第10話 戦闘員Z1改めウルフマン!
今日はZ1が怪人化薬を飲み、怪人になる日である。
どんな怪人になるか本人の資質に左右されるため分からないため、戦闘員が怪人になる日はどんな怪人が誕生するかと怪人の名前をどうするか考える事がブラックカンパニーでは決められていた。
「よっしゃぁ! じゃあ皆さん怪人になってきますわ!」
「頑張れよ」
「強い怪人になってくれー」
色々な野次が飛ぶ。
博士と一緒に研究室に入り、手術台で全身拘束されて薬を飲まされるなのだろう。
俺も受けたなぁと思いながらも3回目になると拘束も何も無く普通に飲ませられたけどな……と過去のことを思い出す。
「皆盛り上がってるわね〜」
「M(前沼)の言う通り、盛り上がってるっすね」
「皆楽しそう」
「怪人になるって新しい上司が誕生するって感じだからな。戦闘員からしたら……強い上司なら頼りになるし、そうでないなら戦闘職から外されて事務員になる可能性もある。まぁZ1の気質的に大丈夫だとは思うがな」
待つこと5分、博士が無事に怪人化に成功したと話すと更に職員達は盛り上がる。
そして扉から現れたのは狼の様な顔をした灰色の人狼だった。
「人狼だ!」
「かっけぇ!」
「名前だ! 名前どうする!」
「はいはい、皆名前の投票ね」
バニーさんが投票箱を持ってきて皆紙に新しい名前を書き込んでいく。
それから5枚引いたZ1はその中から新しい名前を選ぶ。
「ウルフマン! 俺はこれからウルフマンだ! アォーン!」
皆拍手をして新しい怪人の誕生を祝した。
「よかったじゃねぇかZ1……いや、ウルフマン」
「Kさん! 俺やりました! どれだけ強くなったか戦闘訓練室で試していいっすか! Kさんにどれだけ近づけたか試したいです!」
「あぁ、良いぞ。皆も移動しようぜ」
というわけでぞろぞろと皆戦闘訓練室に移動する。
戦闘訓練室のスイッチを若(社長)が押して、訓練モードが起動する。
入口近くの位置から皆が眺めるのだった。
「タイガーさん、タイガーさん!」
「なんだ戦闘員M」
「おじさんって本当に怪人より強いの?」
「おじさんって戦闘員Kのことか?」
「そうそう」
「俺は勝てた事が無い……ここに居る怪人連中もKには勝てないよな」
ウンウンと周りに居た怪人の先輩達も頷いている。
私はあの冴えない男が強いとわかっていても疑ってしまう。
「Kは普段相手に警戒心を抱かせないように振る舞ってるってのもある。来るぞ」
タイガーさんがそう言うと空気が一気に重くなった。
プレッシャー……覇気……30メートル近く離れているこの場所でもおじさん(K)が放つ気迫に圧倒される。
「お! 成長したなウルフマンの奴、Kのプレッシャーをまともに受けて戦う気に満ちているじゃねぇか」
「ありゃ大丈夫そうだな。戦闘職を任せられる」
タイガーさんの横に居た複眼の先輩怪人がそう言う。
「あの〜名前伺っても?」
「あ? 俺か? 自己紹介してなかったな。俺はテレキマン……念力を英語にするとテレキネシスって言うだろ。俺の複数ある瞳1つに付き対象物を念力で動かしたり攻撃したりすることが出来る……って始まったぞ」
テレキさんが自己紹介をしている間に、ウルフさんが地面を蹴って一気にKおじさんに近づいた。
Kおじさんは突っ込んできたウルフさんに向かって左手を前に突き出し、腰を落とした構えを取ると、一気に右手を前に突き出した。
ブワッと突風が吹く。
何気ない拳圧だけで突風を起こして、突っ込んできたウルフさんの勢いを削ぐ。
「危ない!」
私が叫んだと同時にウルフさんの左側に移動したKおじさんが裏拳を炸裂させる。
ドン! ゴロゴロ
ウルフさんが吹き飛ばされて壁に激突し、地面に転がる。
「上手い!」
「え?」
タイガーさんはいきなり上手いと叫んだ。
私がきょとんとしていると理由を語ってくれた。
「ウルフが攻撃される瞬間に腕でガードしつつ、斜め後ろに飛んで勢いを殺した。見た目は派手だが、ウルフはそれほどダメージは入ってないハズだ」
「Kの奴実力に合わせて手を抜いてやがるな。それでも十分強いけど」
タイガーさんの後にテレキさんがKおじさんにも一言触れる。
これで本気じゃないとかどんだけ強いんだよ……と私は少し引く。
「アォーン!」
ウルフさんが遠吠えをすると自身の影から黒い狼が複数匹現れ、ウルフさんがKおじさんを指差すと、黒い狼達は一斉にKおじさんに攻撃を開始した。
「おいおい異能使えるのかよウルフの奴……」
「これでB級以上の怪人確定か。投入できる仕事が増えそうだ」
タイガーさんとテレキさんが言っているが、黒い狼5匹がKおじさんに飛びかかると、Kおじさんは一瞬で狼達を消し去った。
「え? 見えなかった……」
「居合拳……居合の如く拳を振るうことでとんでもないスピードで攻撃することの出来るKの技だ。今の一瞬で1匹に対して3発……合計15発の拳を叩き込んでいる」
「そんな!」
ただ狼達が攻撃している間にウルフさんが消える。
「ウルフの奴が居なくなってる!」
「ワープ……いや、あいつ影に溶け込めるんだ!」
狼の1匹の影に隠れていたウルフさんは狼が消える前にKおじさんの影に隠れて、Kおじさんがウルフさんを見失った瞬間に背後から奇襲を仕掛けた。
ドゴン!
