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ルークの犠牲とエマの決意

序章: 突発性出血死と記憶のフラッシュバック**


ギルドの本部、薄暗い資料室に一人の男が座っていた。ルークという名のその男は、長時間のデスクワークで疲れた目をこすりながら、ログに書かれた冒険者たちの死亡ログを丹念に読み進めていた。彼の仕事は、これらのログを分析し、冒険者たちの安全を確保するための対策を立てることだった。


ルークは眉をひそめた。ここ数日、彼の目に異常な死因が映っていた。「突発性出血死」。この言葉が、彼の心に不安な影を落としていた。


「また出たか...」ルークは小さくつぶやいた。彼は巻物を開き、過去一ヶ月の死亡ログをフィルタリングした。結果は彼の予想を上回るものだった。20件以上の「突発性出血死」が報告されていたのだ。何かが記憶に引っかかる。


ルークは椅子に深く腰を沈め、天井を見上げた。そして、彼の心の奥底に封印されていた記憶が、まるで堰を切ったかのように溢れ出した。


それはゲームのことだった。ルークは当時、「勇者パーティー」と呼ばれる精鋭冒険者グループの一員として、魔王城攻略に挑んでいた。彼らは何週間もの間、魔王城の中を探索し、最上階を目指していた。


その日、パーティーのメンバーの一人、ジェイクが突然倒れた。最初は単なる疲労だと思われたが、彼の状態は急速に悪化した。全身から血を噴き出し、苦しみもがく姿は、今でもルークの脳裏に焼き付いている。


「ジェイク!しっかりしろ!」ルークは必死に叫んだが、ジェイクの命は瞬く間に消えていった。その後、パーティーは撤退を余儀なくされ、魔王城攻略は失敗に終わった。


あの時の恐怖と無力感が、今再びルークの心を襲った。彼は深いため息をつき、巻物に向き直った。


「これは...まさか...」


ルークは急いで巻物を開き、死亡した冒険者たちの行動履歴を調べ始めた。そして、彼の予感は的中した。死亡した冒険者たちは全員、直前に魔王城を訪れていたのだ。


「やはりそうか...」ルークは椅子から立ち上がり、窓の外を見た。遠くに聳える魔王城の姿が、夕暮れの空に浮かんでいた。「魔王城に何かがある。何か...致命的なものが」記憶の海を探す。ルークが出来る方法を考える。


ルークの脳裏に、ある可能性が浮かんだ。魔王城に潜むウイルス。それは目に見えず、音もなく、しかし確実に命を奪う恐ろしい存在。もしかしたら、ジェイクの死も、そして今回の一連の死亡も、全てこのウイルスによるものではないか。


ルークは拳を握りしめた。彼の心に、ある決意が芽生え始めていた。


「俺が...俺がなんとかしなければ」


その瞬間、ドアが開き、明るい声が響いた。


「ルーク、まだ仕事してるの?もう夜よ。少し休憩しない?」


声の主は、ルークの仕事の同僚であり、ギルドのヒーラーでもあるエマだった。彼女は優しい笑顔を浮かべ、ルークに近づいてきた。


「あ、エマか。ごめん、ちょっと気になることがあって...」ルークは慌ててを書類を片付けた。エマに心配をかけたくなかった。


「もう、また無理してるんでしょ。たまには息抜きも大事よ」エマは軽く肩をすくめた。「ねえ、明日の夜、みんなで食事に行くんだけど、ルークも来る?」


ルークは一瞬躊躇した。彼の心は既に、魔王城へと向かっていた。しかし、エマの優しい笑顔を見ると、彼は自然と頷いていた。


「ああ、行くよ。楽しみにしてる」


エマは満足そうに微笑んだ。「よかった。じゃあ、明日ね。おやすみ、ルーク」


「ああ、おやすみ」


ドアが閉まり、エマの足音が遠ざかっていく。ルークは再びため息をつき、窓の外を見た。魔王城の影が、夜の闇に溶け込んでいくのが見えた。


「すまない、エマ...」ルークは小さくつぶやいた。「約束は守れそうにない」


その夜、ルークは眠れなかった。彼の脳裏には、ジェイクの最期の姿と、今も魔王城に向かっているかもしれない無数の冒険者たちの姿が交錯していた。彼は決意を固めた。自分がこの危機を止めなければならない。たとえ、それが自分の命と引き換えになったとしても。


