第六話 聖鎧ルフ・シャリフ
ザーミーン 守護者 上級神官 神殿聖衛隊
べバール 隻目 隻眼の狼隊隊長
キミヤー ティラーズ神殿長補佐 上級神官
ティグヘフ 笑う暗殺者 隻眼の狼隊傭兵
シャーヒーン 王国騎士
フィルーズ 王国神官長 ティラーズ神殿長
ボルール ティラーズ下級神官
小一時間ほど後。
キミヤーが、ザーミーンを呼びにやってくる。
訓練場で、シャーヒーンが待っているとのことだ。
ボルールが、首をかしげる。
あの強敵との戦いしか頭にない兄が、この少女を待っているというのが結びつかなかったのだ。
「ザーミーンは、神殿聖衛隊の一員なのよ」
キミヤーの説明に、少女の困惑はさらに広がる。
神殿聖衛隊は、かの英雄エスファンディアルが率いる十人の特別な加護を持つ上級神官で構成されていた。
だが、ナマク湖の決戦で全滅し、以来再結成はされていないはずである。
「え、神殿聖衛隊のザーミーン……様? 英雄の子?」
アレイヴァの神殿長の親戚どころではない。
神殿長の叔母、前神殿長の姉ではないか!
そんな表情のボルールを放っておいて、キミヤーはザーミーンを連れて訓練場へと向かう。
慌てて、ボルールも後ろから付いてきた。
騎士と神殿聖衛隊の模擬戦など、そう見られるものではない。
「ちょ、ちょっと、大丈夫なの? 兄はおつむはよくないけれど、強さだけは本物なのよ!」
「あはは、うちもそう思うけれど、お兄さん聞かなくてね」
それでもザーミーンを心配するところを見ると、この少女も根は優しいのだと思う。
だが、ザーミーンもまた、この戦いは避けて通ってはいけない気がしている。
帝国軍は、王国の騎士百人を壊滅に追い込んだのだ。
騎士一人くらい相手にできないようでは、あの異形の戦士たちと渡り合えない。
訓練場には、フィルーズ、べバール、ティグヘフの三人が、シャーヒーンと一緒に待っていた。
空間はかなり広く、大人数で戦闘しても十分なくらいである。
これなら、かなり威力のある術を行使しても問題ないだろう。
「よくぞ来られた、守護者殿」
礼儀正しく一礼する。
騎士としての矜持は崩さない。
あくまでも、王国の騎士たらんとする。
それが、シャーヒーンという男である。
「今日は、全力で挑ませてもらおうと思っていますぞ。身共の聖鎧ルフ・シャリフは、かつて守護者殿と大陸を駆けた機体。ご覧くだされ。再会に打ち震えておりますぞ」
騎士が、左手を掲げる。
その左手に輝く指環が、青白く輝いている。
ザーミーンは、その指環が歌っているように感じた。
あれは、ザーミーンがかつて戦場で歌った、戦いの歌だ。
「ルフ・シャリフ……。覚えています。最後の突撃で、わたしの左を進んでいた騎士フーマーン卿の聖鎧でした。彼は、生還したのですね」
ザーミーンにとっては、まだ記憶に新しい過去だ。
王国四騎士と謳われたフーマーン卿が戦場を駆ける様は、一幅の絵のようであった。
あの勇姿と、シャーヒーンの姿が重なる。
「もしや、シャーヒーン卿は、フーマーン卿の……」
「身共はフーマーンの曽孫です。曽祖父は戦場で殿軍を務めながらも生き抜きましたが、重傷のため王都の防衛戦には参加せず、このティラーズに下がりました。祖父にとっては、英雄エスファンディアルとともに駆けたことは、生涯の誇りだったようです。身共には訪れないと思っていたその栄誉。ですがいま、神は英雄の娘をこうして遣わされた。さあ、ご用意くだされ。身共も、久しぶりに解放致しまするぞ!」
騎士が、左手の指環を掲げる。
「解放、ルフ・シャリフ!」
指環が、ひときわ大きな光輝を放つ。
青白く輝きながら上昇した光の中に、巨大な蒼い甲冑が出現。
その甲冑は自ら分解すると、腕甲、脚甲と部分ごとに自動的にシャーヒーンに装着されていく。
最後に兜が装着されると、その面頬が閉まった。
同時に爆発的に聖なる光が周囲に放たれ、ボルールが思わず後ろに下がった。
「ルフ・シャリフを出すって……兄上、正気?」
「──歌っている」
聖鎧が出たときから、ザーミーンの目が爛々と輝いていた。
そのつぶやきには、歴戦のべバールすらはっとさせるような迫力がこもっていた。
「歌っているわ、ルフ・シャリフ! うちも、覚えているけん! あの日歌った、戦いの歌を!」
ザーミーンの双眸に、生気が宿る。
次に漏れ出した声は、今までの彼女の声色とはがらりと変わっていた。
「立てよ女神のつわもの」
低い声で始まった歌。
それは、戦場で戦士を鼓舞する歌である。
べバールの隻眼が、異様な光を放った。
彼は、祖父から聞いたことがあったのだ。
男たちを奮い立たせた戦いの歌。
それを歌ったのは、英雄を継ぐ者。
「進め、心に旗を立て」
「上げよ、剣持つその腕を」
「斃れし友に肩を貸せ」
「いざや行かん剣林の中」
ボルールは、自分の身体が燃え上がるような感覚に襲われた。
魔力が何倍にも膨れ上がり、自分の身体が自分でなくなったかのようだ。
今なら何でもできる。
そんな錯覚すら覚えるほどの万能感。
これが、守護者の祝福なのか。
「──宜しいのですか、身共まで祝福してくださって」
聖鎧の青白い輝きも、まさに炎上というほどに噴き上がっている。
百年振りにその力が解放され、喜びで打ち震えているかのようだ。
「全力で来てください、シャーヒーン卿。ルフ・シャリフもそれを望んでおります」
「そうですな。身共にもわかります。この共鳴音、ルフ・シャリフが喜んでいるようですぞ」
聖鎧が振動し、かん高い音が出ている。
ザーミーンが歌っていると表現していた音だ。
通常の挙動ではない。
喜び。
シャーヒーンがそう表現したのが適切であろう。
「参りますぞ」
騎士の手に、巨大な刀が握られる。
シャーヒーンは、盾を持たない。
両手で重量のある刀を振り回す攻撃型の騎士である。
その刀を右横に構えると、前傾して突進の姿勢を取る。
わかりやすい攻撃の態勢だ。
「いつでも構いません」
ザーミーンの全身が、淡い光を放つ。
その表面に、鱗状の紋様が浮き上がる。
それを見たボルールは、あっと声を上げた。
「聖鱗……本物の女神の娘だったのね」
この加護は、守護者と呼ばれたザーミーンだけにしか与えられていない。
それだけ有名な加護でもある。
彼女は、伝説上の人物なのだ。
ぎゃりっと大地を蹴る音。
同時に、騎士が前に出る。
瞬間移動をしたかのような速度。
だが、斬撃は中空を斬る。
横に回り込む。
ザーミーンが、右手を掲げる。
その手に、黄金に輝く光の爪が宿っていた。