表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖鱗の守護者 〜失われた女神と受け継ぎし巫女〜  作者: 島津恭介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/34

第二十一話 抱擁

ザーミーン 守護者 上級神官 神殿聖衛隊

挿絵(By みてみん)

べバール 隻目 隻眼の狼隊隊長

挿絵(By みてみん)

キミヤー ティラーズ神殿長補佐 上級神官

挿絵(By みてみん)

ティグヘフ 笑う暗殺者 隻眼の狼隊傭兵

挿絵(By みてみん)

バーバク 勇敢なる獅子隊隊長

挿絵(By みてみん)

アーシエフ 勇敢なる獅子隊副隊長

挿絵(By みてみん)

オミード ティラーズ下級神官

挿絵(By みてみん)

ニザール 独角族 カーバーザルト砦守将

挿絵(By みてみん)

マージアール ティラーズ神殿副神殿長

挿絵(By みてみん)

フォルーハル 美しき静寂隊隊長

挿絵(By みてみん)

 両断されたニザールは、暫し動かなかった。


 背から大量の血が噴き出し、着地したザーミーンに降りかかる。

 その血の色は、気味が悪いほど黒かった。


光幕(パルデフ・ヌール)


 だが、淡い輝きがザーミーンを覆うと、血は弾かれて地面へと流れ落ちた。

 血が染み込んだ地面は、腐食したかのように黒く色が変わっていく。

 それを見て、ニザールは無念そうに口を開いた。


「最後まで油断しねえとは」


 そこで、ようやく力尽きたか。

 ゆっくりと身体が分かれ、大地へと崩れ落ちた。


 ザーミーンは、その死骸を見下ろしつぶやく。


「──闇と死の魔術を使うのはわかっていました。呪血(ラネートリ・カン)を受けるのはごめんじゃけん」


 戦場で呪血を受け、その後黒く腐食して死んでいった仲間を何人も見た。

 光の魔術を操るザーミーンだから無事だが、そうでなければ相討ちとなっていたであろう。

 独角族(ワヒドルクン)ニザール。

 カーバーザルト砦を任されるだけあって、危険な男であった。


「大丈夫ですか?」


 振り返ったザーミーンは、座り込んでいるアーシエフに手を差し伸べた。

 ニザールの絶え間ない斬撃に晒されていたアーシエフは、すでに精魂尽きている状態である。

 ザーミーンの手を取って立ち上がったアーシエフは、生まれたての仔鹿のように震える自分の足を情けなさそうに見た。


「──ありがとう、嬢ちゃん。助けられちまったようだね。まさか、あんたが来てくれるとは思っていなかったよ。莫迦な子だね……こんなどうしようもない男のために身体を張るなんてさ」

