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血液内科医、異世界転生する  作者:
ローネン州の真実
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第二十八話:連鎖する証拠、暴かれる汚染源

ペーパークロマトグラフィーと硫化試薬による呈色反応は、ローネン州の水サンプルに潜む「目に見えない犯人」の存在を鮮やかに浮かび上がらせた。だが、それだけでは不十分だった。その物質が実際に人々の体内に取り込まれ、健康被害を引き起こしていること、そしてその発生源が間違いなく蒼鉛鉱山であることを証明する必要があった。


「先生、水での結果は明白でした。次は、この物質が体内に吸収されている証拠を掴まなければなりません。患者さんから頂いた尿サンプルを分析しましょう」

レオナールは、低温保管庫から患者数名分の尿サンプルと、比較対照用の健常者(レオナール、ターナー、ギルバート)の尿サンプルを取り出した。


手順は水サンプルの時と同様だ。ベルク紙に各尿サンプルをスポットし、展開槽で展開、乾燥させる。そして、硫化ナトリウム溶液を慎重にスプレーする。

結果は、レオナールの予想通りだった。健常者である我々の尿には、例の黒褐色のスポットは現れない。しかし、ローネン州の患者たちの尿サンプルからは、水サンプルと全く同じ高さ(移動距離)に、明瞭な黒褐色のスポットが検出されたのだ。症状が重い患者ほど、スポットの色が濃い傾向も見られた。


「やはり……! 体内に取り込まれ、尿中に排泄されている……!」

レオナールは、確信を深めた。環境中の汚染物質が、飲料水などを通じて住民の体内に侵入している動かぬ証拠だ。


「次は血液だ」ターナー教授が、やや硬い声で言った。「血中にも存在することを示せれば、より直接的な証拠となる」

レオナールは、現地で採血、常温で放置し凝固反応をおこす。その後、容器を魔法で高速回転させることで分離しておいた血清サンプルを取り出した。遠心分離機がないこの世界では、こうした魔法の応用が不可欠だった。比較対照として、同様に処理した我々の血清も用意した。血清を用いることで、血液中のタンパク質などによるクロマトグラフィーへの影響を最小限に抑えることができる。


患者の血清サンプルと、我々の血清サンプル。再び、ペーパークロマトグラフィーと硫化試薬による呈色が行われる。

結果は、またしても明白だった。患者の血清サンプルにのみ、水や尿と同じ高さに、黒褐色のスポットが現れたのだ。尿ほど濃くはないものの、その存在は明らかだった。


「血中にも……! これで、原因物質が血流に乗って全身を巡り、各臓器に影響を与えている可能性が極めて高くなりました」

レオナールは、一連の結果をベルク紙に記録しながら、静かに呟いた。彼の頭の中では、ローネン州で見た患者たちの苦しむ姿と、この黒いシミが、一本の線で繋がりつつあった。


そして、最後の、そして最も決定的な証拠の検証に取り掛かった。エリアスが危険を冒して持ち帰ってくれた、蒼鉛鉱山の鉱滓と廃液だ。これらが汚染の発生源であることを証明しなければならない。


鉱滓は固体であるため、まず粉砕し、強酸を用いて時間をかけて内容物を溶かし出す作業が必要だった。ターナー教授の知識と経験が、ここでも活かされる。廃液は、そのままでは濃度が高すぎると想定されたため、精製水で希釈して用いた。


これらのサンプルを、他のサンプルと同様にペーパークロマトグラフィーで分析し、硫化試薬をスプレーする。

現れた結果に、レオナールとターナー教授は息をのんだ。


鉱滓の抽出液と、希釈した廃液。その両方から、他のサンプル(水、尿、血液)と全く同じ高さに、比較にならないほど濃く、大きな黒褐色のスポットが出現したのだ。それは、まるでインクをぶちまけたかのような、強烈な存在感を放っていた。


「……これだ」

ターナー教授が、絞り出すような声で言った。その声には、科学的な発見の興奮だけではない、重い感情が込められていた。

「鉱滓にも、廃液にも、これほど高濃度に含まれている……。これを処理せずに垂れ流し続けたというのか、あの連中は……!」

彼の拳が、わなわなと震えていた。長年、物質の理を探求してきた老研究者にとって、知識の欠如と利益優先が生んだこの悲劇は、許しがたい冒涜に感じられたのだろう。


レオナールもまた、目の前の結果に、静かな怒りと悲しみを覚えていた。水、尿、血液、そして鉱滓と廃液。全てのサンプルが、同じ位置に現れた黒褐色のスポットによって、一本の鎖のように繋がった。環境汚染から人体への侵入、そしてその発生源。汚染の経路は、もはや疑いようもなく証明されたのだ。


「これで……言い逃れはできませんね、先生」

レオナールは、一連のクロマトグラムを並べながら言った。それは、ローネン州の悲劇の真相を物語る、沈黙の証言者たちだった。


「うむ……」ターナー教授は、深く息をつくと、決意を秘めた目でレオナールを見た。「原因物質の存在と、汚染経路は証明できた。だが、我々の仕事はまだ終わらんぞ。次はこの黒いシミ…この『毒の粒子』が、本当に生物に対して毒性を持つのか、それを確かめる必要がある。そして、最終的には、この粒子が具体的にどの根源粒子(元素)なのかを突き止めねばならん」


全ての証拠は揃った。だが、それはゴールではなく、新たな始まりに過ぎなかった。まずは、この未知の物質が持つ毒性の直接的な証明。そして、その化学的な正体の完全な解明。それが、レオナールとターナー教授に課せられた、次なる挑戦となる。彼らは、この黒き真実を胸に、さらに分析の深部へと進んでいく覚悟を固めるのだった。

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