第十三話 遭遇戦
ザーミーン 守護者 上級神官 神殿聖衛隊
べバール 隻目 隻眼の狼隊隊長
キミヤー ティラーズ神殿長補佐 上級神官
ティグヘフ 笑う暗殺者 隻眼の狼隊傭兵
バーバク 勇敢なる獅子隊隊長
フォルーハル 美しき静寂隊隊長
マージアール ティラーズ副神殿長 上級神官
ボルール ティラーズ下級神官
アーシエフ 勇敢なる獅子隊副隊長
ボルナー 勇敢なる獅子隊傭兵
斥候が、十人くらいの蟲人の小集団を発見した。
当然、バーバクが殲滅を主張してくる。
マージアールも異存はなかったが、フォルーハルの部下たちを配置につかせるのに時間を求めた。
この哨戒部隊を、逃がすわけにはいかない。
相手に迎撃の準備をされたら、厄介なことになる。
斥候を敵の後方の退路に展開させるのに、暫し時間を要した。
今回ザーミーンたちは、マージアールたちと待機である。
副神殿長がいる場所が本陣であり、ザーミーンたちは本陣の直衛及び予備戦力であった。
「ボルール、かわいい顔がとんがってるぞ」
緊張しているボルールに、べバールが声をかけていた。
実戦を経験しているザーミーンは、さすがにこの段階になると身体がいくさに反応してくる。
だが、ボルールはまだ初陣であった。
実際に戦うわけではないが、この空気に耐えるのは慣れが必要である。
フォルーハル隊が配置についた報告が来たので、バーバクに始めろと使いを出す。
使いは、中級神官が務めるようだ。
下級神官では、まだ荷が重いのであろう。
先の様子は、本陣からでは見えなかった。
だが、蟲人の叫びが、切れ切れに聞こえてくる。
始まったのだろう。
副神殿長は、少し落ち着かないようであった。
総指揮は、初めてだったはずだ。
戦況がわからないこの位置にいていいのか。
そんなことを考えていそうだ。
だが、べバールとキミヤーは逆に落ち着いていた。
蟲人の十人くらい、バーバクの隊で十分だ。
そんな余裕があるように見える。
中級神官が、戻ってきた。
「お味方、優勢です。バーバク殿は隊を三つに分け、三方向から強襲。不意を打たれた敵は浮き足立ち、初めの接敵で陣形を崩されております」
「ならば、すぐに決着はつきそうですね」
勇猛なる獅子隊の突撃力は、かなり高いようだ。
その状況なら、潰走も遠くない。
「前に出ましょう」
「悪くねえな」
出番は、もうないはずだ。
それでも本陣を前進させるのは、いくさに不慣れな下級神官に実戦の光景を見せるためだろう。
「先頭はわしが行くぞ。最後尾はキミヤーに任せる」
「後ろは気にしないでいいわ」
べバールは、もう後ろを見ずに進み始める。
「行きなさい」
キミヤーに促され、ザーミーンやボルールもその後に続いた。
べバールは、小走りに駆けていく。
ザーミーンたちも、遅れじと足を速める。
喚声が大きくなり、戦況が飛び込んできた。
バーバクたちは、だいぶ押し込んでいた。
すでに二人を打ち倒しており、残る蟲人も半包囲されている。
蟲人の膂力は人間より強いが、数の優位で圧倒していた。
「やるな、バーバク。やつが相手をしているのが小隊長だろう。あれを倒せば崩れる」
べバールの言う通り、バーバクが相手取っている蟲人が一番強そうであった。
剣戟が颶風のように荒れ狂い、周囲の者を近づけさせない。
だが、押し込んでいるのは、バーバクだ。
蟲人は、刀で捌ききれず、外骨格で受けることが多くなってきている。
「キュキョー!」
「やかましいわ、蟻公!」
横薙ぎの斬撃が来る。。
上体を反らすことで回避したバーバクは、次の振り下ろしを横への回り込みでかわす。
そこで、一歩。
間合いに入ったバーバクは、一撃で蟲人の首を飛ばす。