「どうしようもなくないですよ」


 ザーミーンは、ゆっくりと首を振った。

 そして、横たわるバーバクに視線を向ける。


「女神と王国のために戦って(たお)れたんです。神は、その魂を見捨てたりしません」

「──戦場で死んだ傭兵の魂なんて、見捨てて当たり前なんだよ。でも、あたしにはできなかった」


 勝てば死者の魂は神官の手によって女神のもとへ還される。

 だが、負ければ双角神に魂を奪われる。

 遺骸を見捨てられないその激しい愛情に、ザーミーンは深く歎息した。


「あんまり無茶はしないでくれよ嬢ちゃん。一応、おれはお前さんの護衛なんでな」


 全身蟲人(ハーシャレフ)の体液に塗れたティグヘフが近づいてくる。

 何人の蟲人を斬ったのか。

 凄絶な姿であるが、飄々とした態度はいつもと変わりない。


「副神殿長たちが到着しました。もう、おれたちは御役御免ってわけです」


 その後ろから、オミードも似たような惨状で現れる。

 二人で二十人以上は斬っているはずだ。

 だが二人とも、疲れた様子も見せなかった。


 戦場は、二人が言うように終着へと向かっていた。


 マージアール、べバール、フォルーハルの部隊が到着し、戦意を失った蟲人たちを蹂躙している。

 疲弊しきったバーバクの部下たちが、虚脱したような表情でそれを見守っていた。

 隊長を失った衝撃から、彼らはまだ立ち直っていなかった。


「すまないね、ティグヘフ、オミード。あんたらにも助けられた。神官長(カンパネザム)があんたらを編成に加えておいてくれてよかったよ」

「姐さんにそう言われちゃあ身体がこそばゆくなりますぜ。お互い様じゃあねえですか。気にしない、気にしない」


 こういうときには、ティグヘフの軽さの方が救われる。

 アーシエフから謝られても、ザーミーンにはなんて返せばいいかよくわからなかった。

 きっと、自分も謝ってしまうだろう。

 そして、お互い頭を下げ続けて、誰かが止めてくれるまで続いていたはずだ。


「──バーバク殿は、おれが運びます」


 筋肉が萎えてしまっているアーシエフを見て、オミードが申し出た。


「じゃあ、おれが姐さんに肩を貸しますぜ。勇者の帰還には、ちょっと恰好つかねえですけれどね」

「勇者なんて柄じゃないさ。でも、まあ、ありがとうよ、二人とも。いい男だよ、あんたら」

「不思議なことに、いつも女性の人気はこいつが持っていくんですよね。こんな怪しげな笑い男なのに不思議です」

「そりゃ、趣味が戦闘訓練の男なんて、話していてもつまらないからじゃねえか?」

「自分の命も賭け金にしちまうような賭博好きよりゃ、安心できると思うのになあ」


 二人の掛け合いに、思わずくすりと笑う。

 少女らしいザーミーンの笑顔を見て、アーシエフはちょっと救われたような表情になった。

 まだ年若いザーミーンの熟練した振る舞いに、どこか危うさを感じていたのかもしれない。

 この先ザーミーンには、否が応でも父のような英雄としての重責がのしかかってくるのだから。


 散発的に戦闘は継続していたが、すでに掃討戦へと移行していた。

 バーバクの遺体を抱えたオミードを先頭に、四人は戦場の中央を歩いて戻った。

 すでに神官たちが、転がる遺骸を集めてあちこちで導魂の儀式を行なっている。

 だが、マージアールとキミヤーの二人だけは儀式を行わず、広場の入り口で彼らを待っていた。


「副神殿長、すみません、バーバク殿を守れませんでした」


 オミードが、静かにバーバクを地面に下ろす。

 頭蓋から割られたバーバクの遺骸はひどい惨状であったが、マージアールは跪き、彼の腕をそっと組み合わせた。


「指揮官は小職です。この結果は、すべて小職の責任。遅くなって申し訳なかったです、アーシエフ」

「副神殿長のせいだなんて」


 ティグヘフの肩から離れると、アーシエフはよろけるように数歩前に出た。


「あたしもこの莫迦も思っちゃいないですよ。敵の数が予想以上に多かったのがわかったとき、あいつは下がるべきだったんです。でも、できなかった。あいつは、べバールに憧れていたから。いつも、その背中を追いかけていたから。だから、莫迦なんですよ、本当に。子供じゃないのにさ」


 アーシエフの目が潤む。

 それでも、彼女は涙を流さない。

 萎えた足で、懸命に立とうとしていた。


 それを見て、キミヤーが前に出る。


「アーシエフ」


 キミヤーは両手を広げると、よろけるアーシエフを抱き止め、包み込んだ。


「キミヤー、あたしはあんたに逆らった。あんたが、誰よりもつらい決断をしたのを知っていたのによ」

「そうよ。本当に。あなたが勝手な行動をしたせいで、わたしは女神と神官長を呪うところだったわ」


 言葉では非難しているが、アーシエフの背中を叩く手は温かく優しさがこもっていた。


「──でも、あなただけでも生きていてくれてよかったわ。もう二度と、あんな命令は出させないでちょうだい。わたしを、親友を見捨てる女にしないで」

「ごめん、ごめんよ、キミヤー」


 アーシエフの目から、涙がこぼれ始めた。

 こらえていた感情が、堰を切ったかのようにあふれ出してくる。

 夫を失った悲しみをようやく外に出すことができたアーシエフは、赤子のようにキミヤーの腕の中で泣きじゃくった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