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1、のらねこ、兵隊さんになる

 そこそこ文章量のあるものをとりあえず投稿してしまおうと。元は3万文字くらいの短編として投稿しようとしていたもののプロローグ部分です。続きはいつになるかわからない前提でお付き合いください。

 1日だけカクヨムに投稿してたことがありますが、閲覧数3とかでした……。

 ノーラ・ニコは猫系の亜人種族だ。


 亜人というのは、人間に他の動物の特徴を併せ持つ種族のことで、「亜人」の名の通り人に近いものを意味している。亜人と呼ばれる人々にとっては人間種族の方が耳やしっぽが欠けた足りないモノ、という思いがあるのだが、世界の大多数を占めるのは人間種族であって、多数決的に「亜人」呼ばわりされることを余儀なくされている。


 ニコというのは家名ではない。それはノーラがお世話になっている孤児院の名前であり、昔の聖人の名であるらしかった。ノーラはそれがどういう人物か知らなかったし、知ろうとも思わなかったけれど、ニコというのが同じ孤児院の仲間である印なのだとは認識していた。

 もっとも、そのニコという聖人がかつて亜人との戦争で名をはせた人物であると知っていたら、また違った感想を持ったのかもしれなかったが。まあ聖人ニコの方も自分の名を冠した孤児院に亜人種族しかいないと知ったら複雑に思うだろうからお互い様なのかもしれないが。


 ノーラは、ちょこんと伸びた三角のお耳と、お尻から伸びたカギしっぽを揺らしながらぶらぶらと街を歩いていた。髪は黒いが、亜人を表す特徴は茶色の毛並をしている。歳は今年で十四になるが、もともと小柄な猫系の亜人ということを差し引いてもなお、実際の年齢の半分にしか見えないほどに幼い外見だった。有体に言って、ノーラは貧相な幼女だった。

 それはおそらく小さいころから十分な栄養を取ることが出来なかったからだろうと思われたし、実際ノーラはいつだってお腹を空かせていた。もっとも、彼女の空腹感はある意味で精神的な病のような物らしく、いくら食べてもお腹がいっぱいになることがないとわかってからは、自分から遠慮してもっと小さい弟や妹になるだけ食べ物を回すようにしていたから、ある意味では成長しないのは当然の結果とも言えた。


(……まあ、それにしたってわたしはちょっと、ちいさすぎだよね。後悔はしていないけど)


 通りを歩きながら、ノーラは小さくため息を吐いた。

 このご時世に、亜人の子供がこれまでなんとか生きて来られた。成長するには少しばかり栄養が足りなかったのだとしても、この歳になるまで生きて来られた。飢えて死なないだけ食べることが出来たというだけで幸せではあるのだ。

 で、あるのだけれど。

 孤児院に住まう孤児としては贅沢を言える立場ではないのだけれど。だけれど、それでも、さすがに、少しばかり成長が足りなさすぎるとも思うのだった。

 見かけの幼さでおまけをもらうなど、得をすることもあったけれど。大抵の場合は、実年齢に比べてひどく幼い見かけのせいで、ひどい目にばかりあってきたのだから。なにしろ、見た目が子供過ぎてほとんどの仕事をさせてもらえない。亜人種族は普通の人間よりも体力や力に優れるものだし、ノーラだって実際には見かけの割には人間の大人顔負けの力持ちだったりするのだが、大概の職場では門前払いされてしまうのだった。


 ノーラは見かけは一番小さいのに、孤児院では一番のお姉さんで、よく小さい子供の面倒を見ていた。はたから見ると小さな猫の女の子がお姉さんぶっている微笑ましい光景にみえるのだが、ノーラは意外にちゃんと姉として弟妹には慕われていた。しかしながら、来年には法的に成人となる十五歳を迎えるノーラは、そろそろ孤児院を出なければならず、就職先に悩んでいた。孤児院のシスターは、慌てなくてもゆっくりで大丈夫だよ、と言ってくれてはいるが、その言葉に甘えるわけにはいかなかった。弟や妹は増える一方でシスターがいつも資金繰りに困っていることは知っていたし、成人した子供は孤児院のためにもお金を稼ぐのが当然だとノーラは考えていたから。


 しかし、帝国では亜人の地位は低く、一応、同じ国民とされていたが、就職や結婚等には明確な制限があり差別されていた。実際、孤児院におけるノーラの姉たちのほとんどは、まともな職にはつけずに娼婦として働いており、兄たちも日雇い程度か、もしくは来るもの拒まずの軍に就職するしか道はなかった。


