のりこと時空の部屋22
のりこはすこしだまると、おもいきったように言った。
「ねえ、メッヒ」
「なんですか?」
「――あなたって、ほんとうに悪魔なの?」
ちゃんと自分で確認しておきたかった。
「そうですよ。気づいていませんでしたか?」
番頭はふつうにこたえた。 ぎゃくに不思議そうな顔をする。
まるで「どんだけにぶいんだ、この娘」とでも言うように。
「……あたしのお父さんに呼ばれて契約したの?」
「ええ」
じゃあ、やっぱしショックだ。
「それなら、願いをかなえる引きかえにお父さんのたましいを取ったのは、ほんとうなんじゃない!?ひどい!」
主人のさけびに
番頭は、しかし
「いえ、『それ』はまだです」
――えっ?
「どういうこと?この旅館をたてなおすっていう条件で、契約したんじゃないの?」
「ふむ、どうもあの堕天使はびみょうにその部分を言いかえたようですね。あなたの父上が求めたのは、この私メッヒが『番頭の道をきわめること』です」
番頭の道?なにそれ?
のりこのとまどった表情に、
メッヒはうち笑むと
「フフフ。あなたの父上はかわった方です。私もこの世界ができて以来、今までいろいろな人間たちとたましいをかけた勝負……契約をしてきましたが、今回のようなかわったものははじめてです。たいていの人間は自分自身の欲をかなえるために悪魔を呼び出します。しかし、あなたの父上は悪魔である私自体に問いました。
『おまえ自身がこの綾石旅館の番頭として完璧なものになったと思えたら、そのときたましいをやろう』と。
こんな条件はかんたんだと思って、私は契約を受けました。
なにせ、私は今まで多くの人間を巨万の富を持つ億万長者や、強国の王へと仕立て上げてきたものです。たかが極東の島国の小さな旅館の番頭業をきわめることなど、赤子の手をひねるようなものだと『なめて』いました。しかし、それはたいへんなあやまりでした。あなたの父上が私に求めたのは、ただ利益を追求する西洋型のビジネスではありません。日本の接客業が持つ『おもてなし』の精神、その道をきわめろということです。――その、むずかしさたるや!
毎日同じことをすればよい……とは行かないのです。前のお客さまによろこばれたことが次のお客さまにもよろこんでいただける、とも行きません。すべてのお客さまにご満足いただくことのむずかしさを、私は思い知らされました。『番頭の道』は、この悪魔の私をもってしてもたやすくない、奥深きものです!」
こんなに熱っぽく語っている番頭のすがたを、のりこははじめて見た。
よくはわからないが、ようは、この悪魔はすっかり番頭の仕事に夢中になったらしい。
日本の伝統文化にハマった外国人みたいなものだろうか。




