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04 揺れる心

 

 好きな人と一緒に暮らしているということは、なんて素晴らしい日々なのだろうか。レティーシャは、二十年の人生の中で一番楽しい暮らしをしていた。

 重いバケツを運ぶ掃除も、体力を使う洗濯も、少し遠い距離への買い出しも、グレンのためと思うとすべてが楽しい。

 きちんとできた分だけグレンが褒めてくれる。しかも最近は笑顔で褒めてくれることが多く、レティーシャの胸はキュンキュンしっぱなしだ。彼女もニコニコと笑みが絶えない。

 そんなレティーシャを見て、グレンは目を細めながら彼女の頭に手を伸ばし……ハッとしたように直前で止める。そして手を引っ込め、固く握った拳をさっと隠す。



(もしかして撫でてくれようとしているのではなくて? グレン様、良いんですよ。思いっきり撫でてくださって良いんですよ。むしろ撫でてほしいので躊躇わないでください! さぁ!)



 そうレティーシャは何度も期待の眼差しを向けるが、グレンの強固な理性に勝てたことはない。一緒に住んでいるのだから、何か事故があっても良いのに一度もない。グレンのガードは非常に堅かった。

 でも少しずつグレンが心を開いて、距離が縮まっているのは感じている。


 先日は「仕事の報酬としてもらったけど、俺が使うことはないから好きにしろ」と言って、綺麗な箱に入ったブローチを手渡された。別の日には「捨てるのが勿体ないと言ったら、引き取る羽目になった」と言って、腕いっぱいの花束を押し付けられた。

 理由が本当かどうかは分からないが、グレンのその時の態度は照れを隠すような、不自然にそっけないものだ。

 これは脈ありなのでは――とレティーシャの気持ちは高まるばかり。彼女は完全に初恋に浮かれていた。



 しかし甘酸っぱい平和な時間は長く続かなかった。



 レティーシャがグレンの家に住み込み始めて三か月が経ったころから、彼の表情に陰りが目立つようになってきたのだ。特に仕事から帰ってきて、出迎えたレティーシャの顔を見るたびに一瞬だけ思いつめたような表情を浮かべる。

 レティーシャは理由を聞きたくても、仕事について詮索しないという約束があるから問いかけられない。美味しいご飯を作って、彼が元気になるのを祈って提供するのが精一杯。

 そして心配ごとはグレンのことだけではない。レティーシャは新聞を読んで今日も眉間に皺を寄せた。



(今日も王太子殿下と花嫁の挙式の日程について発表がない……すぐに嫁ぐようメーダ王国に要求していたくらいなのに、まだ日取りが決まらないなんておかしいわ。リズに何か問題でも起きたのかしら?)



 花嫁が偽物だとバレたのなら、メーダ王国はルートビア帝国に偽物を送ったとして問題が表面化しそうなものだが、国際問題に触れた記事はない。リズが気に入って購入した宝石やケーキについて記事に取り上げられていたため、彼女の体調不良の線は考えにくい。

 では、どうして……と色々と気になることがあるが、レティーシャには新聞以外に知る手段がない。小さなため息をついて専用の箱に新聞を入れた。



 ***



「レティ、食べ終わったら一緒に出かけるぞ。連れていきたいところがある。しっかり身なりを整えておけ」



 ある日、朝食中にグレンが告げた。



「グレン様と、ですか?」

「あぁ、俺とお前のふたりでいくぞ」



 レティーシャは目をパチクリとさせ、言われた内容を頭で反芻する。



(グレン様とお出かけ……身なりを整える……ふたり……もしかして、これはもしかしてデートと言うのでは!?)



 買い物の仕方を教えてくれたのはグレンに紹介された中年の女性で、グレン本人と外に出かけるのは、実は初めてのこと。ポジティブな考えをしたレティーシャは元気よく「はい!」と答えた。グレンが、どこか寂しそうな表情を浮かべていることには気付かずに……。



 そうしてグレンが用意した馬に相乗りをし、彼の腕の温もりにドキドキしながら連れていかれたのは大きな屋敷だった。

 正門から屋敷まで続く道には使用人がびっちり並び、恭しく頭を垂れている。その間をグレンは堂々とした態度で馬に乗ったまま進み、エントランス前で降りた。

 壮年の執事が、一歩前に出る。



「グレン様、お帰りなさいませ」

「ポール、父上はいるか?」

「はい。侯爵様は執務室でグレン様をお待ちになっておいでです」

「分かった。俺が父上と話している間、レティを頼む。明日からここで働かせてやってくれ」



 グレンはポケットから封書を取り出し、ポールと呼ばれる執事に手渡した。そして、馬から下ろしたレティの背中に手を添え、一歩前に押し出した。

 その手つきは突き放すようなもので、レティーシャの浮かれていた気持ちが一気にしぼんでいく。



(グレン様は、侯爵家の令息で……私は、ここの使用人になるということ?)



 王女でなくなったレティーシャは、貴族であるグレンとは結ばれない身分。しかも侯爵家という高貴な家の使用人になるということは、基本的に住み込み。森にあるグレンの家から出なければいけない。

 好きな人と結ばれない上に、一緒にいることもできないと知ったレティーシャは戸惑いを隠せない。



「レティ、俺のところでやっていたように励めよ」



 グレンはそれだけ言うと、レティーシャを置いて先に屋敷の中に入っていってしまった。



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