第七話 守護者と騎士
ザーミーン 守護者 上級神官 神殿聖衛隊
べバール 隻目 隻眼の狼隊隊長
キミヤー ティラーズ神殿長補佐 上級神官
ティグヘフ 笑う暗殺者 隻眼の狼隊傭兵
シャーヒーン 王国騎士
フィルーズ 王国神官長 ティラーズ神殿長
ボルール ティラーズ下級神官
爆風。
そして、巻き起こる砂塵。
その中から、無傷のルフ・シャリフが飛び出てくる。
「聖爪の一撃くらい!」
蟲人の外骨格を一撃で砕くザーミーンの攻撃も、ルフ・シャリフには通じない。
豪刀が唸りを上げる。
それを、ザーミーンは身体を捻ってかわす。
「聖鱗があるのに、回避するんですね」
「衝撃で態勢を崩すのが嫌なんだろう」
ティグヘフのつぶやきに、べバールが答える。
体格と膂力の差か。
威力はともかく、一撃の重さはシャーヒーンの方が上である。
騎士の攻撃が続く。
撃ち込まれる一撃一撃が、蟲人の頭蓋すら叩き割る威力を秘めている。
「おれだって避けるのには苦労する」
思わず、ティグヘフが唸る。
並の兵なら、その風を聞いただけで座り込むだろう。
竜巻のような斬撃を、ザーミーンは舞うように避けていく。
鮮やかな動きだ、とべバールも目を見張った。
少なくとも、回避においては一流と言える冴えがある。
ひときわ大きくシャーヒーンが刀を振り下ろしたとき。
ザーミーンは、跳躍して距離を取った。
ひゅっと息を吸うと。
左手を口に当て、おもむろに口を開く。
──刹那。
べバールは、魂が潰れるような衝撃を味わった。
竜の咆哮。
少女の口から出たとは思えない、迫力のある叫びがべバールの耳朶を打った。
ティグヘフとキミヤーも目を白黒させているが、ボルールは魂を飛ばしたようにへたり込んでいる。
さしもの騎士の攻撃も、一瞬その動きを止めた。
すべり込むように、ザーミーンが懐に飛び込んでくる。
左手が、聖鎧の装甲に当てられる。
膨れ上がる魔力。
騎士の第六感が、危機を察知する。
「騎乗!」
騎士の声とともに、ルフ・シャリフの光輪が青から赤へと変わる。
まばゆい閃光に、ザーミーンが弾き飛ばされる。
転がる少女の身体に、黄金の鱗の紋様が美しく浮かび上がった。
「ようやく出しましたね、シャーヒーン卿」
砂を吐き捨てながら、少女が微笑んだ。
聖鎧の下に現れた光が、みるみる大きくなる。
長い首と長い脚。
全身を覆う煌めく鱗。
鳥のようにも見えるが、翼は退化して飛ぶことはできぬ。
聖鎧と対になる騎士の乗騎。
騎竜ルフ・シャリフである。
「いや、感服致した。身共が侮っていた。地上でお相手するとは失礼至極」
からからと騎士が笑う。
面頬に隠れているが、楽しそうな気配は伝わってくる。
「これでは、守護者殿に届かぬようだ。近づければ、危険。ザーミーン殿にはまだ幾つも引き出しがあろう」
手に持つ刀を一瞥すると、無造作に投げ捨てる。
ずしんと地響きをたて、刀が落ちた。
それを見やりもせず、ザーミーンは騎士の右手を見る。
「聖槍、ラド・ヴェ・バルフ!」
騎士の左手の指環はルフ・シャリフ。
それは、聖鎧と騎竜を呼ぶ指環。
では、右手の指環は──。
雷とともに、シャーヒーンの右手に輝く槍が出現する。
これが、王国が誇る四騎士の正装。
その突撃で、百を超える兵を蹂躙する人間兵器。
ザーミーンが、ともに駆けた姿である。
「女神の叡智にかけて! 隊長、これまずくないですかね……」
いつもへらへらしているティグヘフの笑顔が引きつっている。
常に飄々とした姿勢を崩さないべバールも、目を泳がせている。
唯一キミヤーだけが、凛とした姿を崩さなかった。
「こういうとき、男って駄目だわね。落ち着きなさい。神殿の訓練場は女神の守りがあるのよ。やすやすと崩れたりしないわ」
「いや、騎士の正装って、人に向けていい武装じゃないんじゃないですかねえ」
ティグヘフの心配をよそに、ザーミーンは前を見据えたまま動かない。
次にくるのは、間違いなく騎乗突撃である。
その突進力は、歩兵など容易く一蹴するだろう。
だが、だからと言って退くわけにはいかない。
「勝負ね」
少女は両手の指を鉤状にすると、眼前で上下に合わせる。
体内を流れる魔力が、その一点に集約していくのがわかる。
騎士は聖槍を頭上で振り回すと、右手の脇で構えた。
「参る!」
騎竜が鼻を震わせる。
長い脚で二回地を蹴ると、唸りながら駆け出した。
同時に、ザーミーンの掌から巨大な奔流が放たれる。
「大河の奔流!」
渦を巻いて水流が現れる。
奔流は、騎士に向けて波を立てて押し寄せる。
ルフ・シャリフは、臆せず流れに突っ込んだ。
突進の速度が削がれ、僅かに姿が見える。
だが、聖槍が水流を蹴散らし、止めることまではできない。
「雷衝!」
流れを突っ切り、騎士がザーミーンに到達する。
雷光を帯びた聖槍が、少女に向けて繰り出される。
ザーミーンは、両の掌を前に突き出したまま。
そこに生じた聖鱗が、稲妻と衝突して激しく明滅した。
「きゃあっ」
突撃の衝撃で、少女が後ろに吹き飛ばされる。
だが、右手で大地を突くと、その反動で素早く立ち上がる。
油断なく構えたザーミーンを見て、騎士は再度大声で笑った。
「見事! 身共の一撃でも無傷とは恐れ入り申した。さすがは守護者。たいした装甲をしておられる」
「そちらこそ……。まさか、あの流れを遡って突っ込んでくるとは思いませんでした」
「手心を加えられましたな。本来は、敵を斬り裂く水流の刃を飛ばされていたはず。もっとも、ルフ・シャリフは斬れなかったと思いますぞ」
いまの一撃で満足したのか。
シャーヒーンは騎竜から降りると、聖槍と聖鎧を指環に戻す。
それを見て、ザーミーンは止めていた息を大きく吐いた。
「もう花束は贈らなくていいのか、シャーヒーン卿」
べバールが、声をかける。
騎士は完爾と笑うと、満足そうに頷いた。
「もう十分ですぞ。ザーミーン殿の実力はわかり申した。これほどの武勇、べバール殿にも劣らぬ力量ですな」
「わしの花束は、もう枯れているよ、シャーヒーン卿」
訓練場の扉が開き、ザーミーンが外に出てくる。
キミヤーは両手を広げて少女を抱き寄せると、優しく言った。
「よくやったわ、ザーミーン。あなたは、再び立ち上がった。翼は折れたけれど、まだわたしたちは歩くことができるわ」
「はい、キミヤー様。うちも、ちょっとすっきりしました。でも、まだ勘が鈍っているみたいです」
「おい、聞いたか、シャーヒーン卿。守護者は、おまえさんに勝つつもりだったようだぜ」
べバールの揶揄に、騎士は大真面目な顔で答えた。
「頼もしいですな。身共も、花束が突き返されないように精進致しますぞ」
そして、シャーヒーンとべバールは顔を見合わし、互いに破顔した。