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血液内科医、異世界転生する  作者:
Principal Investigator
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第八十六話:工房の賢者、高エネルギーへの扉

王立アステリア学院の敷地の奥、金属を叩く音や魔力の放電音が絶え間なく響く、活気に満ちた魔道具工房。以前、ターナー教授との実験で恒温装置の製作を相談して以来の訪問だった。工房内は相変わらず様々な道具や素材、そして設計図らしきベルク紙で溢れかえり、職人たちが黙々と作業に打ち込んでいる。レオナールは、その喧騒の奥にある、工房の責任者である恰幅の良い技師長の仕事場へと向かった。


「ごめんください、技師長。以前、恒温装置の件でお世話になりました、レオナール・ヴァルステリアです。本日はまた、少しご相談したいことがあり参りました」

声をかけると、作業台で複雑な魔法陣が刻まれた金属板を調べていた技師長が、大きな体を揺すってこちらを振り返った。その顔には、レオナールを認めて、少しばかり驚いたような、しかしどこか歓迎するような笑みが浮かんだ。


「おお、これはヴァルステリアの若様ではないか。いやはや、ローネン州でのご活躍、そしてこの度の特別研究科の設立、誠におめでとうございます。まさか、あの時の若様が、これほど短期間で国家的な事業の中心におられるとは、いやはや、驚きですな。それで、今日はどのようなご相談で? この老いぼれの知恵でよろしければ、何なりと」

技師長の言葉には、レオナールの功績に対する純粋な敬意と、新たな技術への興味が滲んでいた。レオナールは、彼の気さくな態度に感謝しつつ、早速本題を切り出した。


「ありがとうございます、技師長。本日は、少々特殊な魔道具の製作について、ご相談に上がりました。具体的には、『スパーク』の魔法を連続的に、かつ高出力で発生させ続ける装置を作りたいのです」

「スパークの連続発現装置、ですかな?」技師長は、興味深そうに眉を上げた。「スパークそのものは、ごく基本的な魔法であり、それを魔法陣で再現し、魔力を供給し続けることで連続発現させること自体は、さほど難しい技術ではございません。初歩的な警報装置や、あるいは着火用の魔道具などにも応用されております。ただ、『高出力で』というのが、少々気になりますな。どの程度の出力を想定されておいでで?」

レオナールは、言葉だけでは伝わりにくいと考え、実際に魔法を発動させて見せることにした。彼は右手を軽く前に突き出し、意識を集中させる。


「例えば、これが通常のスパークです」

パチッ、と小さなオレンジ色の火花が、彼の手のひらの上で弾けた。

「このスパークは、込める魔力量によって、その色や性質が変化します。魔力量を少し増やすと…」

レオナールの手のひらの火花が、白く鋭さを増す。

「さらに魔力量を上げていくと…」

火花は青白い閃光へと変わり、パチパチという音も鋭く、大きくなった。技師長は、その見事な魔力制御に感心したように頷いている。


「そして、ここからが重要なのですが」レオナールは続けた。「魔力量をさらに、ある一定の閾値を超えて高めていくと、不思議なことに、目に見える光としての火花は、むしろ弱々しくなり、やがてほとんど見えなくなってしまうのです。しかし、魔力の放出は確実に行われており、むしろ、目に見えない、何か別の力へと変換されているような感覚があります」

彼は、慎重に魔力量を高めていく。すると、言葉通り、青白い閃光は急速に勢いを失い、最後にはごく微かな光点と、空間がわずかに歪むような感覚だけが残った。周囲の空気も、ピリピリと微かに振動しているように感じられる。


「…このように、光らなくなるほど高出力の魔力でスパークを連続発現させ、かつ、その出力を可変できるような機構を組み込んでいただきたいのです。この『見えざる力』が、物質に対してどのような影響を与えるのか、その性質を詳細に研究したいと考えております。そして、可能であれば、数メートル離れた場所から遠隔で起動・停止、および出力調整ができるようにしていただけると、研究の安全性も高まり、大変助かります」


技師長は、レオナールの実演と説明に、腕を組み、深く考え込むような表情を見せた。

「なるほど……。確かに、スパークに込める魔力量を極端に上げていくと、可視光としての輝きが失われる、という現象は、古くから一部の魔術師の間では知られておりますな。一般的には、魔力の浪費、あるいは制御の失敗と見なされ、積極的に研究されることはありませんでしたが……。若様は、その『見えざる力』の基礎研究と、その物質への影響という、また興味深いテーマをお考えなのですね」

