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血液内科医、異世界転生する  作者:
ローネン州の真実
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第十八話:許されし不在、現実的な計画

ターナー教授から、学業面の調整を完了させることを条件に、ローネン州への調査行の許可を得たレオナールは、すぐさま行動を開始した。それは、彼の交渉力と調整能力が試される、新たな挑戦の始まりでもあった。


まず彼が向かったのは、学院の教務を統括する事務局だった。辺境伯の子息とはいえ、一介の学生が、正当な理由(病気や家の慶弔など)なく長期間の休暇を申請することは、前例が少なく、容易ではないことが予想された。レオナールは、ターナー教授からの紹介状(そこには、今回の調査が学術的にも重要である可能性が、教授らしい控えめながらも力強い筆致で記されていた)と、ギルバートが集めたローネン州の奇病に関する深刻な状況を示す資料(ベルク商会経由の報告書など)を用意し、事務局長との面談に臨んだ。


「ローネン州での奇病調査、ですか……ヴァルステリア公子」

事務局長は、レオナールの説明を聞き、眉間に深い皺を寄せた。彼は実務家であり、貴族の子弟の気まぐれや無謀な行動には慣れていたが、今回のレオナールの申し出は、そのどちらとも違う、異様な真剣さを帯びていた。

「ターナー教授の書状も拝見しましたが……危険が伴う上に、学生の本分である学業を疎かにするわけには参りませんな。そもそも、なぜ公子がそのような調査を?」


レオナールは、冷静に、しかし熱意を込めて説明した。奇病の深刻さ、王国の調査団が難航している現状、そして自身の持つ知識(医学や化学分析)が原因究明に役立つ可能性、そしてターナー教授の研究にも繋がる学術的な意義。彼は、決して感情的にならず、客観的なデータと論理的な推論に基づいて、調査の必要性を訴えた。ヴァルステリア家が辺境を守る責務を負っていることにも触れ、他領とはいえ民の危機を見過ごせないという貴族としての責任感も滲ませた。


事務局長は、レオナールの落ち着き払った態度と、その説明の説得力に、次第に表情を和らげていった。ターナー教授という後ろ盾(変わり者だが、学院内では一目置かれる碩学だ)の存在も大きかっただろう。

「……分かりました。公子の熱意と、ターナー教授のご推薦を考慮しましょう。ただし、許可できる期間には限りがあります。移動期間を除き、現地での調査期間は最大でも一週間。それ以上は認められません。また、各教科の担当教授全員から、欠席期間中の学業に関する指示(課題、レポート、補講など)を受け、それを確実に履行するという誓約書を提出していただきます。よろしいですかな?」


「一週間……承知いたしました。ありがとうございます!」

レオナールは安堵し、深く頭を下げた。一週間は短い。だが、許可が下りただけでも大きな前進だ。


次に、彼は各教科の担当教授を一人一人訪ね、事情を説明して回った。歴史学の老教授は、レオナールの知的好奇心と行動力を評価し、「若い頃の儂も、古代遺跡の発掘調査で無茶をしたものだ」と笑いながら、分厚いレポート課題を出した。法学や政治学の教授は、貴族の責務としての側面を理解し、比較的スムーズに補講の約束を取り付けてくれた。問題は、芸術論のような、彼が苦手とする分野だったが、ここでも彼の真剣な態度と、ターナー教授の後ろ盾(そしておそらくは事務局からの根回し)が功を奏し、なんとか代替課題の提出で了承を得ることができた。


全ての手続きを終え、正式な欠席届が受理されたのは、数日後のことだった。ターナー教授に報告すると、「ふん、やるではないか。だが、油断は禁物だぞ」と、ぶっきらぼうながらも安堵したような表情を見せた。


休暇期間が「往復を除き現地滞在一週間」と限定されたことで、レオナールは当初の調査計画を大幅に見直す必要に迫られた。


(一週間でできることは限られる……。現地に実験器具を持ち込んで詳細な化学分析を行うのは、時間的にも物理的にも不可能だ。ターナー先生の研究室でなければできない分析もある)


彼は計画を修正した。現地での目標は、以下の三点に絞ることにした。


患者の診察と症状の記録: 可能な限り多くの患者を直接診察し、症状(神経所見、皮膚所見など)を詳細に記録する。写真機のようなものはないため、正確なスケッチも必要になるだろう。

環境サンプルの採取: 流行地域の井戸水、河川水、土壌、そして可能であれば蒼鉛鉱山から排出される水や鉱石のサンプルを、比較対照用のサンプルと共に系統的に採取する。

患者サンプルの採取(可能な範囲で): 現地の状況や患者の協力が得られれば、尿や、あるいは皮膚の病変部からのサンプルなどを採取する。血液採取は、安全な器具が確保できれば試みたい。

そして、これらのサンプルは全て王都に持ち帰り、ターナー教授の研究室で、時間をかけて徹底的に分析する。クロマトグラフィーなどの化学分析、そして将来的には開発を目指す魔法的な分析手法も用いて、原因物質の特定を目指す。


(現地では、まず情報収集とサンプル採取に徹する。分析は王都に戻ってから。これが最も現実的で、確実な方法だろう)


レオナールは、修正した計画をターナー教授に説明し、了承を得た。教授は「サンプルの管理には細心の注意を払え」と、専門家としての注意を与えた。


学院側の許可を得て、調査計画も固まった。残るは、現地調査に必要な具体的な準備だ。それは、未知の脅威に立ち向かうための、入念な備えとなるはずだった。レオナールの心には、不安と同時に、いよいよ始まる本格的な調査への、静かな高揚感が満ちていた。


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