のりことあやしい結婚式1
その日曜日、のりこは朝から旅館のそうじをしていた。
ふだんは、少女あるじが朝から仕事をすることはないのだが、今日はそうもいかない。
なにせ、特別な予約が入っているのだ。
メッヒやお美和、ユコバックなどの従業員たちも朝早くから立ち回っている。
女中のアンジェリカといっしょに袢纏すがたで床をふきながら、のりこはクワクがいればと思うが、いないものはしかたない。
「アンジー。もうすぐ花咲のおじさんが来るから出むかえといて」
「わかりましたわ」
「花咲」は綾石旅館がかざっている生花を一手にあつかっている花屋で、そのあつかう植物には、みょうなものが多い。
玄関に置いてある蘭なんて、いまだにスキを見せるとのりこをかじろうとしてくるから油断がならない。
しかし、そんな「ささい」な問題をのぞけば「花咲」の花はどれもすべてきれいで良質のものなので、口うるさいメッヒも満足して仕入れていた。
そんななじみの業者に、きょうの特別用の花も注文したのだが……
「――まだ来ない?もうそろそろ来てもらわないと準備がおくれるよ」
「そうですわね。番頭さんがきげんをそこねるころですわ」
約束の時間に20分ほどおくれている。めずらしいことだ。
「メッヒったら、仕事のフキゲンをそのまま顔に出すからなあ。もうちょっとまわりに気をつかうオトナになってほしい」
「そういうことは、あるじからおっしゃってくださいませ」
「やだよぉ。あいつにそんなこと言ったら根に持たれそうだもん」
そうやって、いつものように番頭に対するグチをこぼしながらあるじと女中が玄関前でまっていると、国道をこちらに向けて走る「花咲」おなじみのさくら色のワゴン車のすがたが見えた。
「あっ、やっと来た……って、なにあれ?」
ワゴン車は、あきらかに法定速度を超えた速さで駆けている。
「あんな猛スピードで、しかもくねくね走って!あぶないよ!
……あれ?それにうしろにみょうなバイクが引っついてるよ!」
猛スピードで蛇行運転しているワゴン車のうしろに、不審な大型バイクが数台ついてきている。
ふたり乗りしているものもおり、ワゴン車になにかを投げつけているようだ。
「なに、あれ?火炎瓶!?」
危機一髪!火のついた瓶は車からそれて、地面で燃えさかる。
ワゴンはその襲撃からのがれようと、くねくね運転しているのだ!
「なんてあぶない!なんとかしなきゃ!」
しかし、たよりの番頭はいま旅館の奥座敷で大事な打ち合わせをしている。
呼んでいては間に合わない。




