができなかった。
四人の、かけがえのない友。
ギルバート、フェリクス、セオドア。そして、ルーカス。
彼らの死は、すべて、自分のせいで起きた。
自分の身勝手な恋心が、この悲劇の連続を生み出したのだ。
彼は、血の味がするほど、強く唇を噛みしめた。
アレクシスは追い詰められていた。
王家の呪いだと理解していた。
しかしどこかで、偶然が重なっただけに過ぎないという楽観した思いがあった。
親友が三人も命を落としてなお。
だが今、四人目の親友が惨たらしく死んで。
アレクシスの中から本当に、余裕がなくなった
もう、迷っている時間はない。
次に死ぬのは、おそらく自分なのだから。
決断しなければならない。
すべてを終わらせるために。
愛する女の未来を守るために。
アレクシスは、崩れ落ちて泣きじゃくるリリアナの肩に、そっと手を置いた。
その手は、死人のように、冷たく震えていた。
-つづく-
■ルーカスを襲った「死のピタゴラスイッチ」
1.市場で、大道芸人の火吹きの芸の火の粉が、近くの衛兵の馬の顔にかかる。
2.驚いた馬がいななき、後退りした際に果物売りの屋台に激突。
3.屋台のリンゴが石畳に散乱する。
4.別の通りで、鉄製フェンスを積んでいる荷車の馬が、足元のリンゴを踏んで滑り、パニックを起こして暴走を始める。
5.馬と荷馬車は市場を破壊しながら暴走。ルーカスはそれに気づき、路地裏へ逃げ込もうとする。
6.暴走の衝撃で荷馬車の車輪が外れ、荷台が大きく傾斜。
7.固定されていなかった槍状の鉄製フェンスが、まるで巨大なダーツの矢のように一斉に滑り落ち、逃げようとしたルーカスの背中から胸へと、何本も突き刺さった。
※第6話の更新は、8月2日(土)の朝8時になります。
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