翌朝早く、ルークはギルドを去った。彼は誰にも告げず、ただ一通の手紙をデスクに残しただけだった。


「すまない、みんな。俺にしかできないことがあるんだ。」


そして、ルークの孤独な戦いが始まった。


**第二章: 単独作戦の決行**


朝日が地平線から顔を覗かせる頃、ルークは既にギルドから遠く離れていた。彼の背中には、長旅に必要な装備が詰まったリュックサックが揺れている。手には、魔法使いの杖を握りしめていた。


ルークの目的地は明確だった。魔王城。そこで彼は、極大魔法「メテオストライク」を発動し、城もろとも致命的なウイルスを焼き払うつもりだった。しかし、それは自殺行為に等しかった。


「これしかない...」ルークは歩みを進めながら、自分に言い聞かせた。「他の方法では、もっと多くの命が失われる」


魔王城までの道のりは険しかった。深い森を抜け、荒れ狂う川を渡り、凍てつく山々を越えなければならない。ルークは一人で全てを乗り越えようとしたが、やがて彼は自分の限界を感じ始めた。


そんな時、彼は一組の冒険者パーティーと出会った。彼らもまた、魔王城を目指していたのだ。


「おい、そこの兄ちゃん!一緒に行かないか?」


声をかけてきたのは、筋骨隆々とした戦士のマックスだった。彼の隣には、しなやかな体つきの弓使いのリサ、そして物静かな魔法使いのトムがいた。


ルークは一瞬躊躇した。他人を巻き込みたくなかった。しかし、彼らの真摯な目を見て、ルークは考えを改めた。少なくとも、魔王城までは彼らと行動を共にしよう。そう決意したのだ。


「ああ、よろしく頼む」ルークは微笑んで答えた。


旅の道中、ルークは彼らと多くの会話を交わした。マックスの豪快な笑い声、リサの優しい気遣い、トムの深い洞察。彼らとの時間は、ルークにとって思いがけない癒しとなった。


しかし、その一方で、ルークの心の奥底では常に不安が渦巻いていた。彼らに真実を告げるべきか。自分の計画を打ち明けるべきか。しかし、結局ルークは黙ったままだった。彼らを危険に巻き込むわけにはいかなかったのだ。


魔王城が視界に入ってきた時、ルークの心臓は高鳴った。巨大な黒い塔が、まるで天を突き刺すかのように聳え立っている。その姿は、5年前と変わらなかった。


「よし、みんな。いよいよだ」マックスが声を上げた。「最後の休憩を取ろう。明日の夜明けとともに、魔王城に突入する」


全員が頷き、キャンプの準備を始めた。ルークも手伝いながら、心の中で別れの言葉を繰り返していた。


夜が更けて、全員が眠りについた頃、ルークはそっと起き上がった。彼は静かにキャンプを離れ、魔王城へと向かった。


「すまない、みんな」ルークは振り返りながらつぶやいた。「ここからは、俺一人で行く」


魔王城の入り口に立つと、ルークは深呼吸をした。彼は自分の計画を頭の中で確認した。まず、城内に留まり、ウイルスに感染する。そして、発症したら極大魔法を発動させる。それが、最も確実にウイルスを根絶する方法だった。


