第9話 食堂の六姉さん
「てい! てい! えいや!」
「もっと相手のガードを崩すイメージで戦え。実際には反撃が飛んでくるぞ」
「は、はい!」
今日のトレーニングはミット打ち。
Z1とタイガーさんが協力してくれて戦闘員F(藤原)とM(前沼)がそれぞれミット打ちをやっている。
学校である程度やっていたからかスパンスパンといい音を2人は鳴らす。
対して戦闘員Aは攻撃する時に腰が引けてしまいパンチやキックに力が入ってない。
これじゃあ幾ら攻撃してもダメージが入らないだろう。
「もっと勢いよく! 相手を傷つけるイメージで」
「は、はい!」
怪人への適性が高くても相手を攻撃出来ないんじゃ宝の持ち腐れ……殺人に慣れろ……とまではいかないが、ある程度覚悟させないと駄目だろう。
「戦闘員A、前に前に押し込め」
「はい!」
「あの! Z1さん」
「ん? どうした?」
「Kさんってブラックカンパニーの戦闘員の中でどれぐらいの強さなんっすか?」
「怪人含めて1番強いよ」
「え? 怪人含めてっすか?」
「そう異常な強さ……前にA級ヒーロー3人と戦って勝ってるくらいには強いよ」
僕の認識を改めないといけない……最初はブラックカンパニーの戦闘員が異常に強いのかと思ったが、今日のミット打ちをやってる感じ、Z1さんにKさんのような異常な殺気や覇気みたいなのは感じ取れなかった。
ミット打ちだから制限しているのかとも思ったが、そうでは無いらしい。
「この会社の殆どの人が長生き出来ているのはKさんのお陰なところが多いし、戦闘員の殆どがKさんに現場で教育を受けているから、悪口とかは言わない方が良いよ」
「き、気をつけるっす!」
おそらく前沼ちゃんと愚痴言っていたのが聞かれたっぽい。
怪人に教わりたかったって言う愚痴を……。
今の話が本当だとしたら、社長の若さんは僕達にブラックカンパニーの最高戦力を師として充てていることになる。
会社の将来的な利益の為に、今の利益減少に目を瞑ったとも言える。
「しっしっ!」
「よし、いいパンチだ。蹴りの精度も良いよ」
ただ僕には目の前のZ1さんも現場からの叩き上げの戦闘員とは言え、学校の教師をやっていた一部の怪人より強く感じるんだが……どうなんだろうか。
スパン
蹴りがZ1さんのミットにぶつかり、音が響く。
僕の中で素早く顔に当てるイメージで放ったのに簡単に止められてしまう。
それだけ実力差があるって事である。
「何を悩んでいるんだい?」
「え?」
「攻撃に迷いがあるよ。俺で良かったら聞くけど」
「学校を卒業して即戦力を期待されていると思ったのに、蓋を開けてみれば訓練ばっかりで……しかも自分が思ったよりも弱いんじゃないかって思ってしまって……ちょっとナーバスになってるっすかね」
「うーん、でも基礎訓練出来るって凄い恵まれているんだよ。普通の戦闘員は現場で仕事出来なかったら速攻切り捨てられるから……強さだけなら今ミット打ちを出来ている時点で同じ頃の戦闘員より十分強いから自信を持って!」
「Z1さんは入社2週間頃ってどうしてたっすか?」
「どうしてた……生き残ることに必死だった……かな。その頃のブラックカンパニーはちょうど博士が加入したばっかりで、設備投資にお金がかかると色々無理をしていた時期でね。身の丈に合わない仕事もガンガン引き受けて、Kさんが一番酷使されていたよ。弱い俺達新米に一般人の捕獲だったり、脱出経路の確保、金庫の破壊なんかを任せて、Kさんがヒーロー相手に殿役をいつもやっていてね……」
そんな話を聞くと、訓練出来ているだけマシに聞こえてくる。
何でもZ1さんの最初の仕事はだいぶ難易度の高い銀行強盗に駆り出されたらしいからだ。
学校で新米戦闘員にやらせる事は闇バイトと同じくらいの難易度って聞いていたので、難しくてもコンビニ強盗くらいなところをいきなり銀行強盗は無茶としか言いようが無いが……それを成功させて生き残っているだけ凄いと思う。
「辛い時期もあったけど給料はその分払ってくれるし、社員食堂とか大浴場もあるし、福利厚生に若が金を使ってくれるから働き甲斐はあると思う。それに3人は怪人になれる素養が高いんだから頑張って早く怪人になって会社をもっと大きくしようよ」
「はいっす!」
