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ログの巻物  作者: 冷やし中華はじめました


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戦略部門リーダーの初仕事

辞令が下りてから一週間。ルーク・アシュフォードの執務室は、以前の三倍の広さになっていた。

 だが、彼の机の上に積まれた羊皮紙の山も、三倍どころではなく増えている。

「戦略部門リーダー、ね……」

 ルークは自分の新しい肩書きが刻まれた真鍮のプレートを一瞥し、すぐに手元の資料に視線を戻した。昇進の感慨に浸る暇などない。グレゴリーから与えられた最初の任務——「ギルドの活動範囲を広げるための新規クエスト発案」——の期限は、あと三日後に迫っていた。

「新規クエスト、か……」

 彼は椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げた。

 ゲームで言えば、これは「エンドコンテンツの追加」に相当する。既存のダンジョンを周回し尽くしたプレイヤーたちに、新しい目標を与える。それがなければ、コミュニティは停滞し、やがて過疎化する。

 ギルドも同じだ。冒険者たちは常に新しい挑戦を求めている。既知のダンジョンばかり攻略していては、いずれ飽きが来る。腕の立つ者から順に、別のギルドへ流出していくだろう。

「問題は、『何を』提案するか、だ……」

 ルークは机の上に広げた地図——王国全土の冒険者ギルド管轄区域図——に目を落とした。

 赤い斜線が引かれた領域は、すでに攻略済みのダンジョン。青い丸は、現在進行中のクエスト。そして、灰色で塗りつぶされた広大な領域は——

「未踏査地域、二十三箇所……」

 彼の指が地図の上を滑る。北の凍土、東の深海、南の瘴気地帯。どれも、過去に何度か調査隊が派遣され、そのたびに壊滅的な被害を出して撤退している危険地帯だ。

「無謀な提案をしても意味がない。必要なのは、リスクとリターンのバランスが取れた、実現可能なクエストだ」

 ルークは新しい羊皮紙を取り出し、条件を書き出し始めた。


【新規クエスト選定基準】


到達可能性:現有戦力で到達できること(往復の生存率80%以上)

収益性:投入コストに対して十分なリターンが見込めること

持続性:一度きりではなく、継続的な探索が可能なこと

独自性:他ギルドとの差別化要因となること

安全性:全滅リスクが許容範囲内であること(推定死亡率20%以下)



「この五つの条件を満たす場所……」

 ルークは過去のログを引っ張り出した。五年分の探索記録、死亡報告書、帰還者の証言。膨大なデータの山だ。

 普通なら、この量を精査するのに数週間はかかる。だが、ルークには「武器」があった。

「パターン認識……」

 彼はゲーマー時代に培った技術を応用する。データの海から、意味のある「シグナル」を抽出する。ノイズに惑わされず、本質を見抜く。

 三時間後。

 ルークの目の前には、五つの候補地がリストアップされていた。


【新規クエスト候補地】

候補地到達可能性収益性持続性独自性安全性総合評価霧の樹海○△○△○B沈黙の砂漠△○△○△B忘却の海域△◎○◎△A古竜の墓場×◎△◎×C月光島???◎??


「月光島……」

 ルークの指が、最後の候補地で止まった。

 評価欄はすべて「?」マーク。つまり、データが存在しない。通常なら、こんな不確定要素だらけの候補は真っ先に除外する。

 だが、彼の目は、その名前に釘付けになっていた。

「どこかで聞いたことがある……」

 記憶の底を探る。ゲーマー時代ではない。もっと最近。そう、あれは——

「嘆きの渓谷の調査報告書だ」

 ルークは立ち上がり、書棚から一冊のファイルを引っ張り出した。先月の第三層調査で回収した資料の中に、古い航海日誌の断片があった。

 ページをめくる。そして、見つけた。


【回収資料No.47:航海日誌断片】

「……七日目、ついに月光島を視認。しかし、島を取り巻く魔法の嵐が我々の船を阻む。三度の突入を試みるも、すべて失敗。船は大破し、乗員の半数を失った。撤退を決意。

 だが、私は見た。嵐の切れ間から、島の中央に聳える巨大な塔を。そして、その頂上で青白く輝く何かを——」

(以下、判読不能)


「青白く輝く何か……」

 ルークの脳内で、パズルのピースが組み合わさっていく。

 嘆きの渓谷で見つかった「月光の宝玉」。青白い光を放つ、接触者に即死魔法を発動するトラップ。あれが、この島から持ち出されたものだとしたら?

