第112話 逃げ出す人々
『ねぇレグレス……私が解雇になったらレグレスの会社で雇用してくれない?』
ある日、闇市場の巨大スーパーで働いているブラック2から連絡が来た。
話を聞くと、働いている会社の業績が急速に悪化しており、大規模なリストラをしなければ会社を維持する事が出来なくなったらしい。
原因は日本内戦による各製造企業がダメージを受けて、商品の仕入れが困難になったこと、日本企業全体の購買力の低下、日本円の価値の暴落……色々な理由がある。
日本各地の表に拠点を持っていた企業は内戦に巻き込まれ、闇市場に拠点を持つ企業も弱体化著しい。
勢いがあるネオジャパンは自前で戦力を用意できるようになった為に高値になっている戦闘員の購入は縮小……私が学んでいた学校も内戦の影響で解散の危機に陥っているらしい。
ブラック2もこのまま会社に従って転職した場合大和連合に参加することになる。
安全第一で動いていたブラック2にとって考える限り最悪なシナリオである。
「人事権を握っている幹部の人に聞いてみるよ」
『お願い。出来れば私以外にも部下達も雇えるなら雇って欲しいんだけど……』
「たぶん大丈夫だから落ち着いて、とりあえずブラック2や部下達のデータを送って。場合によっては私がブラック2の働いている会社にお金払って引き抜くから」
『本当に助かる!』
前までクールに立ち振る舞っていたブラック2であるが、相当必死というのが伝わってくる。
しかも相当会社に余力が無いのかブラック2は2年で怪人にさせてもらえる契約のはずなのにそれを反故されている。
電話を切ったら、直ぐにデータファイルが送られてきて、私はプリンターで資料を纏めていく。
「うわ、部下の子達も私よりも良い学校だったり成績優秀な子ばかりじゃん……怪人適性率も皆100%超えているし……そんな子がブラック2含めて20人も……直ぐにおじさんに聞かないと」
私は書類を纏めて、Kおじさんに連絡をし、書類を見てもらった。
「今の状況下でより良い条件を得ようともがく姿勢も良いし、ブラックカンパニーが戦火に巻き込まれてないことを知っているのも良い。営業だったから他国の工場との伝手もある……レグレスの友人は凄い優秀みたいだな」
「私や超よりも成績良かったからね……学年で常に10位に入っていたし」
「ふーん……採用だ。引き抜く会社には俺から一言言っておく。ポケットマネーで引き抜きに必要な金も支払おう」
「太っ腹じゃんおじさん」
「幹部になれる人材は得難い。新しい戦闘員が凄く増えたし、人造人間は怪人の方向性を調整した量産型の怪人になる予定だし、指揮官となれる怪人候補は今のブラックカンパニーに欲しいからな」
「人造人間……顔の形は違うけど皆サイキックエネルギーを使って機械を動かすんだっけ?」
「そうだ。似たような性質の怪人が量産されるだろうな。まぁ初期ロットが完成するのは2ヶ月後だ……しかしこれほどの企業がリストラをするということは戦後の日本は悪の組織が生きづらい環境になるかもしれんな」
レグレスとの会話を終えた俺は悪徳先生に特殊回線の電話で連絡をする。
『K君か』
「いきなりの電話失礼しました。悪徳先生、大丈夫でしょうか」
『大丈夫か大丈夫じゃないかと言えば大丈夫ではないな。内戦の影響で戦時内閣になったが、外務大臣は貧乏くじを引かされた……海外に支援を要望して支援を得ているが、どんどん日本の持っていた海外利権や特許技術を切り売りする日々が続いているよ……まったく理性の無い大和連合のせいで国家がめちゃくちゃだし、私の持っていた財産も大幅に減る事になった』
「御愁傷様です」
『K君は無事に樺太に基地機能を移転出来たのか?』
「ええ、南樺太も占領し、住民も殆ど捕獲することに成功しまして……今のブラックカンパニーは戦力が5万を超える企業になっていますよ」
『そう聞いても少ないと思ってしまうよ。大和連合は800万、中部地方の悪の組織は400万、東北も200万の戦闘員を保有する悪の組織と戦闘中だよ』
「今の日本の戦力ってどうなっているのです?」
『国家総動員法が可決され、自衛隊……いや日本軍が100万人、ヒーローが1000万人、武装警察が20万人という感じだな。数の上では劣勢だが、戦力の集中投入と兵器の質で押し返している。悪の組織が支配した土地は根こそぎ資材や人材を引っこ抜かれ焼き畑農業をしているかの様だ……最終的に国の人口は半減してしまうだろうな』
「うわ……日本という国の価値がほぼ無くなるじゃないですか」
『恐らく勝ち組はネオジャパンだけだろうな……私から見ても上手く立ち回っているよ……発展途上国の殆どがネオジャパンから得られる技術や資源、海運力で国家承認をしてしまったからな。ブラックカンパニーも国家になるのか?』
「悪徳先生から見たらどう思います? 樺太に新国家……」
『正直魅力的に思うぞ。特に今の政府側を支援すれば、戦後に凄まじい影響力を得られると思うが……』
「……なるほど、その手がありましたか」
『なんだ考えてなかったのか?』
「ええ、正直漁夫の利で北海道侵攻を考えていたくらいで」
『やめておけ。だったらロシアが混乱している状態であるから、巨大な緩衝国家として誕生してしまった方が良いぞ』
「でも国家運営出来るような人材は居ませんよ」
『裏に繋がっていた人材で良ければ出せるぞ。今裏で繋がっていた人物達の魔女狩りみたいなのが起こっているから国内から脱出したい人員が多いからな』
「悪徳先生に任せて良いですか? なんなら悪徳先生を大統領にしたいくらいですが」
『まぁそれは追々な。Kもいかに勝ち馬に乗るかを考えておいた方が良いぞ』
日本内戦は東アジア地域での軍事バランスが大きく変化したことを意味し、海外諸国は表も裏も日本の富を簒奪する動きが活性化していた。
日本に友好的だった東南アジアの国々は日本の代わりに韓国に庇護を求めるようになり、韓国では史上最高のヒーローと呼ばれる首相だった男がいよいよ大統領となり、ヒーロー出身者が初の国家元首となった。
韓国では長期的な視野でヒーローを育てる環境が育っており、日本の人造ヒーローに比べてA級からS級ヒーローの質はアジア各国に比べて突出していた。
大統領は日本の政府を助けるために出兵計画をしていたが、アメリカが制止したために失敗し、アメリカはアメリカで日本の様な内戦が起きない様にスーパーヒーローの育成に注力しながら、悪の組織を飼い慣らす方針を打ち出していた。
悪の組織を企業の私兵と認めたのである。
怪人になれば今まで人権が無視されていたが、政府の指示に従うのであれば怪人でも人権とアメリカ国民として保障すると打ち出し、飴と鞭の政策を行い、政府に靡いた悪の組織と政府と敵対する悪の組織に二分して争わせて互いに勢力を削るという賢いやり方が採られた。
一方で南米各国には日本から逃げてきた悪の組織が亡命企業を打ち立て、日本へ帰還するための力を蓄えたり、現地の悪の組織と合併して新組織が誕生したりもしていた。
シベリアのロシアでは色々な企業が流入し、小国家の様な企業が乱立。
独立宣言はしていないものの、独自の法律を作ったり、中世の貴族社会の様な場所が復活したりとカオスになっている。
世界は新しいステージへと移行しようとしていた。