のりことだんまりお客2
「うん、大好き。だから本当はメッヒにもひもつけて散歩させたいんだけど、あいつったら、それはいやだっていうんだよ」
綾石旅館の番頭・メッヒは、のりこの父・幹久と契約してはたらく悪魔だった。
ときおり黒いプードル犬に化けて動きまわるのだが、ひもをつけられるのはいやらしい。
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「……あのおそろしい番頭はんにひもつけて散歩させよ、なんてこと思たんはこの世がはじまって以来、いとはんだけですわ」
お美和は怖気をふるうように首をふった。
「なんで?あんなやつたいしたことないじゃん。えらそうにしてるけど『旅館のためだ』って言っときゃ動くやつだよ。チョロイもん」
メッヒの行動は、旅館のためになることがすべてである。そうして番頭の道をきわめたとき、彼は契約相手である幹久のたましいをうばうことができるからだ。
しかし、メッヒが番頭の道をきわめることなんて当分ない、とのりこはふんでいた。だから、そのあいだは「せいぜい」うまいことつかってやればいい。
「……ほんに、いとはんは大人物ですわ。その気になればすぐ世界征服できますわ」
お美和のことばに、
いとけない主人は
「え~、やだよ。これ以上旅館ふやすのは。メッヒにも言ったけど、あたしにホテル王になる気はないよ」
もちろんお美和はそういう意味で言ったのではないのだが、深追いはしなかった。
小学四年生の少女に、あなたは今「ほんとう」に世界を征服できる力を持っていると言ってもしかたなかった。
「――それより、このおみやげみんなよろこぶかな?」
「そら、あるじが買うてくれたんやもの。みなよろこびますわ」
のりこは映画のかえり、映画館に隣接するデパートで従業員へのおみやげを買っていた。
「でもさ、こんなシュークリームとかで、ほんとうによかった?みんな食べるかな?ユコバックは酒飲みだし……だいたいアンジーなんか人形でしょ」
旅館の釜たき・ユコバックは火をあつかうのが得意な悪魔で、火酒を好む。
それにかわいらしい女中・アンジェリカ(アンジー)は、精巧なからくり人形だ。
「そないなこと、気にせんでもよろしいわ。みんな、あるじからの品や言うたらよろこびます。いろんな味のものを買いましたでしょ」
「うん。バニラにいちごに、抹茶、チョコ……ああ、クワクがいたらいいのにね。あの子はチョコが好きだったもの」
のりこは、すこししょげて言った。