「仮説:月光島には、月光の宝玉と同種のアーティファクトが存在する」

 ルークは新しい羊皮紙を取り出し、仮説を書き殴った。


【月光島に関する仮説】


月光の宝玉は、月光島から持ち出された古代遺物である

島には、同種または上位のアーティファクトが存在する可能性がある

「魔法の嵐」は、島を守るための防衛機構と推測される

航海日誌の「塔」は、古代文明の遺跡である可能性が高い

結論:月光島は、未発見の古代遺跡レイドダンジョンである



「これだ……」

 ルークの心臓が跳ねた。

 もし、この仮説が正しければ——月光島は、ギルドの活動範囲を劇的に広げる「新規エンドコンテンツ」になりうる。

 だが、同時に、彼の理性が警鐘を鳴らしていた。

「情報が足りない。航海日誌の断片だけでは、リスク評価ができない」

 ルークは椅子に座り直し、深く息を吐いた。

 必要なのは、追加情報だ。月光島に関する古文書、航海記録、伝承。それらを集めて、仮説を検証しなければならない。

「エマ」

 彼は立ち上がり、隣の執務室へと足を向けた。


 エマ・ローズウッドは、古文書の山に埋もれていた。

 彼女の机上には、王国図書館から借り出した歴史書、航海術の専門書、そして各地の伝承を集めた民俗資料が積み重なっている。

「ルーク」彼女は顔を上げずに言った。「ちょうどいいところに来たわね」

「何か見つかったのか?」

「ええ」

 エマは一冊の古い本を持ち上げた。革表紙は擦り切れ、ページは黄ばんでいる。だが、その内容は——

「『月光諸島探検記』。三百年前の探検家、アレクサンダー・ヴェイン卿の手記よ」

 ルークは息を呑んだ。

「中を見せてくれ」

 エマは本を開き、付箋が貼られたページを示した。


【『月光諸島探検記』抜粋】

「第七章:幻の島

 月光島は、百年に一度、満月の夜にのみ姿を現すという。私は三十年の歳月をかけ、ついにその瞬間を目撃した。

 島は、まるで月光そのものが凝固したかのように輝いていた。中央には古代の塔が聳え、その頂上には——私は今でも信じられない——巨大な宝玉が安置されていた。

 上陸を試みたが、島を取り巻く嵐に阻まれた。しかし、私は一つの発見をした。嵐を鎮める方法があるのだ。

 古代の魔法『月光の道』。この術を使えば、嵐の中に安全な航路を開くことができる。私は文献からその存在を知り、しかし術の詳細は失われていると思っていた。

 だが、島の近海で回収した漂流物の中に、その術の断片が記されていた——」

(以下、数ページ欠損)


「百年に一度……」ルークは呟いた。「次の出現はいつだ?」

 エマは別の資料を取り出した。天文観測記録だ。

「計算したわ。次の『百年満月』は——来月の十五日。あと四十二日後よ」

 ルークの目が見開かれた。

「四十二日……」

「そう。準備期間としてはギリギリ。でも、不可能じゃないわ」

 二人の視線が交錯した。言葉はなくとも、互いの考えは明確だった。

 これは、チャンスだ。

 同時に、これは、リスクでもある。

「整理しよう」

 ルークは白紙の羊皮紙を取り出し、情報を構造化し始めた。


【月光島クエスト:リスク・リターン分析】

■ リターン(期待される成果)


古代文明の遺跡発見(学術的価値:計測不能)

月光の宝玉と同種のアーティファクト獲得(経済的価値:莫大)

「月光の道」魔法の習得(戦略的価値:非常に高い)

ギルドの名声向上(ブランディング価値:極めて高い)


■ リスク(想定される危険)


「魔法の嵐」による船の損傷・沈没

月光の宝玉類似トラップによる即死

島内の未知の敵対生物・機構

時間制限(百年に一度の出現)による焦燥

準備期間の不足(42日)


■ 不確定要素


「月光の道」魔法の完全な解読可否

島の実際の規模・構造

アーティファクトの安全な回収方法

古代文明の防衛機構の詳細



「リスクは高い。でも、リターンも大きい」

 ルークはペンを置き、エマを見た。

「問題は、グレゴリーを説得できるかどうかだ」

「データで説得するしかないわね」

 エマの言葉に、ルークは頷いた。

「ああ。感情論じゃなく、論理で。数字で。確率で」

 彼は再びペンを取り、プレゼンテーション資料の作成に取りかかった。


 三日後。ギルド長執務室。

 ルークとエマは、グレゴリー・ストーンハートの前に立っていた。

 机の上には、二人が作成した資料が広げられている。地図、グラフ、表、そして古文書のコピー。すべてが、一つの結論に向かって配置されていた。

「月光島探索クエストの提案、ですか」

 グレゴリーは資料を一枚一枚、丁寧にめくっていた。その表情からは、何も読み取れない。

「はい」ルークは姿勢を正して答えた。「我々の調査によれば、月光島は——」

「知っている」

 グレゴリーの言葉に、ルークは言葉を詰まらせた。

「……ご存知、でしたか?」

「名前だけはな。伝説の島だ。多くの探検家が挑み、誰も帰ってこなかった」

 グレゴリーは資料から目を上げ、二人を見据えた。

「なぜ、そんな場所を提案する?」

 ルークは一瞬、たじろいだ。だが、すぐに気持ちを立て直した。

「三つの理由があります」

 彼は資料の一枚——リスク・リターン分析——を指し示した。

「第一に、リターンの大きさです。月光島には、嘆きの渓谷で発見された『月光の宝玉』と同種、あるいはそれ以上のアーティファクトが存在すると推測されます。これを獲得できれば、ギルドの戦力は飛躍的に向上します」

