のりことあやしい旅館9
メッヒはきびしい目で
「……あまり無理はおっしゃらないでくださいよ、クラレーヴァ。じゃあクワク、お部屋にお荷物をお運びして」
「はは」
クワクがクラレーヴァにつつかれながら二階へ上がっていく。
そして、そのあとすぐ旅館に入って来たのは、よれよれのポロシャツにズダ袋ひとつかかえた、まるで棒っきれのように細長い、東南アジアから来たっぽい男性だった。旅なれていないのか、ガイドブック片手に、目をきょろつかせている。
「……予約したブー・ニンだ。いや、です」
「ブー・ニンさまでらっしゃいますね。はい、うけたまわっております。ようこそおいでくださいました」
愛想のよいメッヒに、
男性はぶっきらぼうな言いぐさで
「コン・エックの紹介で来た。『ここの番頭は日本一。どんな無理な注文にもこたえる』と。ホント、か?」
「コン・エックさまのご紹介で?それはおそれいります。私がその番頭でございますが、できるかぎりお客さまのご要望にはこたえたいと、はい。思っております」
もみ手をして愛想よく接するその態度は、のりこに対する冷やかさと大ちがいだ。
「そうか。たのむ、よ」
メッヒがなにも入ってなさそうなズダ袋をあずかって、ブー・ニンを奥の部屋に案内していく。
「――おじょうさん。ちょっとのあいだ、この場をお願いしますよ」
「えっ」
そんなこと急に言われてもこまるのに、一方的にまかせられてしまった……。
のりこは、こんなにもいろいろな国の人を実際に見るのははじめてだったので面食らっていた。どうやらこの旅館は、ほんとうに外国のお客さんが多いらしい。
(……あれ?でも、なんかヘンだな。なにか今、すごくおかしなことがおこっているような気がする)
しかし、そのおかしさがいったいなんなのかわからず、少女が小首をかしげていると
「スイマセン。部屋ありますか?」
知らぬまに、玄関に背が高い白人男性が立っていた。
コートにハットをかぶったすがたは、まるで海外ドラマに出てくるダンディな刑事みたいだ。
「あっ、あ。お客さまですか?はっ、はい。――あの、番頭さん!お客さんですよ!」
あわてふためくのりこに、奥からメッヒがこたえる。
「あ――っ、はいはい。少々おまちください。今ちょっと手がはなせなくて……いえ、ちがいます、ブー・ニンさま。その衣紋掛け(えもんかけ)は、あなたがぶらさがるものではありません!」
よくわからないが、なんだか番頭は、すぐには来られないらしい。
クワクが下りてくる様子もなく、少女はただあいそわらいをうかべて、ごまかした。
「すいません、ちょっとまっててもらえますか?」
「サ・ヴァ(いいですよ)。むしろ、かわいらしいマドモアゼルとふたりきりの時間をすごせてうれしいことです」
そんな小粋なことを言ってウインクしてくる伊達男に、内気なのりこも思わず表情をゆるめた。