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血液内科医、異世界転生する  作者:
ローネン州の真実
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第二十三話:残された時間、託された希望

数名の患者から貴重な血液サンプルを採取できたことで、レオナールは原因究明への大きな一歩を踏み出したと確信していた。しかし、王都から許可された現地滞在期間は、わずか一週間。残された時間は少なかった。分析に必要な環境サンプル(水、土壌)は採取したが、より直接的な証拠として、鉱山から排出される廃液や鉱滓スラグそのものを入手したいところだった。だが、鉱山への立ち入りは厳しく制限されており、部外者であるレオナールが近づくのは危険すぎる。


(……エリアスさんなら、あるいは可能かもしれない)


彼は、協力を約束してくれた元精錬技師のエリアスを訪ね、事情を話した。

「エリアスさん、お願いがあります。鉱山から出ている廃液、あるいは野積みにされている鉱滓のサンプルを、少量で構いません、入手していただくことはできないでしょうか? 原因物質を特定する上で、非常に重要な手がかりになるはずです」

それは危険な依頼だと、レオナール自身も分かっていた。鉱山の監視の目を盗んでサンプルを採取するなど、見つかればただでは済まないだろう。


エリアスは、しばらく黙ってレオナールの顔を見つめていたが、やがて静かに頷いた。

「……分かった。あんたの覚悟は伝わった。それに、俺にも責任の一端はある。危険は承知の上だ。昔取った杵柄きねづかというやつで、なんとかやってみよう。ただし、時間はかかるかもしれん。あまり期待はするな」

「ありがとうございます!」

レオナールは深く頭を下げた。これで、分析に必要なサンプルはほぼ揃うことになる。


エリアスがサンプル採取に動いている間、レオナールは残された時間を使って、村での聞き取り調査を続け、採取した水や土壌サンプルの記録を整理し、そして何よりも、苦しむ患者たちの状態を観察し続けた。彼にできる直接的な治療は限られていたが、患者や家族の話に耳を傾け、共感し、励ますことだけでも、彼らの精神的な支えになっているようだった。


そして、出発予定日の前日。エリアスが、約束通り、小さな革袋に包まれた鉱滓の欠片と、ガラス瓶に入れられた濁った廃液のサンプルを、人目を忍んでレオナールに届けてくれた。

「これが限界だ。これ以上は怪しまれる。気をつけて持ち帰ってくれ」

「本当に、ありがとうございます。このご恩は決して忘れません」

レオナールは、改めて深く感謝し、貴重なサンプルを厳重に保管した。


ついに、王都へ戻る時が来た。わずか一週間の滞在。原因の核心に迫る証拠は掴みつつあるが、苦しむ人々を前に、根本的な解決策を提示できないままこの地を去らねばならないことに、レオナールは歯がゆさと無力感を覚えていた。


(分析結果が出るまで、そして王都で対策を働きかけるまで、時間がかかる。その間にも、人々はこの汚染された環境で生活し続け、病は進行していく……。何か、今、俺にできることはないのか? 気休めだとしても、少しでも彼らの助けになることは……)


彼は、出発の朝、村長を通じて村人たちを集めてもらった。集会所の前に集まった人々は、皆、疲れ果て、不安げな表情を浮かべている。レオナールは、彼らの前に立ち、静かに、しかし強い意志を込めて語り始めた。


「皆さん、短い間でしたが、ご協力ありがとうございました。私は、この村を蝕む病の原因を突き止めるため、王都へ戻り、持ち帰ったサンプルを分析します。必ず、原因を特定し、対策を見つけ出すことをお約束します」

彼の言葉に、村人たちの間にわずかな希望の光が灯る。


「しかし、それには時間がかかります。原因が判明するまでの間、皆さんにどうしても守っていただきたいことがあるのです」

レオナールは続けた。

「私のこれまでの調査から、この病は、我々が日常的に使っている『水』に原因がある可能性が極めて高いと考えられます。特に、鉱山から流れてくる川の水、そしてその影響を受けている可能性のある井戸水は、絶対に飲まないでください。料理にも使わないでください」

彼の断定的な口調に、村人たちの間に動揺が走る。「水が原因?」「そんな馬鹿な」「では、何を飲めば…」


「安全な水源を探してください! この谷の上流、鉱山の影響を受けていない場所にある湧き水や、あるいは汚染されていないことが確認できる深井戸などです。大変な手間だとは承知していますが、少し遠くても、そこから生活用水を運んでください。それが、皆さんと、皆さんの子供たちの命を守るために、今できる最も重要なことです!」

彼は、地図を広げ、比較的安全と思われる水源の候補をいくつか示しながら説明した。

「どうしても川の水や井戸水を使わなければならない場合は、必ず一度沸騰させてから、さらに、可能であれば砂や清潔な布、木炭などを重ねた層でゆっくりとしてから使ってください。完全ではありませんが、何もしないよりは遥かにましなはずです」

彼は、自作の簡易ろ過器の作り方も、図を描いて説明した。


さらに、彼は持参した薬草の中から、神経の痛みを和らげたり、体の抵抗力を高めたりする効果が期待できるものを(現地の薬師とも相談の上で)選び出し、村長に託した。

「これは、根本的な治療薬ではありません。あくまで症状を和らげるための気休めかもしれませんが、少しでも皆さんの苦しみが軽くなれば……」

最後に、レオナールは再び村人たちに向き直った。

「私は、必ず戻ってきます。原因を特定し、治療法の手がかりを掴み、そして王国の支援を取り付けて。それまで、どうか希望を捨てずに、私が今日お伝えしたことを守ってください。皆さんのご無事を祈っています」

彼は深く頭を下げた。


村人たちは、まだ不安や疑念を完全に拭い去れない様子だったが、レオナールの真剣な訴えと具体的な指示に、わずかな希望を見出したようだった。何人かは、涙ながらに感謝の言葉を述べた。


レオナールは、託された希望の重さを胸に、ギルバート、護衛騎士と共に、王都への帰路についた。馬車の中から遠ざかる村を見つめ、彼は固く誓った。


(必ず、戻る。そして、この手で、この悲劇を終わらせる……!)


彼の鞄の中には、奇病の原因を解き明かす鍵となるであろう、数々のサンプルが収められていた。王都での分析が、全ての始まりとなる。彼の戦いは、新たなステージへと移ろうとしていた。

そろそろ書き溜めが終わる

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