「あー、明日ちょっと若から俺に対して指名の依頼が来たからZ1にメニュー見てもらってくれ」
「「「はい」」っす」
ある日Kさんに指定依頼が来たから訓練監督をZ1さんに任せると言って翌日別行動になった。
訓練メニューを見たZ1さんは
「何で毎日トライアスロンさせられてるのお前ら……Kさん怒らせた?」
と言われた。
どうやらやらされているメニューがやっぱり普通じゃ無かったらしい。
毎日ぶっ倒れるまでやらされると言うと
「そりゃ倒れるわな」
と真っ当な事を言われた。
「やっぱりあのおじさん普通のトレーニングじゃないじゃない!」
「そうっす! 僕達を虐めたいんすよ!」
「ま、まぁ、Kさんの事だから何か目的があると思うけど……戦闘員Aとかこれできてるの?」
Z1さんが聞くとAは首を横に振る。
「3分の2でギブアップしてる」
「逆に3分の2は出来るのかよ……すげぇな……若者の人間離れってやつか?」
「Z1さんは普段どんなトレーニングしてるっすか?」
「俺? ジョギングとサイクリング1時間、あとマシーンで汗流して2時間くらいか? 仕事あるから過度な追い込みしてパフォーマンスが悪くなる方が皆に迷惑がかかるからな」
「良いなぁ〜良いなぁ〜! 私もそれくらいが良い! 今日はそれくらいにしようよ〜」
「駄目、Kさんに言われている以上、このメニューをやってもらいますよ」
「「ブーブー」っす!」
「わ、わかりました……」
「一番小さい戦闘員Aが頑張るのにお姉さん達が音を上げてるってKさんに報告しないとなぁ……多分精魂叩き直すって言って戦闘訓練かも」
「わかったっす! やるっす!」
「さぁ今日も張り切っていくわよ!」
夕方、疲労感と全身の筋肉が悲鳴を上げて、傘を杖代わりにして歩いて社宅に戻り、食堂で3人でぐでっとしていた。
「はい、今日のメニューは鶏肉のレモン醤油焼きにポテトサラダにエビフライ。メインのおかわりは1回まで、ご飯とお味噌汁とポテトサラダは何回でもおかわり大丈夫だからね!」
食堂を切り盛りしている怪人六ノ手お姉さん。
愛称は六姉さん。
元一般戦闘員から怪人になった叩き上げの人だが、初期の怪人で戦闘力がそこまで上がらなかった事や、若が福利厚生に力を入れた結果、社員食堂の料理長を任されていた。
食堂では60人近くの社員の飯を賄うために奴隷5人と共に切り盛りしている。
飯は美味いのだが、メニューが日替わり定食しか無いので、好きな物を食べたい時は事前に今日は食べない事を言っておかないといけない。
僕達は借りた5万円はあるけどタオルだったり生活雑貨を買ったら結構なくなってしまったので、給料が出るまで甘い物が食べたいが我慢していた。
「あー、K先輩の行った現場じゃん」
「うわぁ修羅場じゃねぇか」
他の人達がテレビを見てKさんの事を言っていたので、テレビの方を注目すると
『本日14時頃、ヒーロー事務所クラフトマーケットに怪人達が襲撃を仕掛けました。クラフトマーケットはヒーロー6名が死亡、25名が重軽傷を負い、襲撃した犯人達は主犯を含む60名が逮捕、15名が現在も逃走をしているとの報告が入っています』
「おじさん捕まったんじゃないのこれ?」
「あわわKさん……」
すると食堂の扉が開き、Kさんが何事もなかったかのように入ってきた。
「六! 飯頼むわ」
「はいはーい、なんかテレビで凄いことになってるわよKさん」
「あ~そんなんでもねぇよ。作戦失敗した時点で逃走優先に切り替えた。仲の良い連中は皆逃がしたから大丈夫だ」
どっこいしょとKさんが僕達の横に座る。
「おじさん無事だったの〜残念」
「何が残念だクソガキ、あの程度で逃げれない方が問題だわ……それに俺怪人じゃねぇから顔割れねぇし」
「確かにKさんの強さなら大丈夫とは思ったけど……」
「うんうん」
すると他の人達も僕達の机に集まりだして
「Kさんヒーローどうだった? 強かったか?」
「ほどほどにな……というか味方が雑魚だった。完全にハズレ引いたわ。付き合いで参加したがボニートさんを守って欲しいってペココ総帥からの依頼じゃ無ければ行ってねーよ。あんな糞依頼」
「あー、ペココ総帥からの依頼だったんだ」
「てっきり政治家の親父かと思ってたっすわ」
「政治家の親父はこんな糞依頼回すわけね〜だろ」
ヒーロー会社襲撃に参加して普通に帰って来るKさんだった。