私の宝物
「ここのthatは指示形容詞になるから、その になるんだけど〜」
私達の交流は放課後の図書室で行われた。
高野君は自分で言った通り、一緒に過ごすだけで他にはなんの要望も無かった。
本当に観察するだけみたいだ。
私は勉強を分かりやすく教えて貰っているのに何も出来ることがなく、段々申し訳ないという感情が大きくなっていった。
「なるほど、ありがとう!高野君の説明、先生より分かりやすいから頭に入ってくるよ」
「そりゃどうも。乙木さん他の教科は成績良いし英語が苦手なのは先生との相性なんじゃない?」
「ん〜確かに。山田先生スピード早いから理解が追いつかなくてそれで難しく感じてるのかも…」
「田中先生が授業してるクラス、テストの点良いらしいしその説が濃厚かもな」
少し前の私なら彼とこんな話をしている姿なんて想像出来なかったと思う。
人を見た目で判断するなとはこの事なのだろうか?
実際に関わってみると、彼は常識を持った人間だった。
彼が話す言葉には理不尽な点など無く、きちんと筋が通っていた。
同い年の男の子な筈なのに、先にどこか違う世界へ行っている様な……同じではない何かを感じることがあった。
大人になるペースはそれぞれ違うけど、置いていかれている気がして少し寂しさを感じた。
……って、何だろう?この気持ち……
一緒に居ることが増えたせいか情が湧いたのだろうか?
「よし、今日は終了。お疲れさん」
「高野君ありがとう!」
「ん」
「あ、そうだ。これ、良かったら」
私はそう言ってバックから袋を取り出した。
「何これ?」
「いつも勉強教えてもらってるからお礼にクッキー作ってきたの…お口に合うかどうかは分からないけど」
「毒でも混ぜてんの?」
「っ!酷い、そんな訳ないじゃない!」
「そ。じゃあ大丈夫でしょ?アンタがおっちょこちょいで変なもん混ぜなきゃ不味くはならないって」
「それは、大丈夫だと…思うけど」
「何で自信なさげなの?味見は?」
「作るのにいっぱいいっぱいで…するの忘れてました」
「…そ」
高野君は私からクッキーの入った袋を受け取ると、袋を開け1枚取り出した… かと思えば、
「っん」
「美味い?」
素早く私の口に運び食べさせた。
不意打ちで初めて異性からあ〜んをされて、驚き恥ずかしかったりはしたものの、口内に食べ物が入った為食べ終えなければ話す事は出来ないので私はモグモグ食べたのだった。
本当は味なんて分からなかった。
そもそも図書室でものを食べちゃダメじゃん!とか思う事はあるのだろうがそんな事考えられる余裕が無かった。
ただただドキドキして味覚も聴覚も奪われていく様な感覚で、話せない代わりに私は首を縦に振った。
「ちゃんと上手に出来てんじゃん」
そう言って彼はもう1枚取り出し、今度は自分の口に運んだのだった。
「ん、美味い。サンキュー」
美味しそうに食べてくれた姿があまりにも無邪気で、可愛い なんて思ってしまった。
男の人は "可愛い" なんて言われたら嫌がる "カッコイイ" って言わなきゃ
そう思っていたのだけど、いつもと違う表情の彼に私は胸がキュンとしてしまっていた…
って、イヤイヤ待って?
ただこれはギャップっ!
そうギャップにやられただけというか?
ヤンキーが雨の中捨てられた子犬を拾って… なんて展開と同じで、ギャップがあったから!
ギャップがあったから……。
って、私は何考えてるんだろう?
1人慌てていた私を他所に、高野君は話し出した。
「その本…」
どうやら私のバックに入っている本が気になったようだ。
「あ、この本?高野君も、アリスの【花が落ちても】知ってるの?」
「あ、いや」
私はバックから本を取りだし抱きしめた。
「私ね、小さい頃からお話が大好きだったの。絵本を良く読んでもらってて、それから小説も読むようになって。色んな作品と出会って元気や勇気や感動、色んな感情を知ったり疑似体験?もさせてもらってね?その中でも1番好きなのがアリスの作品なの」
アリスの表現は柔らかく丁寧で、出てくる登場人物達も優しい人が多かったから心地好い世界観だった。
まるで自分も優しい人間になれたかのような気がした。
人に優しくされた分、自分も誰かに優しく出来る…
みたいな、親からの愛を感じれる様なそんな作品だった。
「アリスは陽だまりのような優しい世界観を作るのが上手い人でね?彼女の作品に触れるのが好きだったんだ。…でも、この花が落ちても は凄く切ないの。大好きな人への恋心を隠して、相手の恋を応援するお話でね?…好きって気持ちも言えないし嫌いにもなれない、行き場のない心に苦しむの。それでも、好きにならなきゃ良かったなんて思えず、私の一番は後にも先にも貴方だけです……って一途な想いが綺麗で…私、読む度に泣いちゃうの。私の一番大切な作品なの……なんて、ごめんね?熱くなりすぎちゃった」
「…いや、いいんじゃない?好きなものを好きって言えるのは良いことだし」
「そう、だよね?うん、私アリスが大好き!!」
「…」
高野君がアリスを知っているかは分からないままだが、私の気持ちを肯定してもらえて嬉しかった。
「アリスに想われた人は幸せだと思うの」
「え?」
「だってこんなに想われて…私だったらアリスを選ぶのに……あ、勿論、あくまでもお話はお話だから、アリス自身のお話じゃなくてアリスが考えた物語だって事は分かるんだけどね?でも物語の中でもその言葉を選んで使わせるのはアリスだから、アリスも物語のキャラクター達と同じ気持ちを体験していると思うの。そう思うと、物語自体がアリスの人柄な気がして…私はアリスが大好きだなって思ったんだ、へへ」
「そう」
私が饒舌になる度に高野君の口数は減った。
熱弁し過ぎたのかもしれない。
確かに彼は小説を読まなそうに見えるから…でも外見で判断するのはよくないと学んだばかりだった。
小説は好きか… いや、先ずは漫画から?
聞く質問を考えようとしていたら…
「アンタにそんだけ思われて、アリスも嬉しいんじゃね?」
「え?」
「だから、もしアリスがアンタの思いを聞いてたら喜んだんじゃね?って思ったって話」
「…うん!ありがとう高野君!」
「別に」
不器用なだけで彼は優しい人だった。
きっと今までの告白も、断れなかったり、傷を少しだけにしたい…なんて事を思っていたりしたのかな?なんて…
その優しさは優しさとしては間違えているのだけど…。
少しずつ彼の知らない一面を知れたり、分かりづらい優しさに触れる度に心が温かくなるのを感じた。
私はこの感情を、小説から教わったんだ。