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血液内科医、異世界転生する  作者:
Principal Investigator
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第七十三話:勅許奏聞の儀

玉座の間へと続く長い回廊を、レオナールは父アルフォンスと共に、厳粛な面持ちで歩んでいた。早朝より王宮に召集された彼らは、宮内省の役人たちの指示のもと、分刻みのスケジュールで奏聞の儀式に向けた入念なリハーサルを繰り返していた。一挙手一投足、発言の一言一句に至るまで、王国の伝統と格式に則った正確さが求められる。その緊張感は、レオナールだけでなく、同席を許されたターナー教授、ファビアン・クローウェル、そしてローネン州再調査団の主要メンバーであったエルミーラたちにも伝播し、玉座の間に隣接する控えの大広間には、静かな、しかし確かな興奮と責任感が満ちていた。


リハーサルでは、国王陛下への拝謁の作法、奏聞内容の読み上げ方、草案の奉呈手順などが繰り返し確認された。レオナールは、持ち前の集中力と落ち着きでそつなくこなしていたが、その胸の内には、これから行われる儀式の歴史的な重みと、自らが願い出る内容が王国に与えるであろう影響の大きさを改めて感じ、身が引き締まる思いだった。父アルフォンスは、息子の晴れの舞台を誇らしく見守りつつも、辺境伯としての立場から、儀式の細部に至るまで助言を惜しまなかった。ターナー教授は、慣れない宮廷の作法にやや戸惑いを見せながらも、レオナールの傍らでその歴史的瞬間を見届けようという決意を固めているようだった。ファビアンは、常に冷静沈着な態度を崩さず、リハーサルの進行を鋭い目で見守り、時折、宮内省の役人に的確な指示を与えていた。エルミーラたち技術班の面々も、自らが関わった調査が国家的な栄誉に繋がったことへの誇りと、この厳粛な場に居合わせることへの緊張感を隠せないでいた。


陽光が玉座の間のステンドグラスを通して荘厳な光の帯を投げかける頃、ついに本番の時が訪れた。宮内大臣の厳かな宣言と共に、重厚な扉が静かに開かれ、レオナールたちはアステリア王国国王、エルネスト三世陛下の御前へと進み出た。


玉座の間に満ちる空気は、リハーサルの時とは比較にならないほど張り詰め、神聖さすら感じさせた。磨き上げられた大理石の床には、一分の隙もなく整列した近衛騎士たちが、微動だにせず佇んでいる。壁面には王国の栄光を物語る巨大なタペストリーが掲げられ、天井からは無数の魔法灯が星々のように輝き、玉座を照らし出していた。そして、その中央、数段高い場所に設けられた玉座には、アステリア王国を統べる国王エルネスト三世が、威厳に満ちた姿で鎮座していた。その両脇には、王太子をはじめとする王族、そして宰相や各省の大臣といった国家の最高首脳たちが陪席し、レオナールたちの一挙手一投足に注目している。


レオナールは、定められた位置まで進み、父アルフォンスと共に深く一礼した。その動作は、リハーサル通り、寸分の乱れもない。


「面を上げよ」


国王の、落ち着いているが、よく通る声が響いた。レオナールが顔を上げると、玉座の上の国王と視線が交錯する。エルネスト三世は、壮年期を過ぎたと思われるが、その瞳には未だ衰えぬ知性と、民を思う慈愛、そして国家を導く者としての強い意志の光が宿っていた。


「ヴァルステリア辺境伯子息、レオナール・ヴァルステリア。並びに、今回のローネン州における奇病の原因究明に尽力せし者たちよ。そなたたちの功績、誠に見事であった」


国王の言葉は、玉座の間に静かに、しかし力強く響き渡った。


「長きにわたりローネン州の民を苦しめてきた原因不明の病に対し、そなたたちは勇気と知恵をもって立ち向かい、その科学的分析と迅速なる行動により、汚染の源を特定し、多くの民の命を救う道筋をつけた。この功績は、アステリア王国の歴史において、特筆すべきものとして永く記憶されるであろう。レオナール・ヴァルステリア、そなたの若き才能と、それを支えたターナー教授の学識、そしてファビアン・クローウェル率いる調査団の献身的な努力に、朕は心からの感謝と称賛を表するものである」


国王の言葉に、レオナールと列席者たちは、再び深く頭を垂れた。


「その功績に鑑み、レオナール・ヴァルステリアよ。朕は特別に、そなたの願いを聞き届けることを許す。勅許奏聞権に基づき、そなたが王国と民のために成し遂げたいと願うことを、朕に直接奏上するがよい」


その言葉は、レオナールにとって、これまでの人生で経験したことのないほどの重みと栄誉をもって、彼の胸に響いた。彼は、一瞬、天を仰ぎたいような衝動に駆られたが、すぐにそれを抑え、練習通り、落ち着いた声で口上を述べ始めた。


「はっ。国王陛下より賜りましたお言葉、並びにこの比類なき栄誉、ヴァルステリアの名において、身に余る光栄に存じます」


レオナールは、事前に宮内省と練り上げた奏上の言葉を、一言一句、よどみなく、しかし心を込めて述べた。それは、ローネン州での経験を踏まえ、将来の王国における科学技術の発展と、それを通じた国民生活の向上への貢献を誓うものであり、そしてそのために、王立アステリア学院内に、既存の学問の枠を超えた自由な研究を推進するための新しい教育・研究機関――「特別研究科」の創設を願い出る、という内容だった。彼の声は、若々しくも、確かな知識と強い意志に裏打ちされ、玉座の間に清々しく響き渡った。


