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血液内科医、異世界転生する  作者:
Principal Investigator
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第八十九話:不可視光の初照射

鉛とモルタルで厳重に囲まれた、資材置き場の一角に設けられた実験区画。その中央には、重々しい鉛とモルタルの箱型の遮蔽壁が鎮座していた。内部には、あの黒曜石のような輝きを放つ「高出力スパーク連続発生装置」が納められ、そこから伸びる水晶ケーブルが隣室の操作盤へと繋がっている。全ての準備が整い、レオナールは隣室で操作盤の前に立っていた。彼の背後では、ギルバートが固唾を飲んで成り行きを見守り、そして万が一の事態に備えて数名の護衛が控え、物質科学研究センターの外周警備も強化されている。


「よし、始めよう」


レオナールは、ゆっくりと深呼吸をして精神を集中させると、操作盤の起動スイッチに手を伸ばした。まずは安全性を最優先し、彼が「基準の1」と定めた出力の4倍――つまり、かろうじて光が見えなくなる程度の魔力量の4倍という、比較的低レベルの出力から照射を開始する。


スイッチを入れると、操作盤の魔力供給を示すランプが微かに点灯し、遮蔽壁の向こう側から、ごく微かな魔力の振動が伝わってくる。


「遮蔽壁内、照射野のセンサー、反応あり。警告ベルは微弱だが、確実に何かを感知している」


遮蔽壁内部に設置された一部の光感知センサーが、接続された表示盤上で一斉に反応を示し、警告音を発し始めた。しかし、レオナールが次に注視していた、装置本体の外側の表面に貼り付けられたセンサー群、そしてさらに外側、遮蔽壁の内面に設置されたセンサー群は、まだ沈黙を保ったままだ。もちろん、遮蔽壁のさらに外側に配置された監視用センサーも、何の反応も示していない。


(やはり、この程度の出力では、発生した力は装置本体のケーシングすら透過できないか。あるいは、透過したとしても極めて微弱で、遮蔽壁の内側の空気中で完全に減衰してしまっているのかもしれない。いずれにせよ、外部への漏洩の心配はなさそうだ)


レオナールは冷静に状況を分析し、ベルク紙に初期データを記録した。魔力行使の感覚も、4倍程度の出力ではほとんど感じられない。


「出力を、徐々に上げていく」


彼は操作盤のダイヤルを慎重に回し、出力を8倍、16倍、32倍…と段階的に引き上げていった。その都度、遮蔽壁内部、装置直近のセンサーの警告音は徐々に大きくなっていく。そして、出力が512倍で、ついに変化が現れた。装置本体の外側に貼り付けられたセンサーの一部が、かすかな警告音を発し始めたのだ。


(装置本体を透過し始めたか……。だが、遮蔽壁の内面に設置したセンサー、そして壁の外側のセンサーはまだ反応なし。このエネルギーレベルならば、空気で減弱するし、まだ鉛とモルタルの壁で十分に遮断できている、ということだ)


さらに慎重に出力を上げていく。1024倍。遮蔽壁内部、装置直近のセンサーは、かなり大きな警告音を鳴り響かせている。そして、装置本体の外側に貼り付けられたセンサー群も、全てが明確な警告音を発し、表示盤の針を大きく振れさせていた。


「出力1024倍。遮蔽壁内面センサー、反応あり」

ついに、遮蔽壁の内側に貼り付けられたセンサーが、断続的な、しかし明確な警告音を発し始めた。

(1024倍……。この出力で、装置本体を透過した力が、遮蔽壁の内面にまで到達した、ということか。だが、壁の外側の監視用センサーは、依然として沈黙を守り続けている。鉛とモルタルによるこの遮蔽壁は、このレベルのエネルギーに対しても、まだ有効に機能しているようだ)


この段階に至っても、レオナールが感じる魔力行使の負担感は、まだそれほど大きなものではなかった。装置への魔力供給は安定しており、これならば実用的な連続運転も視野に入ってくる。