ルークは震える手で城門を押し開けた。重い扉がきしむ音が、静寂を破った。


「さあ、行くぞ」


ルークは暗い城内へと足を踏み入れた。彼の孤独な戦いが、今始まろうとしていた。


魔王城の内部は、ルークの記憶以上に荒廃していた。かつての豪華な調度品は朽ち果て、壁には無数のヒビが入っていた。彼の足音が、空っぽの廊下に不気味に響く。


ルークは慎重に歩を進めた。彼は城内の構造を思い出しながら、できるだけ多くの場所を巡るように心がけた。ウイルスに感染する確率を高めるためだ。


時間が経つにつれ、ルークは体の違和感を感じ始めた。微熱と、全身の倦怠感。そして、時折襲ってくる激しい頭痛。


「来たか...」ルークは苦笑した。「これが、あのウイルスの症状か」


彼は城の中心部へと向かった。そこには巨大な広間があり、極大魔法を発動するのに最適な場所だった。


広間に到着したルークは、中央に立ち、深呼吸をした。彼の体は熱に浮かされ、視界もおぼろげになっていた。しかし、彼の意識は鮮明だった。


「さあ、終わらせよう」


ルークは杖を高く掲げ、魔法の詠唱を始めた。彼の体から魔力が溢れ出し、周囲の空気が震え始める。


「天よ、我が願いを聞け。地よ、我が意志を感じよ」


ルークの声が広間に響き渡る。彼の体からは光が放たれ、周囲の闇を押し返していく。


「無数の星々よ、その力を我に与えたまえ」


天井が揺れ始め、ヒビが走る。外の空では、無数の流星が現れ始めていた。


「来たれ、破壊の雨。メテオストライク!」


ルークの叫びとともに、巨大な隕石が空から降り注ぎ始めた。魔王城は激しく揺れ、崩壊の兆しを見せる。


ルークは力尽き、床に倒れ込んだ。彼の意識は急速に薄れていったが、最後の最後まで、彼は使命を果たしたという満足感に包まれていた。


「これで...終わりだ...」


彼の目に映る最後の光景は、崩れ落ちる天井と、そこから見える満天の星空だった。


**第三章: 最後の選択と犠牲**


魔王城は炎に包まれ、崩壊の一途をたどっていた。巨大な隕石が次々と落下し、城の壁を砕き、床を貫いていく。かつての威容を誇った魔王の居城は、今や灰と瓦礫の山と化しつつあった。


その中心で、ルークは横たわっていた。彼の体は傷だらけで、血が滲み出ている。しかし、彼の顔には奇妙な安らぎの表情が浮かんでいた。


ルークは薄れゆく意識の中で、微かに笑みを浮かべた。「やっと...やり遂げたか」

彼の周りでは、魔王城が炎と共に崩れ落ちていく。巨大な石柱が砕け散り、天井からは灼熱の破片が降り注ぐ。しかし、ルークの耳には、それらの騒音はもはや遠くかすかに聞こえるだけだった。

代わりに、彼の心には懐かしい記憶が蘇ってきた。幼い頃、エマと一緒に駆け回った草原。初めて冒険者になった日の興奮。仲間たちと共に乗り越えてきた数々の試練。そして、エマの優しい笑顔。