(……わたしも、しょうふになるしかないのかなぁ)


 ノーラはちょっとだけため息を吐いた。一度だけ、姉たちがやっている仕事を見学させてもらったことがあったのだけれど、あれは自分には無理だとしか思えなかった。

 姉たちが仕事としてやっている行為自体には忌避感はなかったけれど。むしろ、気持ちいいことをしてお金がもらえるなら、いい仕事なんじゃないかなと少し楽観的に考えないでもなかったけれど。


(……わたしのからだは、やっぱりちいさすぎるからなぁ)


 貧相な自分の身体を見下ろして、もう一度ため息を吐く。

 性癖というものは様々だから、ノーラの様な幼い体型を好む客もいるのだろうが、まず、物理的にノーラの身体が耐えきれない。きっと裂けるに決まっている。あんなに、乱暴に扱われては。

 ――それに。

 そうやって働けば、いずれはまた。孤児院に自分の様な親のない子供が増えていくだけなのだ。


(……それはいやだよね)


 おそらくノーラ自身、孤児院出身の姉たちの誰かの子供なのだろうと想像はついたし、だから孤児院の皆はその意味で本当の兄弟だと思っていた。だけど、親のない子供というのは決して楽しい生き方ではない。そんな子供をこれ以上増やしたくはなかった。初めから不幸になるとわかっている子供を産むなんて。それはいやだよね、とノーラは心の中でもう一度つぶやいた。


(わたしでもできるような、おしごとはないかなぁ)


 ぐるる、といつも鳴り響いているお腹を押さえながらノーラは壁の張り紙などを見て歩く。

 帝国の景気は、悪くないらしい。常に領土拡大を画策している帝国は、常時いくつもの国と戦争をしている。ノーラのいる首都付近ではぜんぜん戦争の空気といったものは感じられなかったけれど、それでも少しづつ男手が減りつつあるのは確かで、その空いた場所に求人が出ることがあるのだった。

 しかし、どうやら今は求人は無いようだった。ノーラはもう一度ため息を吐いて、地面を見つめた。そんなノーラの鼻を、不意に肉の焼ける香ばしい匂いがくすぐって。ノーラが顔を上げて周りを見回すと、串焼きの屋台が見えた。


(おなかへった……。お金、あんまりないんだけど。どうしよう)


 ノーラは首から下げた小さな皮袋を引っ張り出して、中身を確認した。屋台の串の一本くらいは買えるだけの銅貨は入っていたが、ここしばらくお仕事は出来ていない。減る一方なのにここでさらにお金を使ってしまうのは躊躇われた。どうせ満たることのない空腹なのだし。


(どうしようかなぁ)


 ノーラは顔を上げて、空を見上げながら考えた。雲一つない青空には、白いお月様がぽっかりと浮かんでいた。小さなお腹が、空腹を訴えてぐるる、と鳴る。


(……あのお月様が、食べられたらいいんだけどなぁ)


 かつて、夜空に浮かぶ月は3つあったのだという。亜人種族のご先祖様が、ぺろりと食べてしまったので今では1つしかないのだ、なんて言い伝えもあるけれど。

 ノーラはそっと白い月に手を伸ばして、空気だけをつかんでため息を吐いた。


(流石にお月様には手が届かないよね)


 もう一度ため息を吐いて、ノーラはなけなしのお小遣いから屋台で串焼きを一本だけ買った。残念ながら今日の屋台の人は人間種族で、おまけをくれないどころか嫌なものでも見るように投げ渡された。


(おにく、もっといっぱいたべたいなぁ)


 何度も焼き直してすっかり肉汁が抜け落ち、パサパサになった肉をしっかりと噛みしめる。


(うん、おにくに罪はない。おいしい)


 もきゅもきゅと、口の中で何度も噛みしめる。味がしなくなっても、何かを口に入れているだけでノーラは幸せな気分になれる。

 そんなノーラの耳に、不意にびっくりするような言葉が聞こえてきた。


「若人よ、”おくに・・・”のために武器を取れ!」


(え? 今、お肉って言った?)