ウルフさんが吹き飛んで、血を噴き出して倒れ込む。
Kおじさんは一瞬のうちに回し蹴りを叩き込んだらしい。
「おいおい、Kが足を使ったぞ」
タイガーさんやテレキさんはKさんが足を使った事に驚いていた。
「足普段使わないの?」
「Kは拳よりも足の方が圧倒的に威力の高い攻撃をする。しかも足を腕のように扱うことも出来るくらい可動域や器用さを持っている。普通腕の3倍の攻撃が足からは出来ると言われているが、Kの足技は3倍どころでは済まない……5倍……いや、10倍に匹敵する」
「それに対して原型を守っているだけでウルフの奴はA級の実力を持っていることになる……いやぁ大当たりだ。今回の怪人化は!」
改めてKおじさんの強さを再認識するとともに、ボコボコにやられていたウルフさんがA級怪人の強さがあると言われたことにKおじさんが怪人の物差しになれることにも驚いた。
ウルフさんは1分間は動かなかったが、再生が始まるとケロッとしていて
「いやぁ、やっぱりKさんには敵わないなぁ」
と言っていた。
社長の若はウルフさんの肩を叩いて
「もう少し経験積んだら班長やらせるからよろしく」
と言っていた。
するとウルフさんは飛び跳ねて大喜びしていたので班長が何かよくわからないが、良いことなのだろう。
その日はそのままウルフさんの怪人化祝いの席が食堂で始まり、ウルフさんにケーキが振る舞われ、普通にお酒が出てきてビックリするのだった。
「うぃーっひっく! おしゃけ美味しい〜」
「あはは! M酔っ払い過ぎっすよ!」
戦闘員Aが酔い潰れたFとMを介護しているのを見て居た堪れなくなった俺がAの手伝いに入った。
「馬鹿2人、何飲んだんだよ……うわ、焼酎じゃねぇか。しかも25度以上の結構強い奴……あーあ、顔を真っ赤にしちゃってさぁ……Aは飲んでないのか?」
「飲んだ。美味しかった」
「すげぇ肝臓してるな。酒に滅茶苦茶強い感じか……」
「強すぎて麻酔の効きが悪くて虫歯になった時に痛かった」
「あー、そりゃどんまいだわ。こいつらの部屋に運ぶからA、部屋に案内してくれ」
「はーい」
俺は酔い潰れた2人を丸太を持つように抱えると、2人を部屋まで運んだ。
「馬鹿2人、鍵開けられるか?」
「かぎ〜? なんでしゅかそれ〜」
「あはは! わっかんねぇっす!」
「駄目だこりゃ……A、お前の部屋に転がしておいてくれねぇか」
「うん……わかった」
Aが部屋の鍵を開ける。
一般戦闘員と同じ部屋の作りで1LDKの縦に長い部屋だ。
まだ金が無いからか人形が幾つか転がってるくらいで、備え付けのテーブルと椅子があるだけの質素な部屋だった。
「もうすぐ給料が入るからテレビ買うか?」
「スマホが欲しい」
「現代っ子だな……スマホか……わかった。普通の店で契約はできねぇから裏のスマホになるが良いよな」
「うん!」
「じゃあこの馬鹿2人頼むわ」
こうして戦闘員から怪人になる過程やウルフマンの怪人化祝いをしたのだった。
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用語解説
·怪人化薬
人体を異型に変えてその人物が持つ資質を増幅させる薬。
超人化薬はあくまで人間のままで超人になることを目的に作られているのに対して、怪人化薬は人間を辞める薬。
怪人化薬は薬の質も作り出す怪人の質に直結し、裏社会に流れている市販の怪人化薬だとどんなに怪人の才能に恵まれていても、一定以上の怪人には成れない。
質の悪い怪人化薬だと怪人に慣れずに死亡する例もあったりするので、悪の技術者達はまず質の良い怪人化薬を作れるかどうかで組織からスカウトされるかに関わってくる。