技師長の言葉には、レオナールの意図を探るような響きがあったが、レオナールは曖昧に微笑むだけで、それ以上の詳細な目的については触れなかった。


「それで、出力の可変機構と遠隔操作、ですか。それらも、基本的には可能です。魔力量の調整については、供給する魔力を制御する専用の魔法陣を組み込み、それを何段階か切り替えられるようにすればよろしいでしょう。ただ、問題は、若様がどの程度の魔力量の範囲を、そしてどの程度の段階でお望みか、ということですな。闇雲に高出力にすれば、魔道具そのものの耐久性や、あるいは周囲への影響も考慮せねばなりません」

「魔力量の調整段階ですが」レオナールは、少し考えた後、答えた。「例えば、現在の私の魔力で、先ほどのように『光らなくなる』現象が起きる最低限の出力を基準として、それを1単位とします。そこから、2単位、4単位、8単位…というように、魔力量を2倍ずつ、段階的に増やせるように調整していただくことは可能でしょうか? 上限は、魔道具の安全性と、技師長のご判断にお任せいたします」

対数スケールでの出力調整。それは、未知の現象を探る上で、広範囲な条件を効率的に試すための、レオナールなりの現実的な提案だった。


技師長は、レオナールの要求を聞き、しばらくの間、顎髭を捻りながら計算するような素振りを見せた。

「魔力量を2倍ずつ、ですか。なるほど、指数関数的な増強ですな。確かに、未知の領域を探るには合理的な方法かもしれませぬ。専用の魔力制御魔法陣を複数用意し、それを切り替える機構を組み込めば、ご要望に近いものは作れるでしょう。遠隔操作も、単純な起動・停止と、その段階切り替え程度であれば、魔力を通す棒状の部材に操作用の魔法陣を刻み、物理的に接続することで対応可能ですな」

彼は、技術的な見通しを立てた上で、レオナールに向き直った。


「よろしいでしょう。なかなか興味深い挑戦です。この技師長、若様のご期待に応えられるよう、ひとつ試作品を製作してみましょう。それほど複雑な機構ではありませんから、そうお時間はかからないはずです。おそらく、3、4日もあれば、一度お見せできるものが出来上がるかと。その際に、改めて細かい調整についてご相談させていただければと存じます」

「本当ですか! ありがとうございます、技師長!」

レオナールの顔が、ぱっと明るくなった。


「ただ、技師長」レオナールは、喜びの中にも、慎重な眼差しで続けた。「その『見えざる力』についてですが、目に見えないだけに、どのような性質を持ち、どのような影響を及ぼすか、全く未知数です。特に高エネルギーのものは、人体にとっても危険な可能性が否定できません。私が書物で読んだ知識の中には、目に見えない光線の中にも、生物に対して深刻な害をもたらすものが存在するという記述もございました。ですから、試作品を動かす際は、例えば2倍や4倍といった比較的低い出力で、それもごく短時間だけにするなど、くれぐれも慎重にお願いいたします。安全が確認できるまでは、無闇な高出力での連続稼働は絶対にお控えいただきたいのです。私自身も、試運転の際には最大限の注意を払うつもりです」

彼の構想の実現に向けて、また一つ、大きな歯車が動き出したのだ。


技師長に深々と礼を述べ、工房を後にしたレオナールの足取りは軽かった。これで、高エネルギースパーク発生装置の試作という、未知の力とその応用を探る研究への第一歩が踏み出された。もちろん、照射条件の最適化、遮蔽機構の設計、そして何よりも安全性の確保という、乗り越えるべき課題は多い。だが、この魔道具が完成すれば、それは間違いなく、この世界の科学に、そしてあるいは医療にも、新たな扉を開く鍵となるだろう。

研究室に戻った彼は、早速ベルク紙を取り出し、魔道具の完成を待つ間に進めておくべき実験計画――まずは魔道具を使わない状態での、様々な物質に対する物理的・化学的ストレス(高温、低温、乾燥、紫外線に近い光など)の影響評価――を、熱心に書き出し始めた。彼の頭の中では、既に、完成した魔道具が放つ「見えざる力」によって、物質が未知の変化を遂げる光景が、鮮明に描き出されていた。その力は、まだ誰もその真の可能性を知らない、高エネルギーという名の刃なのだ。

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https://x.com/isekai_hemato

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