のりことだんまりお客1
「あ―あっ、やっともどってこれた」
のりこはお美和に手を引かれ、綾石旅館もよりの私鉄かむの駅におりたつと、息をひとつついた。
「楽しなかったですか?」
「そんなことないよ。もちろん楽しかった。
でも映画館で見る映画って、あんなにすごいんだね。音も大きくて後ろから回りこんでくるみたいに聞こえたし、あたしびっくりしちゃった」
小学四年生ののりこは、いま生まれてはじめて映画館で映画を見てきたのだ。
その最新の音響と迫力の映像に、つかれてしまった。
「ホンマ。うちも今の活動写真があないなことになってるとは知りませなんだ。びっくりしてアゴ落としてまいそうやった」
綾石旅館の料理人兼女中である口裂け女・お美和は外出ということで大きなマスクをつけている。
しかし上映中、何度もそこからもれでるほどに口がひらいたのは、となりののりこも気づいていた。
お美和も、ついこのあいだのりこにつれだされるまで、長年にわたって旅館の一室に引きこもっていたので、世の中の変化には「うとい」のだった。
「あんなふうに画面から飛びだしてくるなんてびっくりしちゃう。波しぶきが本当にかかるかと思ったよ」
もちろん3D映像も初体験だ。
「いとはん(おじょうさん)は今までいろんなもんに追いかけられたでしょ?そやのに、こわいんですか?」
「そりゃ、こっちの方がリアルだけどさ。映画みたいに大きくは飛びだしてこなかったもの」
のりこが、父親の実家である綾石旅館のあるじの役目をおしつけられて、一月ほどたつ。
人間ならぬ異界のもの……アチラモノが利用する宿である綾石旅館にいるせいで、のりこはすでになんども危険な目にあっていた。
ジェヴォーダンの獣や人面犬といった怪物たちにおそわれたりしてきたのだ。
だから、今日はもうこわい映画はごめんだと、ほのぼのしてそうな南の島の少年とイルカの友情物語を観にいったのに
「ほんに。意外と激しおましたな。機関銃を撃ちちらかす海賊に追いかけられたりして」
予想外に刺激の強い映画だったので、つれていったお美和は恐縮していた。
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そんな従業員にあるじは気をつかって
「でもイルカはよかったよ。それに男の子がつれてる犬もかわいかった」
「いとはんは犬好きやもんね」