「エマ...」ルークは小さくつぶやいた。「もっとお前に頼ればよかったな...」

後悔の念が彼の心を掠めた。しかし、それは長くは続かなかった。彼は自分の選択が正しかったことを知っていた。この犠牲がなければ、もっと多くの命が失われていたはずだ。

「みんな...これからは...頼むぞ...」

ルークの意識が徐々に遠のいていく。彼の目に映る世界は、ぼんやりとした光の中に溶けていった。

最後の瞬間、ルークの脳裏に一つの光景が浮かんだ。それは、エマと仲間たちが笑顔で彼を迎える姿だった。

「ただいま...みんな...」

そう呟いて、ルークは永遠の眠りについた。彼の体は、崩れ落ちる魔王城と共に消えていった。

魔王城の崩壊は、近隣の村々からも目撃された。巨大な隕石が天から降り注ぎ、城を壊滅させる様子は、まるで神々の怒りのようだった。

人々は恐れおののき、家の中に隠れた。しかし、やがて静寂が訪れる。魔王城は完全に崩壊し、そこにあったはずのウイルスも、燃え尽きたかのようだった。

その夜、世界は知らぬ間に、一人の英雄を失っていた。

第四章: エマの決意とオリビアの対処

ギルドの本部は、異常な騒ぎに包まれていた。魔王城の突然の崩壊は、冒険者たちの間に大きな動揺を引き起こしていた。

その中で、エマは不安な表情で立ち尽くしていた。ルークの突然の失踪から一夜が明け、彼女の心は重く沈んでいた。

「ルーク...どこに行ったの...」

エマは再びルークのデスクに向かった。そこには、彼が残した簡素な手紙があった。「すまない、みんな。俺にしかできないことがあるんだ。」

この言葉の意味を探るため、エマはルークのログ履歴を確認することにした。彼女は巻物を開き、ログ解析に集中した。

そして、彼女の目に衝撃的な事実が映った。

「これは...魔王城のログ...?」

エマは息を呑んだ。ログには、ルークが単身で魔王城に向かったこと、そして極大魔法「メテオストライク」を発動させたことが記録されていた。

「まさか...ルーク、あなたは...」

エマの目に涙が溢れた。ルークの意図を悟った彼女は、深い悲しみに包まれた。しかし同時に、彼の勇気ある行動に対する尊敬の念も湧き上がってきた。

「ルーク...あなたは...私たちを守るために...」

エマは涙をぬぐいながら、決意を固めた。ルークの犠牲を無駄にしてはならない。彼女は立ち上がり、ギルドのリーダーであるオリビアの元へ向かった。

オリビアのオフィスでは、すでに緊急会議が行われていた。エマが入室すると、オリビアは彼女に気づき、静かに頷いた。

「エマ、来てくれてありがとう。今、魔王城の状況について話し合っているところだ」

エマは深呼吸をし、声を絞り出した。「オリビア、私...ルークのことで報告があります」

彼女はルークの行動と、その結果について説明した。オリビアと他の幹部たちは、驚きと悲しみの表情を浮かべながら聞いていた。

説明が終わると、オリビアは重々しく頷いた。「ルークの勇気ある行動には敬意を表するべきだ。しかし、我々にはまだやるべきことがある」

オリビアは地図を広げ、魔王城の位置を指さした。「魔王城の跡地を完全に封鎖する必要がある。ウイルスの残存の可能性を考えれば、これは急務だ」

エマは決意を込めて前に出た。「私が行きます。ルークの思いを引き継ぎ、封鎖作業を指揮します」

オリビアは彼女をじっと見つめ、そして頷いた。「わかった。エマ、君に任せよう。ただし、十分に注意してくれ」

こうして、エマを中心とした封鎖作戦が始まった。彼女は最精鋭の冒険者たちを率いて魔王城跡へと向かい、周囲に強力な結界を張り巡らせた。

作業は数日間続いた。その間、エマは常にルークのことを思い続けていた。「ルーク...あなたの思いは、きっと私が受け継ぐわ」

しかし、彼女の決意も空しく、事態は思わぬ方向へと進んでいった。封鎖から約1ヶ月後、突如として異変が起きたのだ。

ギルドに、再び「突発性出血死」の報告が相次いだ。エマは愕然とした。ログを確認すると、死亡した冒険者たちは全員、最近魔王城跡に侵入していたのだ。

「どうして...?ルークの犠牲は...」

エマは絶望的な気持ちに襲われた。しかし、彼女にはもはや立ち止まる時間はなかった。彼女は再びオリビアのもとへ急いだ。

オリビアも既に状況を把握していた。彼女の表情は厳しく、しかし冷静さを失っていなかった。

「エマ、事態は深刻だ。しかし、私たちにはまだ希望がある」

オリビアは立ち上がり、窓の外を見た。「私には、この状況に対処できる可能性のある魔法がある。「星の息吹」だ」

エマは驚いて声を上げた。「星の息吹?あの伝説の治癒魔法ですか?」

オリビアは頷いた。「そうだ。ルークの死をきっかけに、私はこの魔法を病気に対応できるよう研究してきた。まだ完全ではないが、試す価値はある」

エマは決意を新たにした。「わかりました。私も全力でサポートします」

こうして、オリビアとエマは感染者たちの治療に向けて動き出した。彼らの前には、まだ長い戦いが待っていた。

第五章: 希望の息吹

魔王城跡地から程近い場所に、緊急の治療キャンプが設営された。テントが立ち並び、医療スタッフが忙しく動き回る中、中央に大きなテントが目を引いた。

そのテントの中で、オリビアは目を閉じ、深い集中の表情を浮かべていた。彼女の周りには、「突発性出血死」の症状を示す冒険者たちが横たわっていた。彼らの顔は蒼白で、体からは絶え間なく血が滲み出ていた。

