のりことだんまりお客5
だんまりさんがピタリと静止した。
のりこたちに反応してのものではない。
目はかくれて見えないけどその視線の先にあるのは、公園のしげみのなか、なにやらもぞもぞとうごめくものだった。
だんまりさんはだんまりしたまま、そのしげみにちかづくと
びゅん
たいへんないきおいで虫とり網をふるった。
しかし、それよりも一瞬速くしげみから逃げ出した影がある。
(なにあれ?)
それはバスケットボール大の、ころころまわる毛むくじゃらの球体だった。
だんまりさんは網を持ちなおすと、そのなぞの毛玉をごうぜんと追いかけ、ついには壁と壁のなす角に追いこんだ。
彼は持っていた網を捨てると、追いつめた毛玉を両手でおさえこもうと飛びかかった。
(つかまえた!)
と、のりこは思った――しかし!
なんということだろう!
追いつめられた毛玉はピョオンとはねあがると、そのまま回転しながら「空を飛んで」逃げたのだ。
その空飛ぶ毛玉のあとをだんまりさんがあわてて追いかけていった。
けっきょく、のりこはお客さまに声をかけることができなかった。
のりことお美和が旅館にもどってくると、番頭はお客さまの観光のおともから帰ってきたところだった。
「オー、ノリコ。もどってきたよ!会いたかった!アイ・ラヴュー」
そう言って熱烈なハグをしてきたのは、でっぷりと立派な体格をした黒人中年女性だ。
「ナ、ナンシーおばさん……い、息がつまっちゃう」
「オー、ソーリー、ソーリー。ジャパニーズ・ガールがこわれやすいの、わすれてました」
そう言って腕をはなしたのは、アメリカのミシシッピ州から来た陽気な宿泊客のナンシーだ。
おとといから綾石旅館に滞在しているが、一目見たときからのりこのことを気にいって、会うたびに抱きしめてくる。
少女あるじはまだ欧米風のハグ文化に慣れていないので、たいへんだった。正直、体が痛い。
「……ナンシーさま。お荷物はお部屋に上げてよろしいでしょうか?」
山と買い物品をかかえた番頭メッヒが、あるじの危機はほっといてたずねる。
「アアン、そうね!国に持って帰る前に部屋でじっくりと見てみたいもの!
ニッポンの布はとってもおしゃれ!カスリや正絹は最高にクールよ!」
織物好きのナンシーおばさんは、のみの市で大量に反物を買っているのだ。
「今度はもっといいエモノを狙うよ。またついてきてちょうだいね、番頭サン!」
「宿の仕事があるのですがね……」
番頭はしぶりながらも、客のたのみに応じていた。