 思わずノーラは、きょろきょろと周りを見回した。

 いつの間にかノーラは噴水のある広場にまで来ていて、そこには軍服を着た数人の男たちが奇妙な棒を片手に声を張り上げていた。


「これは新型の魔杖(まじょう)である! これさえあれば、女子供、それどころか猫の子ですら敵兵を瞬殺できる新兵器であ~る!」


 その奇妙な棒は、肘から伸ばした指先くらいの長さで、先の方が赤く丸く膨らんでいて、おっきなマッチ棒みたいだ、とノーラは思った。


(まじょう、ってなんだろう?)


 聞いたことがない言葉だったけれど、軍服を着た男の人はすごく自信満々にその大きなマッチ棒をかかげていて、きっとすごいものなんだろうな、とノーラは小さく口を開けたまま眺めていた。


「――さあ、誰か試して見る者はいないか?」


 広場には実演してみせるためだろうか、洋服を着た首のない上半身だけの木製の人形が立っており、それを軍服の男が指さしながら周りをなんども見回した。


(女子供でも、猫の子でも出来るっていう話だけど……。わたしにもできるかなぁ。けど、本当に猫の子でも扱えるなら。猫を戦争に連れていけばいいんじゃないかと思うんだけど)


 まあ、それはそれとして。

 お肉のために、という言葉がとっても気になったノーラは、とことこと軍服の男に近づいた。


「……おじさん、それ、わたしにも出来る?」


 ノーラが軍服の男を見上げながら声をかけると。

 一瞬、男は驚いたようだったが小さく笑いながらうなずいた。


「もちろんである。お嬢ちゃんのような小さな女の子だって、簡単に扱えるのである。試して見るかね?」


 軍服の男は、最初はノーラのような幼い見た目の女の子が武器に興味を示したことに戸惑ったようだったが、むしろ誰でも扱えることを実演してみせるのに都合がいいと思い直したようだった。


「なに、これこのように、魔杖を敵に向けてボタンを押すだけだ。さあ、やってみたまえ」


 でっかいマッチ棒をノーラに差し出す軍服の男。

 ノーラは、わかった、と小さく頷いてそれを受け取った。マッチ棒の軸は、重さはともかくノーラの小さな手には少しばかり余る大きさだったが、両手で構える分にはなんとかなりそうだった。


(……えっと、敵に向けて、っと)


 ノーラはマッチ棒の先を木製の人形に向けた。マッチ棒の先がふらふら心もとないが、それは愛嬌というやつだ。軍服のおじさんの言うことが正しいのなら、こんなへっぴり腰だってなんとかなるはずだよね、とノーラは大きく深呼吸をした。


(ボタン、これかな。えい)


 ノーラは意を決して、マッチ棒のボタンを押した。

 すると。

 マッチ棒の先から音もなく光の矢が放たれた。


「わ、わ」


 驚いてマッチ棒を落としそうになったが、ノーラは抱きしめるようにしてなんとか落とすことを回避した。

(よかった、こんな高そうなものをおっことしたら、おじさんに絶対に怒られるところだった)

 ノーラが、ほっとしていると妙に周りが静かなことに気が付いた。

(あれ、どうなったんだろう?)

 ノーラが顔を上げると、先ほどまで立っていた木製の人形の胸に大きな穴が開いていた。


「これこの通り! 新式の魔杖は自動で狙いを合わせ、こんな子供でも狙い過たず敵兵を打ち砕くのである!!」


 軍服の男が大声でを上げながら穴の開いた木製の人形を指さし。

 とたんに、わぁ、と周囲から沸き起こるように歓声が上がった。


(すごい……。わたしにも、こんなこと、できるんだ)


 ちょっとわくわくとした気分で、ノーラは大きなマッチ棒を抱きしめた。


「うむ、続けてもうひとつの機能を実演しよう。キミ、ボタンに手を触れないようにして、そのまま魔杖を握っていたまえ」

「え、はい」


 ノーラは言われた通り、ボタンに触れないようにマッチ棒の端と端を握った。


「(……怖ければ目をつぶっていたまえ。そして、そこから動かないように。絶対にキミを傷つけることはないと約束しよう)」


 軍服の男はノーラの耳元でそう囁いて、腰に佩いていたサーベルを抜き放った。


「……!」


 どうしよう、とノーラは思った。軍服のおじさんが、何をしようとしているのかは明白だった。そのサーベルで、ノーラのことを斬ろうとしているに違いなかった。いくら亜人が蔑まれ差別されているからといって、街中で何の咎もなしにいきなり斬り殺されるなんていうことは、滅多には起こらないと思いたかったが。

 ……実際、ないわけではないのだった。それほどまでに亜人の立場は低い。

 傷つけない、と言った言葉が本当なのか、それとも単なる方便なのか。どうすればよいのかわからず、混乱したノーラは思わず目をつぶってうずくまった。


「さあ、ごらんあれ。魔杖は武器として優秀なだけでなく、これこのとおり!」


 ヂン、と金属同士がこすれ合うような鈍い音がした。


(……あれ。どこも、痛くない?)


