第九話 王国十都市
ザーミーン 守護者 上級神官 神殿聖衛隊
べバール 隻目 隻眼の狼隊隊長
キミヤー ティラーズ神殿長補佐 上級神官
フィルーズ 王国神官長 ティラーズ神殿長
バーバク 勇敢なる獅子隊隊長
カイバード 巨人の一撃隊隊長
フォルーハル 美しき静寂隊隊長
マージアール ティラーズ副神殿長 上級神官
部屋の中央には、大きな円卓があった。
床にはふかふかの絨毯が敷かれており、四方の壁にはグアシールの刺繍布が掛けられている。
調度は洗練されており、ザーミーンの趣味にぴったり合っていた。
(卓の上の変な水晶球だけが不調和だけれど)
円卓の席には、すでに多くの人間が座っていた。
奥には神官長たるフィルーズ。
そして、その左右にはキミヤーと、もう一人の中年の男の上級神官が控えている。
キミヤーの隣にはべバール、そして穏やかな顔の大男の傭兵。
男の神官の隣には、バーバクと真面目そうな顔の傭兵が座っている。
騎士殿はいないようね、とザーミーンは思った。
シャーヒーンは、神殿の管轄ではない。
だから、神殿の軍議には参加してこないのだろう。
この軍議には、少なくとも上級以上の神官か、傭兵の部隊長しか参加できないのだ。
「そろったようだね。始めようか」
ザーミーンが席に着くと、神官長が口を開く。
彼女の席は、フィルーズの正面に設置されていた。
「今日は、新しい上級神官が参加している。みな、話は聞いているだろう。英雄エスファンディアルと太陽神の巫女イラの娘、守護者ザーミーンだ」
息を飲む音。
初めて会う者もいる。
それとなく聞いてはいたであろうが、神官長からはっきりと言われると驚かざるを得ないのだろう。
「うちがザーミーンです。宜しくお願いします」
立ち上がり、挨拶をする。
バーバクと、男の上級神官以外は温かな反応が返ってくる。
バーバクからは反感。
男の上級神官からは疑惑。
そんな感じの視線である。
「ザーミーンには初めての者もいる。一応、全員再度自己紹介をしてくれ。わたしから行こうか。わたしはフィルーズ。王国の神官長にしてティラーズの神殿長だ。傭兵の雇用主でもある」
自分の紹介が終わると、フィルーズは娘を促す。
キミヤーは立ち上がり、優雅に一礼した。
「わたしはキミヤー。ティラーズの神殿長補佐よ。ザーミーンの当面の指導を担当するわ」
神官長よりも威厳がある。
キミヤーが立ち上がるだけで、場のみなが背筋を正したような気がした。
「わしは隻眼の狼隊を率いる傭兵のべバール。立ち上がるのは勘弁してもらってもいいかな。腰が痛くてね」
平然と座ったまま、べバールが嘯く。
どっかと足を卓の上に投げ出し、右手の人差し指と中指を立て、左右に動かしている。
会議中の喫煙をキミヤーに止められ、拗ねているのかもしれない。
「おら、カイバードだ。巨人の一撃隊の隊長だあ。宜しくな」
べバールの隣の巨漢が立ち上がり、にこにこと笑いながら左手を上げる。
大きな顔に似合わぬつぶらな瞳がかわいらしい。
人のよさが全身から漏れ出てくるような男である。
円卓の右側の紹介が終わると、次にザーミーンの左側に移る。
静かに立ち上がった細身の男が、小さな声で呟いた。
「……フォルーハル。美しき静寂」
小さな声でそれだけ発すると、すぐに座ってしまう。
変わった隊長が多い。
席に着いたフォルーハルは、目を閉じて腕を組んでいる。
これ以上喋る気はないようだ。
フォルーハルが沈黙の海に沈み込むと、それを打ち消すように騒々しくバーバクが立ち上がる。
物騒な眼差しでべバールを睨みつけると、ばんと卓を叩いた。
