友達論ー番外編ー交番にてー
僕は今日、大学を卒業した。卒論は、「近代の友達について」だった。僕は、独りきり。同級生とカラオケに行くこともなく、飲み会に行くこともなくて。四年間、お世話になった、学生寮の管理人であるおばちゃんに挨拶に行ったが、「卒業、卒業、良かったね。はよ、帰り」というだけの贈る言葉。辛い僕は、電車に乗り、家路に着いた。
家に着くと、父さんが、笑顔であった。そして、母さんも笑顔だ。父さんは、疲れきり、孤独で独りぼっちで、寂しがり屋の僕に、ビール片手に、こう言った。
「卒業、おめでとう。そうだ。お前に言わなければ、ならないことがある。家から歩いて、すぐの所に、新しく交番が出来たぞ。どうだ、お巡りさんと友達になってみては、どうかな。お巡りさんは、いいぞ。この世の宝だ。強き、正義の味方だぞ」
僕は、オレンジジュースを飲み干し、父さんと笑った。母さんは、こうも言った。
「友達は素敵だわ。この世で一番、素敵な言葉は、友情よ」
そうか。そうだな。母さんはファンデーションを顔に施して、トイレに行った。よし、交番へ行こう。僕は、降りしきる雨の中、父さんが書いてくれた、交番への地図をもとに、お巡りさんという友達を求めて、歩いた。
歩くこと8分。交番に到着すると、難しい顔をした、お巡りさんが、書類を書いていた。僕は、その、お巡りさんに言った。
「こんばんは。お巡りさんの制服、カッコいいですね」
お巡りさんは僕を睨み、書類を机の中に隠すようにしまい、
「君、事件ですか、事故ですか」
「僕、お巡りさんとお友達になりたくて、雨の中を一生懸命に歩いてきました。僕とお友達なってください」
「はあ、何それ。交番って、事件事故のためにあるんだよ。君、酔っ払いなの」
「いえ、ですから、お巡りさんと、友達になりたくて。僕は、今日、大学を卒業しました。高学歴保持者です。さっきの書類、手伝いましょうか。お巡りさんとの友情を記念して」
「君、おかしいよ。ちょっと、職務質問させてもらいます」
「僕、おかしくないですよ。失礼な」
「それは、こっちの台詞だよ」
僕は、お巡りさんにズボンの中から靴の中から、上着の中から全て、チェックされた。そして、お巡りさんは極めて無礼に、無線に向かって、こう言った。
「989。どうぞ。二十代だと思われる男性。薬物なし、飲酒なし。言動に異常あり。不審者。家に送る。どうぞ」
僕は怒った。本気で人が友達になってやろうとしているのに。
「僕は、不審者じゃない。言動も正しい。僕と友達にならないと後悔しますよ」
「はいはい。家に送ってあげるね。君には友達が一生、出来ないよ」
「極めて無礼だ。この、警察官が。一人で、僕は帰れる。僕は高学歴保持者だ」
「わかりました。わかりました。では、さようなら」
僕は、また、雨の中、傘もささずに、ずぶぬれになっては、家路に着いた。僕には、何故、友達が出来ないのであろうか。難問だ。なんだ、あの、お巡りさん。人がせっかく、優しく接してあげたのに。
家に着くと父さんがビール片手に傷心な僕に、また、こう言うのだ。
「友達はいいぞ。お前にも、きっと、真の友達が出来るさ。お巡りさんとは友達になれたのか」
「いや、なれなかったよ」
「そうか。友達はいいぞ。いつか、お前にも真の友達が、きっと、出来るさ。何事もあきらめずにやるんだぞ」
僕には、僕には、本当に友達が出来るのであろうか。僕は、僕は、辛い。世界一孤独な男なのか。僕は。すると、母さんがトイレから出てきて、僕に、少し呆れた顔でこう言うのだ。
「何かあったら、友達を想いなさい」
と。だから、僕には友達がいないと言っているのに。僕には、どうしたらいいのかわからない。友達。難問である。僕にとって、一番の難問だ。僕は、階段を上り、自分のベッドに横になり、独りきり、枕を抱いて、号泣した。僕は、僕は。何か、僕が悪いことをしたとでもいうのかよ。畜生が。
僕には友達が一人もいないんだ。何故だ。何故なのか。僕は、僕は。いったい、どうすればいいんだ。僕は、辛くて、辛くて。何なんだよ。何なんだよ。今日も友達が出来ずに。皆、僕の優しさが、わからないのかよ。卒業。卒論。挨拶。交番。職務質問。全て、友達作りのために人が一生懸命に頑張っているのに。明日の僕も友達作りに、ヤキモキするのであろうか。友達って、いったい何なんだろう。僕は、今日という日を忘れない。僕は鏡の中の僕を見て、パンツ一丁で眠りに就いた。今日の僕は、夢の中で、友達が出来る気がして。友達。友達。鬼門なのか。僕にとって、友達とは。