 おそるおそるノーラが目を開けると。

 半球状の光の膜のようなものがノーラを包んでおり、軍服の男が振り下ろしたサーベルはその膜により止められていた。


「いかなる刃をもよせつけぬ、鉄壁の盾にもなるのであ~る!」


 再び、わぁと歓声が沸き起こった。


「ご協力感謝する。小さな子猫殿」


 ノーラが差し出された手に捕まって立ち上がると、軍服の男はノーラの頭をやさしく撫でた。ノーラは少し目を細め、ん、とマッチ棒を返した。


「軍ではこの魔杖を装備した新たな大隊を編成予定である。種族・性別・年齢、全てを問わない。我と思わん者はお国のために武器を取れ!」


 わあ、と歓声があがり、観客が軍人に詰めよる。

 景気がいいとはいえ、安定した職に就いているものばかりではない。ノーラの様な小さな子供でも簡単に扱えて、しかも身の危険がない、となるとかなりの好条件であった。特に、年齢や性別を問わないというのが大きかった。帝国の軍隊はいまだ徴兵を行わず全て志願によって賄われていたが、来る者拒まずとはいえ流石に一定の基準というものがあり、基本的に女性の志願は受け付けていなかったし、年齢も成人である十五歳以上、三十歳未満と決められていた。

 重い病気や身体の欠損のあるものも当然、弾かれていたのだが。しかし、此度の新式魔杖は、最低限片手でボタンを押すことが出来れば用足りる。行軍の必要があるため最低限の体力は必要となるものの、これまでに比べてずいぶんと門戸が開放されたのだった。


(……へいたいさんかー。しょうふよりはマシな気がするよね)


 なにより。がんばればお肉がもらえそうなところがすごくいい。

 ノーラは、ほんの数秒も迷うことなく受付の列に並んで申し込みの用紙を受け取った。そして、帰りの足で役場へゆき、必要な書類を手に入れ、全ての準備を整えてから孤児院へ帰り着いた。

 ノーラが兵隊になります、と言うと、当然、親代わりであるシスターは女の子が戦争に行くものではないと猛反対した。しかしノーラは見た目は小さくとも既に自分で自分のことを決められるだけの自立心を持っている。そして、じきに孤児院を出なければいけないのも事実だった。だから、懇切丁寧に危ないことは無いのだ、新式の魔杖はすごいのだということをシスターに語り、ついには頷かせることに成功した。ノーラは見かけよりもずっと行動力のある女の子なのだった。


 翌日、保護者代わりのシスターにサインをもらった書類を胸に抱いて、ノーラは帝都の帝国軍人事局へ向かった。


「……君が、軍に入隊したいというのかね?」

「はい、おにくのためにがんばりたいと思います!」


 ぴしりと背筋としっぽを伸ばして、ノーラは見よう見まねの敬礼をした。

 面接官は敬礼するノーラを前に、ひどく面食らっていた。なにせ、目の前の少女、いやむしろ幼女と言った方が正しいと思えるほど幼い容姿の女の子が、軍に入隊を希望するというのだから。舌っ足らずにも、「お国のために」を「お肉のために」と言い間違えるほど幼いというのに。


「……もう一度、確認しよう。君が軍に入隊を希望するので、間違いないのかね?」

「まちがいありません」


 ノーラは再び背筋としっぽを伸ばして、改めてぴしり、と敬礼をした。

 面接官は、提出された書類を元に思案する。

 信じがたいことに、正式な役所の印鑑が押された書類によると、目の前の幼女ノーラ・ニコは現在、十四歳であり、後ほんの数か月で成人である十五歳になるのだという。帝都で住民登録されている以上、よその街から流れてきた流民でなくこの帝都で生まれ育ったに間違いなく、その点では孤児であっても身元に申し分がない。軍に所属するのに亜人であることは問題にはならないし、ノーラが希望する新設の部隊には性別も年齢も問われない。