奏上を終えたレオナールは、恭しく一礼すると、傍らに控えていた侍従長に、ベルク紙に丁寧に清書され、ヴァルステリア家の印が押された巻物を手渡した。侍従長は、それを受け取り、厳粛な所作で玉座の国王へと奉呈する。


エルネスト三世は、侍従長から巻物を受け取ると、その場でゆっくりと目を通し始めた。玉座の間には、再び静寂が訪れる。国王の表情は読み取れない。レオナールの額には、じわりと汗が滲む。数分が、永遠のように感じられた。


やがて、国王は顔を上げ、レオナールを真っ直ぐに見据えた。その目に、わずかな笑みが浮かんだように見えた。


「レオナール・ヴァルステリア。そなたの奏上、確かに受け取った。その志、誠に立派である。若き才能が、既存の枠にとらわれず、自由にその能力を伸ばし、将来の王国のために貢献できる場を設けるというそなたの願い、朕はそれをよみする」


国王は、力強く宣言した。


「よって、朕は、本日この場において、そなたの願いを裁可し、王立アステリア学院内に『特別研究科』を創設することを承認する! その詳細な内容、運営、予算については、追って正式に『王令』として王国全土に布告するものとする!」


その瞬間、玉座の間に、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。大臣たちも、貴族たちも、そしてレオナールの父アルフォンスも、感極まった表情でその歴史的決定を祝福している。ターナー教授は、感涙にむせんでいるのか、何度もハンカチで目元を拭っていた。


レオナールは、万感の思いを込めて、再び深く、深く頭を下げた。彼の、そしてアステリア王国の未来が、今、この瞬間、大きく動き出したのだ。


厳粛かつ盛大な勅許奏聞の儀式は、こうして幕を閉じた。玉座の間を退出したレオナールは、安堵感と達成感、そしてこれから始まるであろう新たな挑戦への武者震いのような興奮に包まれていた。


同日中に開催される宮中晩餐会までの間、彼ら関係者には王宮内の一角にそれぞれ控えの間が割り当てられた。レオナールは、この貴重な時間を利用して、まずターナー教授が待つ個室を訪れた。教授はまだ興奮冷めやらぬ様子で、部屋の中を落ち着きなく歩き回っていた。

「先生、本当にありがとうございました。先生のご指導とご支援がなければ、そもそもこの場に立つことすらできませんでした」

「ふん、儂は何もしておらん。全て君の力だ。……だが、まあ、よくやった。これで、君の研究環境は、王国で最も恵まれたものの一つとなるだろう。思う存分、その才能を発揮するが良い。……そして、たまには儂の研究も手伝え」

ぶっきらぼうな言葉の中にも、弟子への深い愛情と期待が込められていた。


そして、ファビアンの部屋に向かう。ファビアンは、儀式の際とは打って変わって穏やかな表情でレオナールを迎え入れた。

「レオナール公子、まずは心からお祝い申し上げる。君の揺るぎない探求心と、国家を思うその高い志が、こうして陛下に認められたこと、私も我がことのように嬉しく思う。この『特別研究科』が、王国の未来にとって、計り知れないほどの価値を生み出すことを確信している」

彼の言葉には、儀礼的なものではない、レオナールの才能と将来性に対する深い敬意と、純粋な祝福の響きがあった。

「ファビアン殿、過分なるお言葉、そして何よりも、私のために勅許奏聞権をご推薦いただき、誠にありがとうございました。ファビアン殿のお力がなければ、このような機会は万に一つも得られませんでした」

「いや、私はただ、然るべき場所に、然るべき情報を伝えたに過ぎない。全ては君自身の力だよ。……さて、これから君は、さらに多忙な日々を送ることになるだろう。だが、その若さと才能をもってすれば、必ずや乗り越えられるはずだ。何か困ったことがあれば、私にできることであれば、いつでも力を貸そう」

ファビアンの申し出は、レオナールにとって何よりも心強いものだった。そして、この機会に、とレオナールは以前ファビアンが示唆した北東辺境領の外科医術について、改めて具体的な情報を尋ねたところ、晩餐会の席でより詳細な話を聞かせてもらえる約束を取り付けた。


副学長の元へも赴き、これまでの尽力への感謝と、今後の「特別研究科」運営に関する協力を改めてお願いした。副学長は「学院の総力を挙げて支援する」と力強く応じてくれた。


エルミーラたち技術班のメンバーにも、改めて感謝の言葉を伝えた。彼らの献身的な働きがなければ、ローネン州の分析はこれほど迅速には進まなかっただろう。エルミーラは「レオナール様やターナー先生と共に国家的な任務に携われたこと、そして『特別研究科』という新たな舞台が用意されたこと、技術者としてこれ以上の喜びはありません。私たちも、それぞれの立場で、できる限り協力させていただきます」と、今後の研究への期待を語った。セリアもまた、レオナールの言葉に静かに頷き、その瞳には新たな研究への意欲が燃えているようだった。


アシュトン博士にも、手紙で簡単な報告をしておくべきだろう、とレオナールは考えた。あの変人が、この歴史的な出来事をどう受け止めるか、少し楽しみでもあった。


それぞれの挨拶を終え、自室に戻ったレオナールは、王宮の窓から夕暮れに染まる王都の景色を眺めていた。これから始まる宮中晩餐会、そしてその先にある、外科医術への道、抗菌薬の開発、染色技術の応用……。彼の胸には、未来への確かな希望と、それを自らの手で切り拓いていくという、揺るぎない決意が満ち溢れていた。

アステリア王国の歴史に、新たな一ページが刻まれた日。伝説は、まだ始まったばかりだった。

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