「……さらに出力を上げる。次は2048倍。そして段階的に、最大出力、16384倍を目指す」


レオナールは、一度呼吸を整えると、さらに慎重に操作盤のダイヤルを回し始めた。4096倍、8192倍……。出力が上がるにつれて、遮蔽壁の向こう側から伝わってくる魔力の振動も、明らかにその密度を増していく。表示盤の針は振り切れんばかりに振れ、遮蔽壁内部のセンサー群(装置直近、装置表面、壁内面)が発する警告音は、もはや一つの連続した大きな警告音となって隣室にまで響いてくる。だが、遮蔽壁の外側のセンサーは、依然として沈黙を守っている。


そして、ついに、最後の段階。レオナールは、操作盤のレバーを、ゆっくりと、しかし確実に最大値へと引き上げた。16384倍。遮蔽壁の向こう側から、これまでとは明らかに質の異なる、重く低い唸りのような魔力の奔流が感じられた。


数秒後、レオナールが操作盤の緊急停止ボタンを押すと、その警告音はぴたりと止み、表示盤の数値も急速にゼロへと戻っていく。装置は、技師長の言葉通り、この極限的な出力にも、少なくとも短時間であれば耐えきったようだった。


そして、最も重要な遮蔽壁の外側のセンサー。レオナールは息を殺してその反応を監視していたが、結果は変わらなかった。全てのセンサーが、沈黙を守り続けている。外部への明確なエネルギー漏洩は、この最大出力状態においても、確認できなかった。


(……すごい。16384倍の出力でも、この遮蔽壁は完全にその力を封じ込めているように見える。技師長の設計と、鉛という素材の選択は正しかったということか)


安堵と共に、レオナールはその事実に驚嘆した。だが、この最大出力での運転は、たとえ短時間であったとしても、彼に無視できない負担をもたらした。操作盤を握る手に、じわりと汗が滲み、全身に重たい疲労感がのしかかってくるのを感じる。体内の魔力を、じわじわと、しかし確実に吸い上げられているかのような、独特の消耗感。


(この感覚……。平均的な人間が連続して安定的に出力できる魔力量の半分程度、と技師長は言っていたが、それでもこの負荷か。母上の治療の際、自分の限界近い魔力を行使し続けた時の、あの全身が軋むような疲労感の、おおよそ5、6割といったところか。8時間ぶっ続けでこの状態を維持するのは、やはり厳しいだろうな。交代要員がいたとしても、一人当たりの連続稼働時間には、慎重な検討が必要だ)


レオナールは、大きく息をつき、額の汗を拭った。最初の照射実験は、大きなトラブルもなく、そしていくつかの重要な知見と共に終了した。


(装置そのものは、ほぼ成功とみていいだろう。技師長の腕は確かだ。出力の安定性、可変機構、そして遠隔操作。全てが計画通りに機能している。遮蔽壁も、少なくとも現時点では、十分な効果を発揮しているようだ)


だが、これはまだ始まりに過ぎない。


(今日の結果は、あくまで『見えざる力』の発生と、その遮蔽に関する初期データだ。本当に重要なのは、この力が、実際に細菌に対してどのような活性を示すのか。それを詳細に検証する必要がある。その際、警告ベルの音量が大きすぎるのは問題だな。もう少しボリュームを調整できるようにしてもらうか、あるいは光表示のような別の警告手段も併設すべきだろう。表示盤の計器も、高出力域では振り切れてしまっていて、正確なエネルギーレベルの把握が難しい。感度の調整や、より広範囲をカバーできる計器への交換も検討課題だ)


さらに、彼は今後の実験の精度を高めるための改良点にも思いを巡らせた。

(出力調整の段階も、8192倍から16384倍の間が、現状では一気に倍化する形になっている。この高エネルギー領域こそ、より細かな出力調整が必要になる可能性がある。例えば、この間を1000倍刻み程度で調整できるよう、技師長に魔力制御回路の改良を相談してみるべきだろうな。それから、将来的には、X線診断装置のようなものへの応用も視野に入れている。そのためには、この『見えざる力』が、様々な材質——骨、金属、布地など——に対して、どのような透過性を示すのか、その基礎データを集めることも、いずれ必ず必要になるだろう)


レオナールの思考は、既に次なる実験計画と、装置の改良案へと向かっていた。

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