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血液内科医、異世界転生する  作者:
新たなる出会いと研究
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第十四話:計算する魔法

ターナー教授との共同研究は、着実に成果を上げ始めていた。精密な測定器具と魔法による補助を駆使した実験によって、物質が固有の性質を持つ「根源粒子(原子)」から成り、それらが定まった比率で結合・分離するという、原子論・分子論の基礎が、この異世界においても確かなものとして姿を現しつつあった。長年の疑問に対する答えが少しずつ見えてきたことに、ターナー教授は子供のように目を輝かせ、レオナールもまた、自らの知識が異世界で通用することへの静かな興奮と、真理を探求する純粋な喜びを感じていた。


しかし、化学の基礎が見えれば見えるほど、魔法という存在の不可解さは増していった。四大元素論と原子論をどう結びつけるのか?魔法による物質生成は、原子レベルでどのように起こっているのか?これらの問いに答えるには、現状の知識も技術も、あまりにも不足していることを痛感していた。


(もっと精密な分析が必要だ。そして、魔法そのものの作用機序にも踏み込まなければ……)


そんな課題を感じていたある日、レオナールは新たな問題に直面した。ターナー教授との実験で、特定の反応を一定の温度条件下で長時間維持する必要が出てきたのだ。これまではレオナールが魔力で温度を調整していたが、それでは付きっきりにならねばならず、他の作業ができない。


「先生、この反応炉の温度を自動で一定に保つような魔道具は作れないでしょうか?温度センサーと、熱源となる魔道具を連動させるような……」

レオナールが相談すると、ターナー教授は顎髭を捻りながら答えた。

「ふむ、恒温装置か。理論的には可能だろうが、かなり精密な魔力制御が必要になるな。下手をすれば暴走しかねん。そういう精密な魔道具のことは、専門家——学院の魔道具工房の連中に相談してみるのが一番だろう」


そこでレオナールは、ターナー教授の紹介状を手に、学院の敷地の奥にある魔道具工房へと足を運んだ。そこは、金属を叩く音、魔力の放電する音、そして様々な機械の駆動音が響き渡る、活気と熱気に満ちた場所だった。壁には設計図らしき羊皮紙が所狭しと貼られ、作業台には分解された魔道具の部品や、奇妙な工具類が散乱している。職人風の男たちや、専門課程の上級生らしき学生たちが、黙々と作業に打ち込んでいた。


レオナールは、工房の責任者である恰幅の良い技師長に、恒温装置の製作について相談した。技師長は、レオナールの要求する精度(温度変化を±0.5℃以内に抑えたい、など)を聞くと、腕を組んで唸った。

「ほう、随分と精密な要求ですな、ヴァルステリアの若様。それには、複数のセンサー情報を基に、熱源への魔力供給を細かくON/OFFしたり、条件に応じて出力を調整したりする『制御魔法陣』が必要になりますな」

「制御魔法陣、ですか?」

「ええ。基本的な『判断ゲート』(例えば、温度が目標値より高いか低いか、とか、スイッチが入っているか否か、とか)自体は、魔道具学の基礎で習うような単純なものです。その気になれば、学生さんでもいくつか組み合わせた回路くらいは作れますかな」

技師長は、作業台にあった小さな基盤(簡単な警報装置か何かだろう)を示した。そこには比較的単純な魔法陣が描かれている。

「ですが」と彼は続けた。「これを何百、何千と組み合わせて、魔導船の姿勢制御みたいに、互いに連携させながら超高速で動かすような、複雑な『刻印回路』となると、話は全く別です。その設計には専門の知識が必要ですし、何より、この基盤に髪の毛より細い線を正確に刻み込む技術は、熟練の職人技でしてな。我々工房でも、そこまで高度なものは扱えません。それはもう、王家お抱えの工房とか、特定のギルドの領域です」


(単純な判断ゲート……それを組み合わせる……?まさか……!)

技師長の言葉と、目の前にある単純な回路基盤、そして彼が言及した「魔導船の複雑な回路」のイメージが、レオナールの頭の中で結びついた。

(この単純なON/OFFや条件判断……これって、前世の計算機の基本原理と同じじゃないか!一つ一つは単純でも、これを途方もない数だけ組み合わせれば、どんな複雑な計算だってできるはずだ!魔導船を制御できるなら、エコーの画像を作る計算だって……!)


彼は、自分が求めていた「情報処理システム」の基本的な部品が、意外なほど身近に(少なくとも原理レベルでは)存在していたことに気づき、興奮した。問題は、それをいかにして「計算機」として設計し、そして実際に「大規模集積化」して製作するかだ。


(この基本ゲートの組み合わせ方……計算の手順アルゴリズムを魔法陣でどう表現するか。そして、それを物理的な形にしてくれる専門家……。課題は多い。だが、道は……見えた!)


レオナールは、技師長に恒温装置の基本的な回路についていくつか質問し、礼を述べると、新たな目標への興奮を胸に工房を後にした。


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