第十二話 山の行軍
ザーミーン 守護者 上級神官 神殿聖衛隊
べバール 隻目 隻眼の狼隊隊長
キミヤー ティラーズ神殿長補佐 上級神官
ティグヘフ 笑う暗殺者 隻眼の狼隊傭兵
バーバク 勇敢なる獅子隊隊長
フォルーハル 美しき静寂隊隊長
マージアール ティラーズ副神殿長 上級神官
ボルール ティラーズ下級神官
ビジャン ホルマガン神殿長
高原から、徐々に下っていく。
左右には、剥き出しの岩肌が連なる。
かつては木々が生い茂っていた山も、いまは丸裸だ。
乾燥した岩の上を、遅れないように歩く。
行軍の速度は、思ったよりも速い。
ティラーズを出撃して、二日目である。
フォルーハルの部隊二十名のうち、半数が斥候として先行している。
行軍の前列はバーバクの部隊が行き、後列に残りのフォルーハルの部隊が続く。
この後列は、荷物の運搬も担っていた。
最後尾を進むのが、マージアールと神官団、べバール、キミヤー、ザーミーンである。
ティグヘフだけは、フォルーハルの斥候と一緒に先行している。
ザーミーンの護衛として付けられたはずだったが、気にした様子はない。
べバール自身も、ザーミーンに護衛が必要とは思ってないはずだ。
こと戦闘においては、ザーミーンはこの中の誰よりも強い。
それは、紛れもない事実のはずである。
しかし、傭兵たちに比べると、平地の出身であるザーミーンは山岳地帯の歩き方に慣れていなかった。
行軍の訓練は積んでいるはずなのに、進軍が速く感じるのはそのせいであろう。
「急ごうとして前かがみになりすぎてるぞ」
焦るザーミーンに、べバールが助言する。
「逸っても上体は足裏と平行を保つんだ。そうすれば疲れにくい。山の歩き方の基本だ」
「──気づきませんでした」
「軍人ってのは、歩くのが仕事だ。傭兵でも、神官でも変わらない。見てみな」
べバールが、神官団を指し示す。
壮年の中級神官二人はともかく、ボルールら若い下級神官四人もしっかりとした歩き方になっていた。
高原で生活する者たちには、これが普通なのだ。
「──ボルールさんも、歩く訓練するんですか?」
「訓練なんて特別なもんじゃないわよ。小さい頃からここらへん歩き回っていたら、自然に覚えるわ!」
王都では、行軍は軍の調練だった。
ザーミーンも、よく歩かされたものだ。
長距離の移動には自信があったのだが、ここでは遅れがちになってしまう。
平地と山で、こんなに歩き方に違いがあるとは。
前を行くフォルーハルの部隊は、四千ダリル(約三十キログラム強)はありそうな荷物を背負って歩いている。
それでも、行軍の速度は先頭のバーバクの部隊と変わらない。
大男ではないが、歩く技術、荷物の持ち方、耐久力に優れているのだろう。
すごい人たちだと思う。
ティラーズに行くときは、べバールたちはそこまで速く歩かなかった。
あれは、ザーミーンに合わせてくれていたのだ。
だが、今回は自分に合わせてはくれない。
王都の軟弱者と侮られぬよう頑張らねば、決意を新たにする。
日が暮れる前に、野営となる。
火を使えないので、糧食は固いパンとチーズだ。
三日分の食糧と、寝るための毛布だけは各自で持参している。
それでも、水は神官が携帯型の泉から出すので、装備は軽くて済む。
「ザーミーンのお陰で、魔力の残量を気にしなくていいわね」
水を配りながら、キミヤーが笑った。
魔力が尽きれば、泉から水を出すことができない。
だから、長距離の移動は難しかったようだ。
馬に水袋を積んで移動するなど、工夫が必要だったのだ。
固いパンをかじりながら、水で流し込む。
量が少ないので、満腹にはならない。
だが、感覚を鋭敏にするためには、この方がよかった。
食事後は、早々に寝る。
朝は早いのだ。
寝るときは、毛布にくるまって横になるしかない。
だが、砂漠の夜は寒く、薄い毛布では暖は取れない。
ザーミーンが震えていると、キミヤーとボルールが寄り添ってきた。
三人で固まって寝ると、幾分暖かい。
安心して、目を閉じることができた。
時々斥候が戻ってくる。
マージアールに報告に来るのは、副隊長だ。
フォルーハルは、報告業務に向いていないのだろう。
報告によれば、黒翼族の哨戒は一日に三度。
それ以外にも、地上を蟲人が巡回しているようだ。
敵の巡回は、砦から一日以内の範囲しか行動していない。
それまでは、それほど警戒の必要はないだろう。
初めの三日間は、ザーミーンにとってはかなりつらいものであった。
夜になると疲れ果て、くたびれた布のように眠った。
だが、四日目以降は身体も慣れたか、それほど疲れなくなった。
少し痩せ、目だけが強く光るようになってくる。
研ぎ澄まされていくような感覚。
それを見て、べバールがにやりと笑った。
「それでいいんだよ」
ザーミーンの頬が緩む。
父に認められたときのように嬉しかった。
べバールの経験は、本物だ。
この人に認められたい。
キミヤーもそうだが、べバールに対してもそう思う。
(あれ……?)
べバールが近くにいたことで、ザーミーンはささいな違和感を抱いた。
いつも彼が傍にいると漂う臭い。
感覚が鋭くなっているのに、べバールから煙草の臭いがしない。
不思議そうに鼻を鳴らすザーミーン。
べバールは、照れくさそうに頭を掻いた。
「蟲人は、人間より鼻が利くんだよ。奇襲にはご法度だ。出陣が決まったときから、吸ってないのさ」
「ええっ、あんなにお好きのようでしたのに」
「なに、煙草吸いには、最高の一服ってやつがあるのさ。いまは、そのための仕込みなんだよ」
「そのまま止めてもいいのよ、べバール」
キミヤーは、べバールの喫煙をあまり好んではいない。
健康に悪いと思っているようだ。
だが、べバールはこの年齢じゃあ今さらだと取り合わない。
ザーミーンは、キミヤーが老傭兵のことを本当に心配しているのがよくわかった。
ティグヘフが戻ってきたのは、五日目のことである。
強行軍で偵察に出ていたせいか、疲労が激しかった。
水もそんなに持ってはいかなかったせいか、唇もひび割れている。
キミヤーが差し出した水を、奪うように飲もうとした。
「ゆっくりとよ。一気に飲んでは駄目よ」
「分かっていますぜ、お嬢」
ゆっくりと、口に湿らせるように水を飲む。
ほうっと大きくティグヘフが息を吐いた。
急いで来たのは、それだけ重要な情報を手に入れたのか。
「隊長、蟲人に混ざって、おかしな人間がいやがるんですよ。黒い麻の服を着たやつらで、両刃の長剣を持ってました」
「──王都の生き残りじゃあないな。セパーハーンじゃ絹か綿の服が主流だし、片刃の刀を持っているだろう」
「ええ。連中、西方の自由都市から来たんじゃないかと。ホルマガンのビジャンから、聞いたことがあるんですよ」
「──あっちも、帝国の侵攻を受けていたはずだよな」
「落ちている都市も、あったはずです。降伏して、帝国に協力しているんじゃないかと」
人間に、敵に協力する者がいる。
それは、異形に抵抗する者たちの士気を落とすことになるだろう。
べバールは、この情報の危険さを悟った。
だが、報告しないわけにもいかない。
「それだけじゃないんです。連中、ザーミーンを探してました。あれは、魔術師です。預言者の手じゃないかと」