エマは緊張した面持ちで、オリビアの傍らに立っていた。「オリビア...本当にこれで大丈夫なの?」

オリビアは目を開け、静かに頷いた。「大丈夫よ、エマ。私たちにはもう選択肢がない。やるしかないの」

彼女は深呼吸をし、両手を前に差し出した。そして、清らかな声で詠唱を始めた。

「星々よ、我が祈りを聞け。宇宙の神秘なる力よ、今こそ降り注げ」

オリビアの体が淡い光に包まれ始めた。その光は徐々に強さを増し、テント全体を明るく照らしていく。

「生命の源よ、癒しの風よ。この地に吹き荒れる災いを払え」

光は患者たちの体に触れ、彼らの傷口から染み込んでいった。エマは息を呑んで見守った。

「星の息吹よ、今こそ解き放て!」

オリビアの叫びと共に、まばゆい光がテント内を満たした。その光は、まるで生命そのもののように温かく、優しかった。

光が収まると、驚くべき光景が広がっていた。患者たちの傷は癒え、顔色も良くなっていたのだ。彼らは目を覚まし、困惑した様子で周りを見回し始めた。

エマは歓喜の声を上げた。「成功した...本当に成功したのね!」

オリビアは疲れた表情を浮かべながらも、満足げに微笑んだ。「ええ、でも...これはまだ始まりにすぎないわ」

その言葉通り、彼らの戦いはここから本格化した。オリビアとエマは、次々と報告される感染者たちの元へ向かい、「星の息吹」による治療を続けた。

日々の奮闘は過酷だった。オリビアは魔法の使用で体力を消耗し、エマも休む間もなく働き続けた。しかし、彼らの努力は次第に実を結び始めた。感染者の数は徐々に減少し、新たな発症例も報告されなくなっていった。

ある日、エマは治療を終えたオリビアに尋ねた。「オリビア、どうしてこんなに強い魔法を...」

オリビアは遠くを見つめながら答えた。「ルークの犠牲を無駄にしたくなかったの。彼が命を懸けて守ろうとした世界を、私たちが引き継がなければならないと思ったのよ」

エマは涙ぐみながら頷いた。「ルーク...彼は最後まで、みんなのことを考えていたのね」

オリビアは優しく微笑んだ。「そうよ。彼は決して間違っていなかった。ただ、一人で抱え込みすぎただけ。でも、それが彼らしかったのかもしれないわね」

エマは胸に手を当てた。「私...ルークを責めていた自分が恥ずかしいわ。彼の選択を、もっと理解すべきだった」

オリビアは彼女の肩に手を置いた。「エマ、過去を悔やんでも仕方がない。大切なのは、これからよ。私たちがルークの思いを受け継ぎ、この世界を守っていくの」

エマは涙を拭い、決意を新たにした。「ええ、そうね。ルークの分まで、私たちが頑張らなきゃ」

こうして、オリビアとエマの奮闘は続いた。彼らの努力により、ウイルスの脅威は徐々に収束していった。世界は再び平穏を取り戻しつつあった。

しかし、この戦いの真の英雄の名が広く知られることはなかった。ルークの犠牲は、ごく一部の人々の記憶の中にだけ、静かに刻まれていたのだった。

結末: 無名の英雄たちの物語

数ヶ月が過ぎ、世界は再び平穏を取り戻していた。ウイルスの脅威は完全に去り、人々は日常の生活に戻っていった。しかし、この平和の裏には、多くの無名の英雄たちの犠牲があったことを、ほとんどの人は知らなかった。