 グレゴリーは無言で頷いた。

「第二に、タイミングです」

 ルークは天文観測記録を示した。

「月光島は百年に一度しか姿を現しません。次の出現は来月十五日。この機会を逃せば、次は百年後です。今、挑戦しなければ、我々の世代では二度とチャンスはありません」

「そして、第三に——」

 ルークは一呼吸置いた。

「——我々には、先人たちにはなかった『武器』があります」

「武器?」

「『月光の道』です」

 エマが前に出た。

「私は、アレクサンダー・ヴェイン卿の手記と、嘆きの渓谷で回収した資料を照合しました。その結果、『月光の道』魔法の詠唱式を、約七十パーセント復元することに成功しました」

 グレゴリーの眉が上がった。

「七十パーセント?」

「残りの三十パーセントは、まだ解読中です。ですが、出発までの四十二日間で、完全復元は可能だと考えています」

 エマの声には、静かな自信が滲んでいた。

 沈黙が執務室を満たした。

 グレゴリーは椅子の背もたれに体を預け、窓の外を見つめた。中庭では、若い冒険者たちが訓練に励んでいる。

「……リスクは高い」

 彼はようやく口を開いた。

「はい」ルークは即答した。「否定しません」

「失敗すれば、探索隊は全滅する可能性がある」

「はい。その可能性はあります」

「それでも、提案するのか」

 ルークは真っ直ぐにグレゴリーの目を見つめた。

「俺たちの仕事は、冒険者を死なせないことです。でも同時に、冒険者に『挑戦する機会』を与えることでもあると思っています」

 彼の声は震えていなかった。

「月光島は危険です。でも、それに見合うだけの価値がある。そして、俺たちは——データと分析と準備によって——そのリスクを最小化できる。少なくとも、やみくもに突っ込んだ先人たちよりは」

 グレゴリーの目が、微かに細められた。

「……いい目をしている」

 彼は立ち上がり、窓際に歩み寄った。

「五年前のお前は、そんな目をしていなかった。仲間を失って、自分を責めて、ただ下を向いていた」

 ルークは何も言わなかった。

「今のお前は違う。前を向いている。リスクを恐れず、しかしリスクを軽視もしない。それが、戦略家というものだ」

 グレゴリーは振り返った。

「月光島探索クエスト、承認する」

 ルークとエマの顔に、安堵と喜びが広がった。

「ただし、条件がある」

 グレゴリーの声が、二人の高揚を引き締めた。

「探索隊の編成は、お前たちに任せる。最高の人材を選べ。そして——」

 彼はルークの目を真っ直ぐに見つめた。

「——お前も行け、ルーク」

「……俺が、ですか」

「ああ。データを集めたのはお前だ。分析したのもお前だ。なら、現場で判断を下すのも、お前がやるべきだ」

 ルークは言葉を失った。

 机上の分析官から、現場の指揮官へ。それは、彼が予想していなかった展開だった。

「……わかりました」

 彼は深く頭を下げた。

「必ず、成功させます」

 グレゴリーは満足げに頷いた。

「期待している。——ああ、それから」

 彼はエマに視線を向けた。

「エマ、お前も行け」

「え?」

「『月光の道』を完成させたのはお前だ。現場で何かあったとき、対応できるのはお前だけだ」

 エマは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに姿勢を正した。

「……はい。承知しました」

 二人は揃って頭を下げ、執務室を後にした。


 廊下に出たとき、ルークは深く息を吐いた。

「……本当に、俺たちが行くことになるとは」

「驚いたわね」エマも同意した。「でも、グレゴリーの言うことも分かる。責任を取るなら、最前線で」

 ルークは頷いた。

「ああ。それに——」

 彼は窓の外を見た。夕日が、ギルドの中庭を橙色に染めている。

「——正直、少しだけ、楽しみでもある」

「え?」

「ゲームで言えば、これは『新規レイドの初見攻略』だ。誰も知らないダンジョンに、最初に足を踏み入れる。その興奮を、俺は知っている」

 エマは小さく笑った。

「相変わらずね、ルーク」

「悪いか?」

「いいえ。そういうところ、嫌いじゃないわ」

 二人は並んで歩き出した。

 これから四十二日間、彼らは準備に追われることになる。探索隊の編成、装備の調達、「月光の道」の完成、そして無数のシミュレーション。

 だが、その先には——

 月光に照らされた、未知の島が待っている。


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