「キョー!」
隊長を失った蟲人たちは、一気に崩れた。
我先に逃げ出そうとするところを、追撃したアーシエフが斬り伏せる。
「追え、殲滅しろ!」
バーバクを先頭に、逃げる蟲人の後を追う。
横の岩山から数本の矢が降り注ぎ、また一人蟲人が倒れる。
驚きで一瞬足が止まったところに、伏せていた斥候たちが身を起こした。
透明の体液が、雨のように噴出する。
どう、と首を失った蟲人が倒れる。
残る四人の蟲人も、前後を塞がれ逃げることもできず、とどめを刺された。
「どうだ、べバール! おれたちの力を見たか!」
バーバクが、わざわざ歩いてきてべバールに話しかける。
この人、本当はべバールのことを好きなんではないだろうか。
「しっかりと見たさ。幸い、まだ老眼にはなっていないんでね」
「ははは! そろそろ引退してもいい頃合いだろう。後は俺さまが引き継いでやるよ!」
「そうだな。そうしてもいいんだ。おまえさんが、自分で奥さんが目を三角にしているのに気づけるようになったらな」
ぽん、とべバールがバーバクの肩を叩く。
バーバクは、びくりと震え、後ろを振り返った。
隊員たちの怪我の有無を確認していたアーシエフが、バーバクの視線に気がつき、にっこりと笑う。
「油を売ってないで、さっさと副神殿長様に報告に行くんだよ! 死者なし、軽傷一名!」
「わ、わかった、わかった、すぐ行くよ!」
バーバクが、慌てて走っていく。
当初感じていたほど嫌な人でもないようだ。
声がでかいのと、すぐものを叩くのが問題だ。
それがなければ、もう少し好感度上がるだろうにと、ちょっと残念な気持ちになる。
「アーシエフ、軽傷者は誰?」
「ボルナーよ。ボルナー、こっちに来な」
キミヤーは、すぐに負傷者の確認をしている。
キミヤーとアーシエフ。
この二人の間には、深い信頼が感じられる。
ちょっとした言葉のやりとりで、すぐにわかった。
若い筋肉質の男だった。
たいした怪我ではないのを見て取ったキミヤーは、治療をボルールに指示する。
ボルールは傷口をアルコールで消毒すると、清潔な布で縛った。
「へへへ、ボルールちゃんに手当てされるなら怪我もいいもんだぜ」
「莫迦言ってんじゃないよ! 次そんなへましたら、羊の小便かけてやるからね!」
少女神官に手当てされてにやつくボルナーを、アーシエフがぽかりと殴る。
勘弁してくださいよ姉御、とボルナーがぼやいた。
「時間がありません。キミヤー君、あれで行きましょう」
副神殿長が早足でやってくる。
キミヤーは頷き、膝をつくと両手を大地にかざす。
両手から発した光が、大地を伝って蟲人の遺骸へと走る。
光は遺骸へと吸い込まれ、中に消える。
これは、魂の確保である。
儀式を行う時間がないため、略式で魂を遺骸にとどまらせたのだ。
帰りに儀式を行い、魂を女神のもとに送るのである。
「一度に十人も……さすがキミヤー様です」
治療を終えたボルールが、キミヤーの術を見て目を潤ませている。
ザーミーンも、同感であった。
四、五人くらいを一定の場所に集めて行うならザーミーンにもできる。
が、これだけ散らばった場所で死んでいる魂を十体も一度に確保するのは無理だ。
神殿長補佐になるだけのことはある。
「よろしい。ああ、ティグヘフ、いいところに。例の黒衣は見ていませんね?」
キミヤーの処置が終わると、マージアールは出発を指示しようとする。
そこに、敵の魔術師を警戒していたティグヘフが戻ってきた。
副神殿長が、すぐに敵の動向を確認する。
ティグヘフが、困ったように頭を掻いた。
「砦の入口にいやがるんですよ。ちょっと、回避するのは難しそうです」