エマは、ギルドの裏手にある小さな丘の上に立っていた。そこには一つの墓石が置かれていた。墓石には何も刻まれていなかったが、エマにはそれがルークの墓だとわかっていた。


エマは静かに呟いた。「ルーク...あなたのおかげで、世界は救われたのよ。あなたの犠牲がなければ、私たちは絶滅していたかもしれない」

彼女は墓石の前にひざまずき、そっと手を置いた。涙が頬を伝う。

「でも、誰もあなたのことを知らない。こんなに大きな犠牲を払ったのに、あなたは無名の英雄のままよ」

風が吹き、エマの髪を揺らした。その瞬間、彼女はふと思い出した。ルークが最後に残した手紙の言葉を。

「すまない、みんな。俺にしかできないことがあるんだ」

エマは微笑んだ。「そうね、ルーク。これがあなたの選んだ道だったのね。誰にも知られず、でも確実に世界を救う。それがあなたらしい」

彼女は立ち上がり、遠くを見つめた。魔王城があった方角には、今は何もない。ただ広大な荒野が広がるだけだ。

「私たちはこれからも、あなたの意志を引き継いでいくわ。オリビアも、私も、そして多くの仲間たちも」

エマは深呼吸をした。清々しい空気が肺に流れ込む。この空気の中にも、ルークの犠牲が息づいているのだと、彼女は感じた。

「さようなら、ルーク。そして、ありがとう」

エマが丘を下りていくと、オリビアが待っていた。彼女は優しく微笑んでエマを見つめていた。

「大丈夫?」オリビアが尋ねた。

エマは頷いた。「ええ、大丈夫よ。むしろ、今までよりずっと強くなれた気がする」

オリビアは満足げに頷いた。「そうね。私たちには、まだやるべきことがたくさんある。ルークの分まで、世界を守っていかなければならないわ」

二人は並んで歩き始めた。彼らの前には、まだ多くの課題が待っていた。魔王城跡地の完全な浄化、新たな脅威への備え、そして平和な世界の維持。全てが簡単ではないことは分かっていた。

しかし、エマとオリビアの心には、もはや迷いはなかった。ルークの犠牲を無駄にしないために、彼女たちは全力を尽くす覚悟ができていた。

その夜、ギルドでは新たな冒険者たちの入団式が行われていた。若く、希望に満ちた顔々が並ぶ。エマは壇上に立ち、彼らに向けて話し始めた。

「冒険者たちよ、君たちの前には長く、そして困難な道のりが待っている。しかし、覚えておいてほしい。私たちの世界は、多くの無名の英雄たちの犠牲の上に成り立っているということを」

エマの言葉に、新人たちは真剣な表情で耳を傾けた。

「彼らの名前は歴史に刻まれることはないかもしれない。でも、彼らの勇気と献身は、今もこの世界の中に生き続けている。私たちは、その意志を受け継ぐ者たちなのだ」

エマは一瞬言葉を切り、ルークのことを思い出した。そして、力強く続けた。

「だから、恐れることはない。たとえ誰にも知られなくとも、君たちの行動が世界を変えるのだ。さあ、新たな冒険に出発しよう!」

会場は大きな拍手に包まれた。エマは微笑みながら、心の中でルークに語りかけた。

「見てるかい、ルーク? あなたの意志は、確実に次の世代に引き継がれているわ」

その夜、星空の下で、無数の冒険者たちが新たな旅立ちの準備をしていた。彼らの中には、いつか世界を救う英雄がいるかもしれない。そして、その英雄の名前が歴史に残ることはないかもしれない。

しかし、それでいい。なぜなら、真の英雄とは、名声や栄誉のために戦うのではなく、ただ正しいと信じることのために命を懸ける者たちだから。

ルークの物語は終わった。しかし、彼が灯した希望の火は、これからも多くの人々の心の中で燃え続けていくだろう。そして、その火は世界を照らし続けるのだ。

無名の英雄たちの物語は、これからも静かに、しかし確実に紡がれていく。彼らの勇気と犠牲が、この世界の平和を支え続けるのだ。



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