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プロローグ

「あなたの足をなめさせてください」


ああ、このまっすぐな瞳から今すぐ逃げ出してしまいたい。

かすかに残る冷静な判断は、この状況に対して、


(懇願されているのは私であるはずなのに・・・・・・!)


と訴えているが、私の足は情けなく震えるだけだった。


「おねえさま、お願いします」


今にも私の足へ伸びてきそうな彼女の手は、彼女の細い膝の上で、妖艶に組まれていた。

私よりも一回り小さなその手は、「待て」をされている子犬のようにそわそわと動いている。


「皐月さま、いかがなさいましたか」


私の後ろからは、急かす声も聞こえてくる。


(どうすればいいんだろう、私はこのまま・・・・・・このままこの世界を受け入れてしまっていいのだろうか・・・・・・)


目の前の子ウサギと私の後ろにたつ、そうだな、この子はどちらかというと子ぎつねとでも言おうか、

まるで前門の虎後門の狼とでもいうように、私は小動物たちからもう逃げられない状況に天をあおいだ。


(転生するにしても、こんな世界難しすぎるでしょ・・・・・・!)



前世の記憶は、うっすらとしか覚えていない。

会社員だったような気もするが、高校生だったような気もしている。

覚えているのが、常に年上の女性に憧れている一生だった、ということだ。


特に容姿に恵まれているわけでもなく、積極性や話術もなかったので、

女性として女性を好きになったところで、いつも片思いだけであったような気がする。


まったく、私は自分が何故死ぬことになったのかも覚えておらず、

気づけば、ほぼ現世と同じような世界の中に放り込まれていた。


前世の記憶がほとんどないにも関わらず、何故私が転生したと自覚しているかというと、

長い長い眠りから覚めた瞬間、私は、黒いボンテージに身をつつみ、10cmはありそうな、

凶器と見まがうほどのピンヒールを履いていたからだった。


この衝撃が分かるだろうか。


いわゆるサディスト&マゾヒストと言われる人たちが好みそうなこの服装は、

(これを「服」と呼ぶのかは定かではないが・・・・・)

かすかに残る私の記憶からはかけ離れた世界のものだったからだ。


しかも、私のそばに立っている、小柄な女性は、目をあけた私に対して、


「SSS級のS!」


と叫び、暗がりで見えなかった少し下の客席のようなところからは、

割れんばかりの歓声がわきあがった。


どうやら私は、舞台のような上に座らされていたようだ。


私を「SSS級のS」といった女性は、仮面舞踏会のようなマスクをつけており、舞台袖に手を上げる。

同じようなマスクをつけた女性が、舞台の袖から黒いビロードのトレイをもって近づいてきた。


気になってトレイの上に視線をやると、そこには、黒にも赤にも見える光る石が乗っており、

それがペンダントになっているのがわかった。


司会の女性(と途中から私は呼ぶことにした)はものものしくペンダントを持ち上げると、

その光は、客席の方まで明るく照らし、会場はその美しさにどよめいた。


それは確かに美しく、じっと見つめていると恍惚な気分で頭がおかしくなりそうなほどだった。


「SSS級のみが許される石よ、彼女にふさわしい地位を与えたまへ」


司会の女性は会場中に響き渡るようにそう叫んだ。


どうも穏やかではない。

得てしてそういうアイテムは、相応しくない者が身に着けた瞬間、体を破壊してしまうものである。

そういうたぐいに疎い私であっても、そのくらいは分かるのだ。


やめた方がいいのでは・・・・・・


そう思っても、声が出ない。

あぁ、この感覚は覚えている。

言わなければいけない状況になればなるほど、何も声が出ないのだ。

ぼんやりとしか覚えていない前世なのに、そういう思い出したくもない高校生活の一部だけが蘇ってくるなんて、

自分のこういう性格が嫌になる。


そうこう考えている間に、じわじわと近づくペンダント。


美しいと思ったのは一瞬で、もはや赤黒い恐怖でしかない。


いや、いいのか、もしこれで私の体が四方八方に飛び散ったとしても、

もともと死んでいた体である。


せめて砕け散るならひと思いに・・・・・・!


目をぎゅっとつぶると、ひんやりとした感覚と独特の重みが首元と喉元に感じる。

それはまるで、体の一部になったかのような不思議な感覚であった。


次の瞬間、先ほどとは比べ物にならないほどの歓声が会場内を揺らした。

このまま建物が壊れてしまうのではないかと思うほどの歓声を聞いて、私は小さく体を震わせた。


(きっとこれは、体が飛び散るよりも大変なことになったんだ・・・・・・)


私は自然と右手を上にあげる。

自分が何故そのような行動をとったのかは、あとになっても分からない。


ただ、私は自分が望んでもいない運命をその右手で選んでしまったようだった。

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