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ログの巻物  作者: 冷やし中華はじめました


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ルークの使命

ご指摘ありがとうございます。 元の展開では「生き残ったハロルドが普通に話せてしまう」ため、「なぜ今までギルドに報告しなかったのか?」という矛盾(話さない理由の欠如)が生じていました。


**「生き残ったとしても、物理的・精神的に話すことができない(=だから情報が上がってこない)」**という必然性を持たせる形に書き換えました。 ハロルドが証言するのではなく、エマがハロルドの状態(症状)を持ち帰り、ルークがその「症状」と「データ」からトラップの正体を解析するという流れに変更しています。


朝日はまだ昇っていないというのに、執務室はすでにインクと古紙の匂いで満たされていた。  ルーク・アシュフォードの机上には、文字通り「死の山」が築かれている。昨日運び込まれたばかりの、未処理の死亡報告書デス・ログの束だ。 「……また変数の値がおかしい」  ルークは充血した目をこすりながら、羊皮紙の一点——『死亡時刻:深夜2時』『場所:嘆きの渓谷・第三層』という記述をペン先で突いた。 「再現性がある……」  彼は手元の集計表に視線を落とした。過去三ヶ月の死亡ログから抽出したデータが、几帳面な文字で羅列されている。


【嘆きの渓谷・死亡統計】 マーカス(Bランク):深夜2:15、第三層にて即死 ジーナ(Cランク):深夜2:08、第三層にて即死 オスカー(Aランク):深夜1:55、第三層にて即死 他2名、同様の条件下で即死


「五件。全員、深夜2時前後。全員、第三層。全員、即死」  ルークの指が表の上を滑る。 「これは事故ランダムじゃない。確定イベント(スクリプト)だ」  彼の脳内で、かつてのゲーム知識が自動的に起動する。  ——深夜2時。第三層。そして即死。  だが、ルークが最も違和感を覚えたのは「生存者」のデータだった。 「ジーナは2名パーティ、オスカーは3名、トーマスは4名で潜っていた。全滅ではない。生存者がいるはずだ」  彼は眉間に深い皺を刻んだ。 「なのに、なぜ『報告』がない? 仲間が即死したなら、生存者はギルドに『第三層に危険な罠がある』と報告するはずだ。だが、過去三ヶ月、嘆きの渓谷に関する危険報告はゼロ件。……沈黙している」  生存者はいる。だが、彼らは口を閉ざしている。あるいは——閉ざされている。 「情報統制か、あるいは……」  ルークは立ち上がり、隣の執務室へと足を向けた。


 エマ・ローズウッドの机は整然としていた。彼女は書類から顔を上げず、ルークの気配だけで口を開いた。 「おはよう、ルーク。また徹夜?」 「嘆きの渓谷の件だ。生存者がいるはずなのに、証言が一つも上がってこない」  エマの手が止まった。 「……奇妙ね。報奨金が出るわけでもないのに隠蔽するメリットはないわ」 「ああ。だからこそ、直接確認する必要がある。ジーナのパーティメンバーだった『ハロルド・ウィンターズ』。彼はまだ街にいるか?」  エマはすぐに名簿をめくった。 「……いるわ。でも、冒険者は引退して、今は教会の療養所に収容されている」 「療養所?」 「精神的な錯乱が見られるとして、保護されているわ。面会は可能よ」 「頼めるか。俺はデータの方から『沈黙の理由』を探る」 「わかったわ」  エマは外套を手に取り、部屋を出て行った。


