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血液内科医、異世界転生する  作者:
異世界での目覚めと決断
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第五話:炎と生命

スパークを完全にマスターしたレオナールは、クレア先生の指導のもと、他の初級魔法の習得へと進んでいった。


《リューメン》:手のひらや指先に、持続的な光源を生み出す魔法。夜道の灯りや、読書灯として広く使われる。レオナールは、この光のスペクトル(色温度)や指向性を変えられないか試行錯誤した。

《アクア》:何もない空間から、少量の清浄な水を生み出す魔法。飲料水や洗浄に用いられる。レオナールは、生成される水の純度や温度、さらには水以外の液体(油や酸など)を生成できないかと考えたが、それは初級魔法の範疇を超えるようだった。

《ベントス》:微風を起こす魔法。換気や、帆船の補助などに使われる。レオナールは、風の強さや方向を精密に制御する方法を探り、音(空気の振動)との関連性を考察した。


これらの魔法を習得する過程でも、レオナールは常にその原理を探ろうとした。なぜ特定の詠唱や印が必要なのか? 魔力はどのように物質やエネルギーに変換されるのか? 魔法の効率を上げるにはどうすればいいのか? 彼の質問は時にクレアを困惑させたが、彼女は知りうる限りの知識を誠実に教えてくれた。


レオナールが7歳になった頃、家庭教師がクレアからエルバンという壮年の男性教師に交代した。クレアが王都の貴族学院に復職することになったためだ。エルバンは、元王国騎士団の魔法兵だったという経歴を持ち、クレアよりも実践的で、やや厳格な指導方針だった。


「レオナール様、魔法はただ覚えるだけでは意味がない。いかに正確に、迅速に、そして効率的に発動させ、制御するかが重要だ。特に、我々貴族は、いずれ領地や国を守る立場になる。そのためには、力ある魔法を使いこなせねばならん」


エルバンの指導のもと、レオナールはより高度な魔法——特に、戦闘や大規模な作業にも応用可能な、四大元素魔法の中級レベルへと足を踏み入れていくことになる。その最初のステップの一つが、火属性の攻撃魔法の基礎、《イル・スカルパ》だった。


「《イル・スカルパ》は、魔力で火球を生成し、対象に放つ魔法だ。威力は低いが、火属性魔法の基本となる。まずは、安定した火球を空中に生成し、維持することから始めよう」


エルバンの指導は実践的だった。彼はまず自ら手本を見せ、その魔力の流れ、詠唱のリズム、手の動きを正確に模倣させた。

「詠唱は『燃え盛る小さき太陽よ、我が手に来たれ』。手のひらを向かい合わせ、その中央に魔力を凝縮させるイメージだ。やってみろ!」


レオナールは、エルバンの鋭い視線を感じながら、集中して詠唱し、魔力を練り上げた。

「《イル・スカルパ》——燃え盛る小さき太陽よ、我が手に来たれ!」


両手のひらの間に、空間が歪むような感覚と共に、熱が集まってくる。そして、ぼっ、という軽い音と共に、オレンジがかった赤い火の玉が姿を現した。大きさは拳ほど。ゆらゆらと揺れながらも、確かに空中に浮かんでいる。


「ふむ……初めてにしては上出来だ。魔力の集中、形状の維持、共に安定している。だが、まだ色が淡く、熱量も足りんな。もっと強く、明確に『燃焼』をイメージしろ!」


エルバンは厳しい評価を下したが、その言葉にはレオナールの才能を認めている響きがあった。レオナールは指摘された点を意識し、何度も《イル・スカルパ》の練習を繰り返した。


そして夜。再び、レオナールの秘密の実験が始まった。今回のテーマは《イル・スカルパ》の原理解明だ。


(スパークとは明らかに違う。これは、明確な熱と光を放ち、持続性がある。単なるエネルギー放出ではなく、何らかの“燃焼”に近い現象が起きているはずだ)


彼は、以前スパークの実験でも用いたガラス瓶と蝋燭を用意した。

まず、瓶の中に蝋燭を立てて火を灯し、その隣に《イル・スカルパ》で火球を生成する。そして、両方を一緒にガラス瓶で覆い、密閉状態にした。


観察を開始する。蝋燭の炎は、酸素が消費されるにつれて徐々に小さくなり、数十秒後にふっと消えた。一方、火球は、蝋燭が消えた後も、しばらくの間燃え続けていたが、やがてその輝きも急速に衰え、最後は不安定に揺らめきながら霧散した。


(やはり、酸素が必要だ。しかも、火球は蝋燭よりも長く燃え続けた。これは、火球自身が燃焼に必要な何かを供給しているか、あるいは、蝋燭よりも効率よく酸素を利用しているか……)


次に、火球だけをガラス瓶で覆ってみた。結果は同じだった。酸素がなくなると、火球は維持できずに消滅する。


(これで確信した。《イル・スカルパ》は、魔力によって何らかの可燃物質を生成し、それを周囲の酸素と反応させて燃焼させているんだ)


彼はさらに仮説を深めた。

(生成される可燃物質は、おそらく気体だろう。だからこそ、火球は重力に逆らって空中に浮かんでいられる。その気体は、魔力が供給され続ける限り、連続的に生成される。だから、魔力と酸素がある限り、燃焼が持続する)

(その気体の正体は? 空気中の窒素や炭素、水素などを魔力で分解・再結合させているのか? 例えば、メタン(CH4)やアセチレン(C2H2)のような炭化水素系のガスか? それとも、この世界独自の、未知の可燃性元素?)


(もし、可燃性ガスを生成しているのだとしたら……その生成量や組成を変化させることで、火球の大きさ、温度、色、燃焼時間などを制御できるのではないか?)


レオナールは、魔力の込め方やイメージを変えながら、意図的に火球の性質を変化させる実験を試みた。


魔力をより多く注ぎ込み、「激しく燃えろ」とイメージすると、火球は一回り大きくなり、色も白に近い、より高温を示す色へと変化した。ただし、持続時間は短くなった。

逆に、魔力供給を絞り、「ゆっくり、長く燃えろ」とイメージすると、火球は小さく、暗い赤色になったが、通常よりも長く燃え続けた。

「特定の場所だけを燃やせ」とイメージし、火球の形状を細長く変えようと試みたが、これはうまくいかなかった。火球は不安定になり、すぐに消えてしまった。

(やはり、単純ではないな。燃焼効率と持続時間、温度、形状制御は、それぞれトレードオフの関係にあるようだ。最適なバランスを見つけるには、さらに精密な魔力制御技術が必要だ)


しかし、レオナールは失望するどころか、ますます探求心を燃やしていた。魔法が、意志やイメージだけでなく、明確な物理・化学的法則性に基づいている可能性が見えてきたからだ。


(この法則性を完全に理解し、制御できれば、魔法はもっと強力で、もっと精密なツールになる。火の魔法で、ただ燃やすだけでなく、金属を溶接したり、あるいは逆に、低温でゆっくりと加熱したりすることも可能になるかもしれない。それは、鍛冶や工芸だけでなく、いずれ……医療にも応用できるはずだ。例えば、出血部位をピンポイントで焼灼止血するとか……)


《イル・スカルパ》という一つの魔法の奥に、彼は科学と魔法が融合する、広大な可能性の世界を垣間見ていた。エルバン先生は、彼を「攻撃魔法の才能がある」と評価したが、レオナールの興味は、単なる破壊力ではなく、その現象を支配する“理”の解明と、その“応用”にあったのだ。

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