「今日は、おれのカーバーザルト砦への出陣の承認だよな。さっさと決めて無駄な時間は終わらせようぜ!」
「バーバクよ」
神官長は、あくまで控えめに遮った。
「まずは自己紹介の時間だろう。みなと歩調を合わせたらどうかね」
「はっ。こいつも、べバールの味方だろう。なら、紹介とかしても意味ねえだろうが」
「おいおいバーバク、おまえさん葡萄酒の器か? あまりに小さすぎて飲んだ気もしねえぜ」
「なんだと!」
べバールの軽口に、バーバクは激昂する。
卓を飛び越さんばかりの勢いを見て、もう一度フィルーズが口を開いた。
「──バーバク」
大きな声ではなかったが、その声は鞭のようにバーバクを打った。
思わずバーバクは仰け反り、どすんと椅子に腰を下ろす。
フィルーズは静かにバーバクを睨めつけると、代わって紹介した。
「勇敢なる獅子のバーバクだ。見ての通り荒くれだが、腕は確かだ」
短気な獅子もいたものだ。
エスファンディアルとともに出陣した兵は、みな誇り高く高潔な者たちばかりであった。
だから、ザーミーンは、彼のような人を相手にするのは初めてである。
正直、印象は最悪だ。
「副神殿長のマージアールです」
最後に挨拶したのは、眼鏡をかけた神経質そうな中年男である。
猜疑心の強そうな視線が、ザーミーンを射抜く。
その目は、百年前の守護者など信じないと雄弁に語っていた。
「前提として、小職は出兵自体には賛同しかねます。なぜなら、十都市会議での援軍が十分に得られておりません。特に、北方の都市からは、無視を決め込まれている状況です。ティラーズ単独での砦攻めは危険だと言わざるを得ないでしょう」
「なんだと! べバールはサドシュトゥン砦を攻めたじゃないか!」
「あれは奇襲です。敵もまさかこちらが仕掛けると思っていなかったから成功しただけです。しかし、いまや敵も警戒し、防備を整えている。傭兵の一部隊で落とせる状況ではありません」
「副神殿長の意見ももっともだ」
フィルーズが、小さく頷きながら言葉を引き取る。
「だが、まずはわしから前提を説明するのが筋だろう。話はそれからでもよいな、マージアール」
「は、出過ぎた発言でした」
一見引き下がったように見えるが、副神殿長にとってはこれも計算づくであろう。
眼鏡の位置を直すと、薄く笑みを浮かべている。
止められるのをわかっていて、その前に場の空気を支配したかったのだ。
「現状、わしらを取り巻く環境は決してよくはない。百年前、王国軍が敗れ、セパーハーンが落ちた。王都には双角族のマージドが駐留し、降伏した王都の民を隷下に収めておる。我々は砂漠を防衛線として十の都市に撤収。その位置はこれだ」
神官長が手をかざすと、卓上の不格好な水晶が輝き出した。
その光は上方に伸び、空中に像を投影する。
それは、王国の地図であった。
北西にセパーハーン。
その南に山脈があり、中ほどにティラーズが位置している。
山脈の西には王国一の図書館を持つクーサ。
王国西部に残る都市が光っている。
南部に目を転じると、海沿いに王国最大の港街ホルマガン。
その東には辺境の街ドズターヴ。
南部は海賊や盗賊が跋扈する危険な地域である。
ホルマガンの北には繊維の街グアシール。
その東には古代都市ハームーン。
そして、王国最東端には古代種と通交がある都市アレイヴァがある。
さらに、グアシールの北に北方最大の交易都市エルク・カラ。
その北西には、人馬族からの防壁となる城塞都市ニサ。
その西に、セパーハーンからの侵攻に怯えるレイがある。
王国全体の地図を投影する魔導具とは。
百年前にはなかった技術。
ザーミーンは驚嘆した。