 エマが戻ってきたのは、夕暮れ時だった。  彼女の顔色は蒼白で、手には震える文字で書かれたメモが握りしめられていた。 「……話は聞けたか?」  ルークの問いに、エマは首を横に振った。 「いいえ。話せなかったのよ」  エマは自分の机に手をつき、呼吸を整えてから続けた。 「ハロルドは、廃人のようだったわ。部屋の隅で膝を抱えて震えていた。私が『嘆きの渓谷』という言葉を出した瞬間、彼は自分の喉を掻きむしって、泡を吹いて倒れたの」 「喉を?」 「ええ。発作が治まった後、筆談を試みたわ。でも、彼がペンの先を紙に落とした瞬間、手が痙攣して文字にならない。まるで、何かに拒絶されているように」  エマはメモをルークに差し出した。そこには、文字とは呼べないギザギザの線と、血の混じった黒い染みが散っているだけだった。だが、ルークの目はその「染み」の形状を見逃さなかった。 「……舌だ」 「え?」 「ハロルドの舌に、黒い痣のようなものはなかったか?」  エマは息を呑んだ。 「あったわ。舌の裏に、幾何学模様のような黒い刻印が……」  ルークは強く机を叩いた。パズルのピースが、恐ろしい音を立てて嵌まった。 「**『禁言の呪い(カース・オブ・サイレンス)』**だ」 「呪い……?」 「特定の事象を見たり聞いたりした者に、自動的に発動する高位の呪術だ。対象について話そうとしたり、書こうとしたりすると、激痛と精神干渉が発生する。無理に話そうとすれば、脳が焼き切れて死ぬ」  ルークは壁の地図を睨みつけた。 「生存者たちが報告しなかったんじゃない。できなかったんだ。このトラップは、犠牲者を即死させるだけでなく、目撃者の口を封じることで、その存在を隠匿し続けている」 「なんて悪趣味な……」 「生存者が廃人になり、情報が途絶える。だから次の犠牲者が何も知らずに第三層へ向かい、また死ぬ。完璧な死のサイクルだ」


 ルークはハロルドが残した「ギザギザの線」を凝視した。痙攣しながらも、彼は何かを伝えようとしていたはずだ。 「この線……文字じゃない。図形だ。円と、その中の曲線……」  ルークはかつてのゲーム知識を総動員し、その図形と「深夜2時」「即死」「沈黙の呪い」というキーワードを検索リンクさせた。  一つの答えが弾き出される。 「……『月光の祭壇』」 「月光?」 「古代の隠しイベントだ。深夜2時、月の光が差す場所にのみ現れる祭壇。そこにある宝玉に触れると、防御力無視の即死ダメージが発動する。そして、その光景を見たパーティメンバーには、守秘義務の呪いが刻まれる」  ルークは羽ペンを取り、図を描き始めた。


【嘆きの渓谷・第三層 即死トラップの全容】


深夜0時〜3時の間のみ、隠し通路が出現 最奥の「月光の宝玉」に触れると即死 発動と同時に広域呪術が展開。目撃者に『禁言の呪い』を付与 結果:死者は帰らず、生者は語れず。ギルドには「原因不明の即死」というログだけが残る


「すべての辻褄が合う」  ルークの声は氷のように冷たかった。 「この罠はまだ生きている。今夜も、何も知らない冒険者が『宝』を見つけたと喜んで、地獄を見ることになる」 「どうするの? 警告を出しても、理由を説明できないわ。『呪いがあるから近づくな』なんて言っても、証拠がなければ誰も信じない」 「証拠ならある」  ルークはハロルドの診断書代わりのメモを叩いた。 「この『呪いの刻印』こそが、そこに人知を超えた悪意が存在する証明だ。グレゴリーに報告する。第三層の即時封鎖と、呪術解除班ディスペル・チームの派遣を要請する」


 翌朝、ギルド長グレゴリー・ストーンハートの執務室。  ルークが提示した資料——死亡時刻の相関図と、ハロルドの舌に刻まれた呪印のスケッチ——を見て、老練なギルド長の顔色が変わった。 「……『禁言の呪い』か。道理で、ベテランの生還者たちが口をつぐむわけだ」  グレゴリーの声には、怒りと焦燥が混じっていた。 「私の目は節穴だったということか。部下が呪いに蝕まれていることにも気づかず、ただの『事故』として処理していたとは」 「責めるべきは罠の設置者です」  ルークは静かに告げた。 「ですが、今は一刻を争います。封鎖のご決断を」 「……ああ。許可する」  グレゴリーは即座に署名した。 「第三層を完全封鎖せよ。ルーク、お前が解析した座標を元に、精鋭部隊で祭壇を破壊する。……これ以上の沈黙は許さん」


 執務室を出たとき、エマが小さく息を吐いた。 「これで、呪いの連鎖は止まるわね」 「ああ。ハロルドの呪いも、祭壇を破壊すれば解けるはずだ」  ルークは廊下の窓から、明けゆく空を見上げた。  かつて、自分も無知ゆえに沈黙し、絶望した。だが今は違う。 「ログは語っていたんだ。ただ、俺たちがその声なきエラーコードを聞き取れていなかっただけだ」  ルークの目は、すでに次の「死の山」へと向けられていた。  まだ、解読されていない死者の声が、あの机の上で彼を待っている。

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