(……だかしかし、いくらそうだからといって、本当にこのような幼い子供を入隊させてよいものなのだろうか)


 基本的に書類や内容に不備が無ければ、志願兵は断ることはできない。国のために軍役に付くことは帝国国民の権利でもある。が、今なら自分の一存で、申請を却下できる。保護者の了承のサインもあるが、成人である十五歳に満たないことを理由に再考を促すことは可能だろう。

 なにより、このように幼い子供を戦争に駆り出すほど、帝国軍は人手に困ってはいない。

 考えをまとめた面接官はひとつ息を吐いて、提出された書類を逆向きに握る。


「……すまないが、」


 書類を突き返そうとしたその時。

 急に、入り口のドアが開いた。


「おや、面接の途中であったか」

「……あ、昨日の、軍人のおじさん」


 ノーラはちょっとびっくりした。急にドアを開けて部屋に入ってきたのは、昨日、広場で新型の魔杖の実演をしていた軍服のおじさんだったからだ。


「おお、実演に協力してくれた小さな子猫殿ではないか。どうしてこんなところに? ふむ、志願兵、なのかね」

「キンダーマン少佐、彼女は……」


 面接官は少し迷った末に、手にした書類を少佐に手渡した。上官であれば、適切に判断してくれると信じて。


「ふむ。ほう、まさか、成人間近だとは知らなかった」

「はい、おにくのためにがんばりたいと思います!」


 ノーラは、三度背筋としっぽを伸ばして敬礼をした。どうやら軍服のおじさんは、思っていたより偉い人のようだった。精一杯、役に立つのだ、と自己主張を試みる。成りは小さいものの、ノーラは見かけよりはずっと力も体力もあるのだ。

 少佐は、そんな背伸びをするようなノーラをやさしい目で見つめ、ふむ、とひとつ息を吐いた。


「……ノーラ・ニコ。軍は女であることも、子供であることも一切を考慮することなく、ただキミに兵士であることを求める。軍に所属するとは、そういうことだ。その覚悟がキミにあるかね?」

「ふんこつさいしんのかくごで、がんばります!」


 ノーラは元気よく返事をした。意味は良くわかっていないが、何か言われたらこう返せばいいと言われたそのままを口にしただけだった。


「では、この書類は受理しよう。まずは、訓練校にて一年間の訓練が行われる。最低限の体力と学力を身に付けたまえ。最低限の基準すら満たせなければ、志願であっても入隊は許可されない。それは理解したまえ」

「ありがとうございます! りょうかいであります!」


 ノーラは思わず、ぺこりと頭を下げた。軍では敬礼が挨拶代りなのだと知っていても、どうしても普段のくせが出る。


「後の手続きは、受付で聞きたまえ」

「は!」


 ノーラは、慌ててもう一度敬礼をして、部屋を出た。

 来るもの拒まずの軍とはいえ、あるいはノーラの様な見た目の幼さでは断られる可能性も考えていたのに、思ったより簡単に就職が決まってしまった。思わず小躍りしそうになりながら、就職のお祝いに屋台でお肉を食べよう、とノーラは思った。




 ノーラが去った後の面接室。


「……キンダーマン少佐、本当に受け付けるのでありますか? 小官は反対であります。いくらなんでも、あんな子どもを戦争に駆り出すなんて」


 面接官は思わず口をはさんだ。


「見た目は幼くとも、年齢は問題ない。あの様な子供ですら扱える武器による新設部隊である。問題はなかろう」


 キンダーマン少佐は、ノーラが新式魔杖を目の前で撃った時のことを思い出していた。

 謳い文句は「猫でも扱える兵器」。とはいえ、実際にあのような幼い子供が使うことは本来想定していなかったのだが。初めて扱って見事に人形の胸を貫いたその技量。ある程度の誘導性能は有していても、あそこまで見事にど真ん中を撃ちぬくとは魔杖を渡した少佐自身、思っていなかった。ただの偶然とは思っても、あるいは。


(……あの仔猫、意外に化けるかもしれん。少なくとも思念感応物質(ヒェルヅェア)への適正は並以上であるな)


 新設部隊の大隊長に就任予定のバールトヘルム・キンダーマン少佐は、ノーラの書類を丸めて、ぽんと肩を打ち。どこともしれないあさっての方向を向いて笑みを浮かべた。


 ドイツ風な感じですけど

 for states  (国のために)

 for steak (ステーキのために)

 みたいな聞き間違いだったり。

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