のりこと時空の部屋23
「――で、なに?きわめたの?」
「いえ、まだです。これで完全を期したと思っても、必ずどこかに不備が出ます。日々これ発見、日々これ反省の毎日です」
――なんだか泥沼なんじゃないの?それ。
この旅館で、メッヒの求める最高の接客ができる日なんか永遠にやってこないと思うけど……って
「あれ?それじゃあ、まだあなたはお父さんとの契約を終えてないっていうこと?」
「ええ」
「……じゃあ、あたしのお父さんって、いまどうなってるの?」
のりこの問いに
メッヒは
「そりゃ生きてますよ、どこかで。私は知りませんが」
さらっとこたえる悪魔に少女はあきれた。
なにそれ?契約してるくせに、そんないいかげんなことってある?
「あなたの父上は私と契約すると、あなたの母上といっしょにすがたを消しました。私は番頭業がいそがしいので、その行方にかまってなどいられませんでした。あとになって春代……あなたのおばに命じられて探しましたが、見つけたのはあなただけです。
あなたの父上が、どうしてあなたやあなたのお母さんと別れることになったのか、それは存じません」
きっぱり言われると、もうのりこには二の句がつげなくなった。
そしていま、メッヒは人間のたましいをひとつも持っていないという。
「そんなひま、私にはありません。顧客情報の整理で手いっぱいです」
つまり、今回のさわぎはすべて、のりことクワクがルーシェの口車にのせられておこしてしまったことだったらしい。
(もう!あの堕天使め、こらしめてやる!……って言っても、もう地獄に落ちたんだった)
クワクはのりこの前にかけよると、ひたいを地面にすりつけた。
「あるじ、面目もござりませぬ!このクワク、今ここで腹かっさばいて、おわびもうしあげまする!」
前をはだけると、自分のするどい肢をその腹に突き立てんとする。
「やめっ……」
のりこが言う前に、その肢をつかんだのは番頭だった。
「やめなさい、クワク。そんなことをされては、あと始末の掃除がたいへんです」
つめたく言いはなつと、つづけて
「あるじをだましたことは、まあよいでしょう……」
(あたしをだましたのは「まあよい」の?まあ……いいけどさ!)
「しかし、私の言いつけた役目をはたさなかったことはゆるせませんね。あなたには、玄関前を掃除しておけと言ったはずです。それはどうしましたか?」
「そ、それは……」
のりこをうかがうクワクに
番頭は
「とっとと用事をしなさい!」
「……はっ!かしこまってござる!」
ペコペコ頭を下げながら部屋から飛び出すクワクを見送ってのりこは
「あれでいいの?」
メッヒにたずねた。




